先生とお母さんの話をこっそり聞く準。立ち聞きはいけません。
第77話:家庭訪問
 「ただいまー」
 「準ちゃん。だめでしょ、こんなところにシールを貼って。剥げないじゃないの」
 準は、学校から帰るなり叱られました。
 「だって。そこに貼ったらかっこいいかと思って…」
 「シールを貼っていいのは冷蔵庫と洗濯機だけって約束でしょ。あなた、お部屋片づいてないじゃないの。すぐにやるのよ」
 「ええっ。先生は部屋まで見ないよ。それに、『みなさんのありのままの生活を見ます』って言ってたよ」
 「ありのままが見せられますか!」
 連休明けのある日。今日は準の地区の家庭訪問なのです。学校は給食と掃除のあと放課になるので、準は早く帰れてうれしいのですが、お母さんは掃除とか準備に余念がありません。

 準が着替えようとすると、お母さんが言いました。
 「学校行事なんだから、制服着てないといけないんじゃないの」
 「そうだっけ?」
 制服の学校に通う準は、不測の事態を除き、夜に普段着からパジャマへ、朝、パジャマから制服へ、そして、帰宅したら制服から普段着へと、3回着替えをします。準はもう一度カッターシャツを着ると、ボタンを留めなおしました。

 「ねえ、おやつは?」
 準が台所へ行くと、テーブルの上に豪華なケーキがありました。
 「うわーっ、ケーキがある!」
 「あ、それはだめよ。先生にお出しするんだから」
 「えーっ。先生は『おやつはいいです』って言ってたよ」
 「そうはいきますか。先生が召し上がらなかったら、食べていいわよ。あなたのおやつは冷蔵庫の中よ」
 準が冷蔵庫を開けると、3つで98円のプリンが入っています。準はふたをはぐと、上からスプーンですくって食べました。準の家では、洗い物が増えるので「プッチン禁止」という掟があるのです。舐めようにも舌が届かないので、底に付着してるカラメルに未練を残しつつ、スプーンをねぶって準はプリンを食べ終えました。
 「カルピスは飲んでいいでしょ?」
 さっき冷蔵庫を開けたときに、準は目ざとくグレープ味のカルピスがあるのを発見していたのです。いつも白いやつしか飲ませてもらえないので、それも来客用であるのは明白です。
 「いいけど、コップの底1センチ5ミリにしとくのよ」
 それじゃ薄くて飲めないよ…と思いつつ、準はお母さんの目を盗んで2センチ5ミリほどカルピスを注ぐと、水と氷を入れて甘酸っぱい飲み物を味わいました。

 「そろそろ、行ってくるね」
 準は、時計を見て立ち上がりました。順番が前の子の家まで、先生をお迎えに行くのです。

 準は、クラスメートの壬生川くんのうちへ着くと、門柱のところで先生を待ちました。

 「それでは、失礼します」
 先生が玄関から出てこられると、準はぺこりと頭を下げました。さっき「さようなら」って学校で言ったばかりなので、「こんにちは」は変だし、何と言っていいかわからなかったのです。
 「よし、じゃあ行こうか」
 「は、はい」
 「服は着替えなかったの?。うちに帰ったら、普段着に着替えないといけないよ」
 …やっぱり。
 準は、お母さんがよけいなこと言うから…とか思いつつ、先生と一緒に歩き始めました。

 道みち、先生は、「いつも何して遊んでるの?」とか、いろいろ準に話しかけてきます。準はどきどきしながら、聞かれるままに答えました。


 「うち、ここです」
 準が指し示すと、先生は玄関から声をかけました。
 「こんにちはー」
 「あらあら、お暑い中わざわざすみません。どうぞお上がりください」
 「おじゃまします。…気持ちのいいお宅ですねえ」
 お母さんは、先生を和室に案内しました。ひとり蚊帳の外の準は、自分の部屋へ行きました。

 …何を話してるんだろう。
 準は気になってしょうがありません。
 …保健室のあれは返したし、こないだ宿題忘れたのはごまかしたし。
 準はいわゆる”いい子”なので、そんなに問題にされることはないのですが、それでもあれこれ思い当たることがあります。そして、何よりも、先生やお母さんが、自分のことをどう思っているのか、どうしても聞きたくなりました。

 準は、そっと階段を降りると、和室の前に立って耳を澄ましました。
 …「そうですね。準くんは、相手の出方を待つタイプのようですね」
 「はあ」
 「きっと、相手のことを思いやる気持ちなんでしょうね。慎重な性格ですしね」
 「どうも、引っ込み思案で困ってますの」
 「いやいや。社会とか理科とか、目を輝かせながら授業を聞いてますよ」
 「算数とかも、もっと勉強してくれたらいいんですけど」
 「興味のあることからどんどん好奇心を広げてあげたら、彼は伸びていくと思いますよ」
 「そうですか…」

 玄関の方で何か音がしたので、準はどきっとしてそちらを見ました。開け放したドアから、順番が次の狩留家さんがこちらを覗いています。
 準がそっと玄関に出ると、彼女は準の手をつかまえて外に引っぱり出しました。
 「いててて…」
 「しーっ。ねえ、先生何話してたの?」
 耳打ちしてきたので、準も小声で答えました。
 「さ、さあ。ぼく、話聞いてないもん…」
 「うそ。今そこで立ち聞きしてたじゃない」
 「えっ、いや、その…通りかかっただけだよ」
 「そう」
 狩留家さんは、つまらなそうな顔をしました。

 「どうもどうも、おじゃましました」
 「何のおかまいも致しませんで…」
 先生とお母さんが、玄関に出てきました。先生が、狩留家さんと準の家をあとにすると、お母さんはふうっと、ため息をつきました。

 「わっ、ケーキが残ってる!」
 準は、手つかずのケーキを見て歓声をあげました。
 「いただきまーす」
 準はケーキを食べ始めました。
 「ねえ、先生どんな話してた?」
 「あら、準ちゃん。そこで聞いてたんじゃないの?」
 準は、ごほっ、ごほっと、むせました。
 「ど、どうしてわかったの?」
 「あなたのやってることくらいお見通しよ。心配しなくても、先生とふたりで、準ちゃんの悪口なんか言うわけないわ」
 「でも…。『おしっこジャーンで困ってます』とか言ってたし」
 お母さんは大笑いしました。
 「『引っ込み思案』でしょ。どうしたらそう聞こえるのよ」
 「そ、そうなの。えへへへ。でも、困ってるんでしょ」
 「謙遜よ。『宅の準ちゃまはお利口ざます』とか言わないでしょ、普通」
 「そうだけど…」
 「あなたは自意識過剰ね」
 「?。なにそれ」
 「人にどう見られているか、気にしすぎのところがあるわ。準ちゃんはそのままで準ちゃんなんだから、気にしすぎないでね」
 「はぁい」


 「さあ、お夕食の準備をしないと…」
 立ち上がったお母さんは、何気なく窓の外を見ると、大きな声で言いました。
 「あら、大変。あなたのおふとんが干しっぱなしだわ」
 「えーっ」
 「それで先生が『今日はいい天気でよかったですね』っておっしゃってたのね」
 「そんなぁ」
 なぜか今日一番あわてる、人の目が気になる準親子なのでした。

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