「またね。バイバーイ」
準は手を振ると、友だちの家を後にしました。
…急がなくっちゃ。
夕暮れが迫っています。秋の終わり、風が冷たくなる時間です。うちに帰ると、温かいご飯が待っているので、準は家路を急ぎます。
途中に児童公園があります。そこを斜めに横切ると近道なのです。
準が公園の隅にある、土管(ヒューム管)のそばを通りかかったときです。
…ミィ、ミィ…
「ん、なんだろう」
準が、何かの声がする方を見ると、土管に段ボール箱が置いてあります。準があけてみると、なかに白と黒の模様の仔猫が入っていました。
「どうしたの、おまえ」
準は、そっと仔猫を抱き上げました。
…ミィ、ミィ
「ふふっ、かわいいなあ」
箱には、”誰かこの子をもらってください”と書いてあります。準は、仔猫を抱いたまま、うちに帰りました。
「ただいま」
「おかえり…あら、どうしたの、それ」
「仔猫を拾ったんだ。ねえ、飼っていいでしょ?、お母さん」
「だめよ」
「えっ…」
「いつも言ってるでしょう。お父さんも私も動物好きだけど、お隣がうるさいのよ。だから、うちじゃ飼ってあげられないの。かわいそうだけど、元の場所に戻してらっしゃい」
「そんなあ…」
「仔猫といっても、もう大きいみたいだから大丈夫よ」
「……」
飼えないと言われたら、今の準にはどうすることもできません。準はがっくりと肩を落とすと、とぼとぼと児童公園に向かいました。
プラタナスの枯葉が舞う公園の片隅。準は、冷たい土管に腰を下ろすと、仔猫を抱き寄せました。
…ミィ、ミィ
「ミィ、ミィか…そうだ。名前はミー子にしよう。いい子だねえ、ミー子は」
準は、仔猫の頭をなでました。柔らかい毛を通して、手にぬくもりが伝わってきます。準も、自分の手で仔猫を暖めてやろうと、ぎゅっと抱きしめました。
「ごめんね、うちじゃだめなんだって。ごめんね…」
準のほっぺたを、涙が伝いました。
「でも、心配しなくていいよ。ぼくがここで飼ってあげるからね」
わずかの間だけど、準は仔猫と一緒にいてやることにしました。
準の手のひらに、あたたかいものが走りました。
「あっ、おしっこしたな。あーあ、ズボンがびちょびちょじゃないかー。…しょうがないよね、まだ小さいんだから。ぼくだって、おもらししちゃったこともあるし」
「は、はっくしょん!」
準はくしゃみをしました。土管の冷たさで、おしりが冷えます。それに、上着を着ていないし、ズボンが濡れてしまったので、夜風が身にしみます。準は、箱のなかにあったぼろ布で仔猫をしっかりとくるむと、元の箱に入れて土管のなかに置き直しました。
「ぼく、もう帰らなくっちゃ。明日、また来るからね…」
準は、何度も振り返りながら、うちへ帰りました。
「ただいま…」
「遅かったわね。…あら、どうしたの、そのズボン」
「こ、これは仔猫…いや、その、ごめんなさい」
「しょうがない子ね。早く着替えなさい」
「はぁい」
準は、ズボンを脱ぎながら、仔猫に思いを馳せました。
翌日、学校から帰るとすぐ、準は冷蔵庫から牛乳を取り出し、お母さんが洗って取っておいたスチロール製のトレーに移しました。そして、食べないで残しておいた給食のパンと、牛乳のトレーを持って、準はこぼさないように公園に向かいました。
公園の土管に着くと、準は箱を開けました。仔猫は、そっと首をもたげると、準の手をなめました。
「ふふふ、くすぐったいなあ。ミー子、おなかがすいただろう。ほら、ごはんだぞ」
準は、牛乳にパンを浸して仔猫の口に運びました。仔猫は、準の手から、パンを食べました。
「よかった」
準はにっこりとほほえみました。小さな生きものが、じぶんの手のひらの上で生きている喜び。準はしあわせをかみしめながら、夕方遅くまで仔猫と過ごすのでした。
次の日、パンと牛乳を持って準が公園の土管のところに来ると、段ボール箱が開いています。
「ミー子?…」
準が箱をのぞくと、なかに仔猫の姿がありません。
「ミー子。ねえ、どこに行ったの、ミー子」
準は、あたりの草むらを探しましたが、仔猫はいません。近所もあちこち見て回りましたが、仔猫は見つかりませんでした。
「どうしたんだろう」
準は、力なく土管に座りました。昨日まで仔猫がいたはずの空き箱、そしてパンと牛乳をぼんやり見ていたら、涙があふれてきました。
「きっと、誰かいい人にもらわれたんだよね。こんなところにいるより、そっちの方がずっとずっといいよね」
準は、自分に言い聞かせるようにつぶやくと、涙を拭いて立ち上がりました。
それからしばらくたった後です。
…ニャーオ
学校からの帰り道、猫の声がしたので準が塀の上に目をやると、白と黒の猫が、準を見下ろしていました。
「ミー子!。ミー子だよね」
…ニャーオ
大きくなっていましたが、それは確かにミー子だと、準は思いました。
「よかったねえ」
準は、はずんだ声を上げました。猫は、しばらく準を見ていましたが、身を翻すと、塀の向こうに降りていきました。
準は、どきどきしました。きっと、あのときのお礼を言いに来たんだと思いました。そして、何よりも、立派に成長した姿を、準に見せたかったのでしょう。準は、ずっと心に引っかかっていたものがとれて、心の底からうれしさがこみ上げてくるのを感じたのでした。 |