「おうい、準。朝だぞ、起きろ」
休日の朝、お父さんが準の部屋のドアを開けました。すると、準はふとんの上に起きあがってパンツを脱ぎ、こちらにおしりを向けて、なにやらごそごそやっています。
「準…」
「…お父さん」
…いえ、別にあやしいことではありません。濡れたふとん、パンツ、そして、ほのかに甘く香るおしっこのにおい…そう、準はまたおねしょをしてしまって、着替えの真っ最中なのでした。
「なんだ、おまえ、またやったのか」
お父さんが、笑いながら言いました。
「ううん、これ、汗なの。それによだれが…」
準はあわててごまかそうとしましたが、お父さんにはもちろん通用しません。
「へえ、そうか。そりゃまたずいぶん濡らしたもんだな。さっさと着替えろ。朝ご飯だぞ」
「…はあい」
準は、力なく返事をしました。
「どうした、元気ないな」
朝食後、物干し竿に干された自分のせかいちずをぼんやりと見ている準に、お父さんが声をかけてきました。
「だって…」
「ハハハ、心配するな。そのうちしなくなるから」
「ぼく、ちゃんとトイレでおしっこしたつもりだったのに。夢じゃないよねって確認したのになあ」
「大人だって、自分が寝てるときのことって責任持てないよ。いびきとか、寝言とか。子どもの準が、夢の中のトイレと間違えるのも、仕方ないと思うな」
「うん」
準は、少し安心したようにうなずきました。
「でも、不思議だよねえ。ほかの夢って、目が覚めたらぜんぶ夢の中の出来事で終わっちゃうけど、どうしておしっこの夢だけ、目が覚めてもおしっこもらしてるのかなあ」
「そうだなあ。夢から覚めたら、現実と向かい合うというわけか」
「うん。でもねえ」
準は、恥ずかしそうな表情になりました。
「夢のなかでおしっこするのって、すっごくいい気持ちなんだよ。よく飛ぶしね。しゃああってやってると、おちんちんやおしりがじわーっとあったかくなって、ほんわかほんわかしてくるの。ああ、しあわせって感じかな」
「そんなに気持ちいいのか?」
「うん。天にも昇る気分だよ。だけど、そのうち、なんだか冷たくなってくるの。おかしいなあと思ったら、目が覚めるんだ。あわてて手を突っ込んでみたら、パンツもパジャマもふとんもびしょびしょ。あーあ、やっちゃった!、って思ったときは、もう遅いんだ」
準は話を続けます。
「ぼく、いろんなことがおねしょに似てるなと思うことがあるの。たとえば、今年も夏休みの宿題、ぎりぎりになって手伝ってもらったけど、あれだって遊んでるときは楽しいけど、後で、しまった、早くやっておけばって気づいて、後悔したんだ」
「なるほどなあ。人生はおねしょの如し、だな。よくわかるたとえ話だな」
お父さんにほめられて、準はちょっとほほえみました。
「それに、これはお母さんにはないしょだけど、寝る前、どうしてものどが渇いてたんで、ジュースを飲んで寝たの。ちらっと、おねしょするかもしれないから、やめておこうかなと思ったんだけど、ジュースのゆうわくに勝てなかったんだ」
「葛藤ってやつだな」
「今はやめとけばよかったって反省してるよ。ぼく、ぜったい寝る前のジュースはやめるね」
「それはどうかなあ。わかっていてできないのが人間だからな。こうすればいいとか頭で理解していても、実際その通りにできる人なんてそうはいないぞ。準もたぶん、そのうちけろっとして、ジュース飲んでやらかすような気がするな」
「…ぼくも自分でそんな気がする」
「こいつ!」
お父さんは、準のおでこをぽんとたたきました。
「えへへへへ」
準は頭をかいて笑いました。それを見てお父さんも笑いました。
「まあ、人間、失敗を繰り返すもんだ。同じことをしていても、少しずつ成長していけばそれでいいんじゃないかな。準も、お父さんも」
「うん」
「わかるか?。準は賢い子だな」
「そうかなあ」
「そうだとも。…そうそう、『寝小便に馬鹿はなし』ってことわざがあってね。昔から、おねしょをする子は頭がいいって言われているんだよ」
「ほんと?」
「偉い人で、子どもの頃おねしょをしていた人はいっぱいいるよ。だから、準も安心していていいよ」
「…ねえ」
準が、ちょっと上目遣いにお父さんを見ました。
「お父さんも、頭のいい子どもだったの?」
「えっ。ああ、もちろんだよ」
「へへへー。よかった」
準は、なぜかとてもうれしそうな表情をしました。
初秋の風が、準のおねしょ布団をなでていきます。休日の朝、父子の楽しい語らいのひとときでした。 |