「ただいまー」
「おかえりなさい…」
クリスマスイブの夕方、お父さんが帰ってくると、準が階段に座ってぼんやりしています。
「おや、どうしたの?。また漏らしたのか」
「ちがうもん」
お父さんがからかっても、乗ってきません。
「お父さんに男同士の話があるんだって。そうよね、準ちゃん」
お母さんが、台所から出てきて言いました。
「そんなんじゃないけど…」
「そうか。じゃあこっちにおいで」
お父さんは準を誘うと、リビングのソファに並んで座りました。
「今日ね、クリスマスのお祝い会があったんだ」
準が言いました。準は昔、とあるプロテスタント系の幼稚園に通っていました。両親は別にクリスチャンではないのですが、やさしい子に育ってほしいという願いからです。卒園後も、たまにですが、子ども日曜学校とかに出席していて、そのクリスマス会が今日あったというわけなのです。
「でね、イエス様の誕生の劇をやったんだけど、ぼく、羊飼いの役だったんだ」
「去年もそう言ってたな」
幼稚園や日曜学校のクリスマス会といえば、古今東西キリストの降誕劇をやると決まっています。福音書に書かれてある、受胎告知に始まって、宿探し、馬小屋での出産、不思議な星に導かれて、東方の三博士と羊飼いが馬小屋を探し出して、救い主の誕生をお祝いする…というストーリーの劇をやるのです。女の子たちにとって一番あこがれの役は、もちろんマリア様ですが、男の子にはヨセフ様、そして東方の三博士が人気です。羊飼いは、その他大勢というか、地味な役回りなのです。
「でもね、去年は羊飼いDだったけど、今年は羊飼いBだったの」
「へえ、2階級特進じゃないか。お父さんなんか全然昇進しないぞ。とほほほ」
「『あっ、あの輝く星はなんだろう』っていう一番大事な台詞があってね、ぼく、何回も何回も練習したんだ。それなのに…」
「それなのに?」
「本番で舌かんじゃって、あわてて言い直そうとしたら、なんて言っていいかわからなくなっちゃって…」
そこまで言うと、準はうっうっと声を出して泣きました。
「そうだったのか…」
「ぼくだって、ヨセフ様や三博士とかやりたかったの。でも、みんな羊飼いもできないくせにって、思っただろうな…ぼくってだめなやつ」
準は、はあっとため息をつきました。そして、お父さんの顔をのぞき込むように言いました。
「お母さんはね、誰にも失敗はあるんだから、いつまでもくよくよしちゃだめよって言ってくれたの。お父さんは、どう思う?」
「そうだなあ…。確かに、生きてればいろいろ恥ずかしいこととか、くやしいこととかいっぱいあるよ」
「うん」
「みんなかっこよく主役でありたいと思っているけど、そうはいかないよね。みんな主人公だったら、劇にならないだろう?。羊飼いもいて、通行人や裏方さんもいて、はじめてうまくいくんだ。社会だってそうだよ。お父さんも、お母さんも、準も、みんなそれぞれの役割を持って生きているんだ。でもね…」
お父さんは続けます。
「準は間違いなく主役なんだよ」
「えっ、何の?」
「それはね、君の人生の主人公ということだ。さっきも言ったけど、うれしいことや楽しいことだけじゃない、辛いこと、悲しいこと、恥ずかしいことやくやしいこともあるよ。でも、それを全部抱えていかなくちゃいけないんだ」
準は、黙って聞いています。
「今日は失敗しちゃったけど、それも準の人生には大切な一シーンなんだよ。いつまでもくよくよしてもいけないけど、ちょっと立ち止まって自分を見つめ直すことができるなんて、準も大きくなったなあ」
「そうかなあ」
「そうだよ。そうやって、準らしく少しずつ成長していったらいいよ」
「うん」
準は、ちょっとだけ笑顔を見せました。
「腹減ったな、いっしょにご飯を食べよう。でも、その前に…」
「?」
「今日はクリスマスイブだから、準に讃美歌を歌ってもらおうかな。準は歌が上手いからなあ」
「えっ…。いいよ。じゃあぼく、大好きな『いつくしみ深き』を歌うよ。学校で習った『星の世界』って歌と、曲が一緒なんだよ」
準が窓辺に立つと、お父さんは電気を消しました。差し込んでくる月明かりと、明滅するクリスマスツリーの光でほの明るいなか、準はおへそのあたりに力を入れて、讃美歌第312番『いつくしみ深き』を歌いました。
♪いつくしみ深き 友なるイエスは
我らの弱きを 知りて憐れむ
悩みかなしみに 沈めるときも
祈りにこたえて 慰めたまわん ♪
「わあ、準ちゃん上手い上手い」
台所から出てきたお母さんが、ぱちぱちと拍手をしました。
「うん、さすが天使の歌声だな」
「そ、そうかな。えへへへ」
準は照れ笑いをしました。
「さあ、晩ご飯にしましょう。今日はクリスマスイブだから、ちょっと豪華よ」
「わあい、やったやったーっ」
…失敗しちゃった子も 泣いちゃった子も
みんなハッピークリスマス!
世界中の子どもたちにとって
平和で幸せなクリスマスでありますように…
クリスマスウェブからいらっしゃった皆様、初めまして。遊来星図書室のMeteorです。このたび、縁あって仲間に寄せてもらいました。いつも、こんな感じで、4年生のごく普通の男の子準くんを主人公にした絵物語を書いています。よろしかったら、ほかのお話もご覧になってください(^^)。
こういうワンテーマでの競作って、わくわくしますね!。音頭をとられたまいなすさんに感謝(^^)。ご覧いただいた皆様にとっても、すてきなクリスマスでありますように…。 |