日曜日、準はお母さんといっしょに、大きなまちのデパートへやってきました。
準の近くのまちでは手に入らないものを買いに、たまに電車に乗って遠くへお出かけするのです。準はもちろん、朝から大はしゃぎです。
「お昼ご飯何食べるの?」
「何でも好きなものでいいわよ」
「わーい。何にしようかな。ミートスパゲティにしようかな。でも、カツ丼もいいなあ。それに…」
「食いしん坊ね。お昼までに決めておきなさい」
「はーい」
デパートに着くと、お母さんは早速婦人ものの衣料や靴を見て回っています。準はお母さんについて歩いていますが、退屈で仕方ありません。
「ねえ、準ちゃん。こっちとこっち、どっちがいいかしら」
「つまんないよー。お母さんのばっかり見てるんだもの」
「あとで子ども服売り場もいくから。あなた、いつも緑のシャツだから、違うのを買ってあげるわ。デパートは高いから、あんまりいっぱいは買わないけどね」
「そうじゃなくて…」
準は服に興味がないので、あれこれ見て歩いたり、試着させられたりするのはいやなのです。
「5階のおもちゃ売り場と、6階の本屋さんに行きたいの!」
「じゃあ、ひとりで行ってる?。5階か6階か、どっちかにしなさい」
「ええと…。じゃあ、本屋さん行ってるね。あとでおもちゃ売り場も行こうね」
「はいはい。お母さんが迎えに行くまで、何があっても絶対本屋さんから動いちゃだめよ」
「はーい」
準はいいお返事をすると、エスカレータに向かって駈けていきました。
本屋さんで、準は立ち読みしていました。そのうち、準はなんだか落ち着かないのに気づきました。
…おしっこしたくなっちゃった。
準はすこしもぞもぞしていましたが、さっきまで本に夢中になっていたために、気づいた今は、もうかなり限界のようです。
…ど、どうしよう。
お母さんに、絶対そこを動いてはいけないと言われています。準は脂汗を流して、ズボンの前を押さえていましたが、このままではとてももちそうにありません。
準は意を決して本屋さんを出ました。
…と、トイレはどこ?。
準は焦りますが、どうもこの階にはトイレはないようです。準は、おもちゃ売り場の奥に、トイレがあるのを思い出しました。
…ううっ。
準は、「非常口」と書かれた鉄の扉を開けました。一刻を争うので、一番手近な階段を使おうと思ったのです。
…じょっ。
「あっ」
準が階段を下りようと踏み出したときに、おしっこを少しちびってしまいました。準は力を入れて、なんとかおしっこを止めました。
…は、早くトイレに行かなくちゃ。
準がさらに急ごうとスピードを速めたときです。
…じょ〜。
準の努力もむなしく、おしっこはものすごい勢いで出始めました。ズボンからしみ出たおしっこは、準の脚を伝って、階段に細長い水たまりをつくりました。準は、とうとう走りながらおもらしをしてしまったのです。
おしっこが全部出終わったとき、準は5階の踊り場に着きました。もう急ぐ必要がなくなった準は、どうしていいかわからずに、その場に立ちつくしていました。
「ぼく、どうしたの?」
準がしばらくそうしていると、たまたま通りかかった店員さんが、準に声をかけました。
「……」
「あらあら、おしっこ出ちゃったのね」
準は、顔を赤らめると、こくりとうなずきました。
「こっちへいらっしゃい」
準は手を引かれるまま、店員さんのあとについていきました。
途中すれ違う人がみんな、「あの子、おもらししてる」って、笑っている気がします。準はうつむいて、ズボンの濡れたところができるだけ見えないように、ジャンパーを下に引っ張りました。
準は、総合案内所というところに連れてこられました。ここは、迷子とかをあずかる場所なのです。幸い、ほかに子どもはいません。
「ぼく、お母さんは?」
「6階で待ち合わせてたの。でも、そしたらおしっこしたくなったから…」
「お母さんを呼びだしてあげるわ。このままじゃお外歩けないもんね」
「…はい」
4年生にもなって”迷子放送”なんて嫌です。でも、おしっこで濡れたパンツが気持ち悪いし、このままずっと恥ずかしい思いをするよりはと思って、準は覚悟を決めました。
”お客様のお呼び出しを申し上げます。羽犬塚準くんのお母様、至急、1階総合案内所までお越しください”
ほどなく、お母さんがやってきました。お母さんは準を一目見て言いました。
「ちょっと、準ちゃん…」
「だ、だって。お母さんがそこ動いちゃいけないって言ったから…」
準が泣きべそをかいたので、お母さんはあわてて言いました。
「着替えを買ってくるわ。すみません、ご迷惑をおかけして…」
お母さんは店員さんに頭を下げると、準を残して出ていきました。
しばらくして、お母さんは子ども服売り場で買った、ズボンとパンツと靴を下げて帰ってきました。
「早く着替えなさい」
「…ここで?」
「見てないから大丈夫よ」
店員さんが向こうを向いてくれたので、準は壁に向かって濡れたズボンとパンツを脱ぐと、新しい服に着替えました。
「すみません、お世話になりました」
お母さんが店員さんにお礼を言いました。
「ご、ごめんなさい」
準も、ぺこりとおじぎをしました。
「いいのよ。準くん、また来てね」
「ははは…」
準は、頭をかいて照れ笑いをしました。
「もう。おもらしして迷子放送なんて、あんたいくつなのよ」
「だって…」
準はしょんぼりとうなだれました。準があんまり落ち込んでいるので、お母さんは慰めるように言いました。
「おトイレ我慢しても、素直に待ってるところが準ちゃんらしいわ。約束を守ろうとしたのは偉かったわね」
「うん…」
お母さんが、ちゃんと自分のことをわかってくれていると安心して、準は少しにっこりしました。
「でも、ズボンにパンツに靴…予定外の出費が痛いわね。お昼は、ご飯に塩かけて済ませましょう」
「えーっ。そんなあ」
「冗談よ」
「よかった。ぼく、ハンバーグにしようっと。それから、オレンジジュースにメロンソーダ…」
「飲み過ぎです!。こんどズボン濡らしたら、はだかでうちまで帰るのよ」
「えーっ。もうしないもん…たぶん」
「おほほほほ」
「えへへへへ」
恥ずかしいことをしちゃったけど、お母さんと二人、楽しい休日を過ごした準くんでした。 |