デパートの階段でおもらしした準
第76話:デパートで…
 日曜日、準はお母さんといっしょに、大きなまちのデパートへやってきました。
 準の近くのまちでは手に入らないものを買いに、たまに電車に乗って遠くへお出かけするのです。準はもちろん、朝から大はしゃぎです。
 「お昼ご飯何食べるの?」
 「何でも好きなものでいいわよ」
 「わーい。何にしようかな。ミートスパゲティにしようかな。でも、カツ丼もいいなあ。それに…」
 「食いしん坊ね。お昼までに決めておきなさい」
 「はーい」

 デパートに着くと、お母さんは早速婦人ものの衣料や靴を見て回っています。準はお母さんについて歩いていますが、退屈で仕方ありません。
 「ねえ、準ちゃん。こっちとこっち、どっちがいいかしら」
 「つまんないよー。お母さんのばっかり見てるんだもの」
 「あとで子ども服売り場もいくから。あなた、いつも緑のシャツだから、違うのを買ってあげるわ。デパートは高いから、あんまりいっぱいは買わないけどね」
 「そうじゃなくて…」
 準は服に興味がないので、あれこれ見て歩いたり、試着させられたりするのはいやなのです。
 「5階のおもちゃ売り場と、6階の本屋さんに行きたいの!」
 「じゃあ、ひとりで行ってる?。5階か6階か、どっちかにしなさい」
 「ええと…。じゃあ、本屋さん行ってるね。あとでおもちゃ売り場も行こうね」
 「はいはい。お母さんが迎えに行くまで、何があっても絶対本屋さんから動いちゃだめよ」
 「はーい」
 準はいいお返事をすると、エスカレータに向かって駈けていきました。

 本屋さんで、準は立ち読みしていました。そのうち、準はなんだか落ち着かないのに気づきました。
 …おしっこしたくなっちゃった。
 準はすこしもぞもぞしていましたが、さっきまで本に夢中になっていたために、気づいた今は、もうかなり限界のようです。
 …ど、どうしよう。
 お母さんに、絶対そこを動いてはいけないと言われています。準は脂汗を流して、ズボンの前を押さえていましたが、このままではとてももちそうにありません。
 準は意を決して本屋さんを出ました。
 …と、トイレはどこ?。
 準は焦りますが、どうもこの階にはトイレはないようです。準は、おもちゃ売り場の奥に、トイレがあるのを思い出しました。
 …ううっ。
 準は、「非常口」と書かれた鉄の扉を開けました。一刻を争うので、一番手近な階段を使おうと思ったのです。

 …じょっ。
 「あっ」
 準が階段を下りようと踏み出したときに、おしっこを少しちびってしまいました。準は力を入れて、なんとかおしっこを止めました。
 …は、早くトイレに行かなくちゃ。
 準がさらに急ごうとスピードを速めたときです。
 …じょ〜。
 準の努力もむなしく、おしっこはものすごい勢いで出始めました。ズボンからしみ出たおしっこは、準の脚を伝って、階段に細長い水たまりをつくりました。準は、とうとう走りながらおもらしをしてしまったのです。
 おしっこが全部出終わったとき、準は5階の踊り場に着きました。もう急ぐ必要がなくなった準は、どうしていいかわからずに、その場に立ちつくしていました。

 「ぼく、どうしたの?」
 準がしばらくそうしていると、たまたま通りかかった店員さんが、準に声をかけました。
 「……」
 「あらあら、おしっこ出ちゃったのね」
 準は、顔を赤らめると、こくりとうなずきました。
 「こっちへいらっしゃい」
 準は手を引かれるまま、店員さんのあとについていきました。
 途中すれ違う人がみんな、「あの子、おもらししてる」って、笑っている気がします。準はうつむいて、ズボンの濡れたところができるだけ見えないように、ジャンパーを下に引っ張りました。

 準は、総合案内所というところに連れてこられました。ここは、迷子とかをあずかる場所なのです。幸い、ほかに子どもはいません。
 「ぼく、お母さんは?」
 「6階で待ち合わせてたの。でも、そしたらおしっこしたくなったから…」
 「お母さんを呼びだしてあげるわ。このままじゃお外歩けないもんね」
 「…はい」
 4年生にもなって”迷子放送”なんて嫌です。でも、おしっこで濡れたパンツが気持ち悪いし、このままずっと恥ずかしい思いをするよりはと思って、準は覚悟を決めました。

 ”お客様のお呼び出しを申し上げます。羽犬塚準くんのお母様、至急、1階総合案内所までお越しください”

 ほどなく、お母さんがやってきました。お母さんは準を一目見て言いました。
 「ちょっと、準ちゃん…」
 「だ、だって。お母さんがそこ動いちゃいけないって言ったから…」
 準が泣きべそをかいたので、お母さんはあわてて言いました。
 「着替えを買ってくるわ。すみません、ご迷惑をおかけして…」
 お母さんは店員さんに頭を下げると、準を残して出ていきました。

 しばらくして、お母さんは子ども服売り場で買った、ズボンとパンツと靴を下げて帰ってきました。
 「早く着替えなさい」
 「…ここで?」
 「見てないから大丈夫よ」
 店員さんが向こうを向いてくれたので、準は壁に向かって濡れたズボンとパンツを脱ぐと、新しい服に着替えました。

 「すみません、お世話になりました」
 お母さんが店員さんにお礼を言いました。
 「ご、ごめんなさい」
 準も、ぺこりとおじぎをしました。
 「いいのよ。準くん、また来てね」
 「ははは…」
 準は、頭をかいて照れ笑いをしました。


 「もう。おもらしして迷子放送なんて、あんたいくつなのよ」
 「だって…」
 準はしょんぼりとうなだれました。準があんまり落ち込んでいるので、お母さんは慰めるように言いました。
 「おトイレ我慢しても、素直に待ってるところが準ちゃんらしいわ。約束を守ろうとしたのは偉かったわね」
 「うん…」
 お母さんが、ちゃんと自分のことをわかってくれていると安心して、準は少しにっこりしました。
 「でも、ズボンにパンツに靴…予定外の出費が痛いわね。お昼は、ご飯に塩かけて済ませましょう」
 「えーっ。そんなあ」
 「冗談よ」
 「よかった。ぼく、ハンバーグにしようっと。それから、オレンジジュースにメロンソーダ…」
 「飲み過ぎです!。こんどズボン濡らしたら、はだかでうちまで帰るのよ」
 「えーっ。もうしないもん…たぶん」
 「おほほほほ」
 「えへへへへ」

 恥ずかしいことをしちゃったけど、お母さんと二人、楽しい休日を過ごした準くんでした。

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