散髪してもらう準
第59話:散髪
 「ねえねえお母さん。この歌変だよ」
 日曜日の昼下がり、準が歌の本を持ってお母さんのところへやって来ました。
 「月曜日におふろをたいて、火曜日に入ったらぬるくて入れないよー」
 「ばかねえ」
 お母さんが言いました。
 「月曜日の夜11時30分にたいて、12時になって入ったらいいでしょ。仕事が忙しくて夜遅くなる人の歌なのよ」
 「なんだ、そうだったのか。さすがお母さん、何でも知っているねえ。ぼく、ずっと悩んでいたの。よかった。♪テュラテュラテュラ…」
 「ちょっと準ちゃん、待ちなさい」
 準がその歌を歌いながら自分の部屋に行こうとすると、お母さんが呼び止めました。
 「ずいぶん髪が伸びたわねえ。お金あげるから、床屋さん行って来なさい」
 「ええーっ」
 準はいかにもいやそうな返事をしました。元々面倒くさがりな性格なので、好きでもないことは何事も億劫に感じてしまうのです。それに、引っ込み思案なので、おしゃべり好きの理容師さんに、「得意な教科は何?」とか、「おねしょはもう治ったの?」とか、あれこれ訊かれるのが嫌いだったりするのです。
 「お母さん切ってよ」
 準はやや上目遣いにお母さんを見ました。
 「私がやったら、いつもみたいに前髪がギザギザになるわよ。それでもいいの?」
 「いいよ」
 「床屋さん行ったら、あんたでもかっこよくなるわよ。そうしたら女の子にもてるわよ」
 「もてなくていいもん」
 「しょうがないわねえ。じゃあ今度だけよ」
 「はーい」
 準はとてもいい返事をしました。

 梅雨の中休み。今日は久々の晴天です。お母さんはビニールシートを庭に広げると、その上に椅子を置きました。
 「先に服を脱いで」
 準が椅子に座ろうとすると、お母さんが言いました。
 「えーっ」
 「あんたごそごそ動くから、首筋から髪の毛が入って、あとで洗濯が大変なのよ。それにかゆいでしょう」
 「はぁい」
 準は手早くシャツとズボンを脱いで縁側に置きました。
 「あ、パンツはいいのよ」
 「そ、そうなの、えへへへ」
 お母さんに言われて、準は脱ぎかけていたパンツをはき直して照れ笑いをしました。
 「これをつけなさい」
 お母さんは、スーパーの便利グッズ特売コーナーで買ってきた、あるものを準の頭からかぶせました。それをつけると、髪の毛が飛び散らないで掃除が楽になるというすぐれものなのです。
 お母さんは、時々「これぐらいかしら」とか言いながら、心地よいはさみの音を響かせて、我が息子の頭を刈っていきます。準は、「右向いて」とか、「前髪そろえるから目をつぶって」とかいうお母さんの指示に従っています。
 「ねえ、これつけてると、なんだかてるてるぼうずみたいだねえ」
 準が言いました。
 「ふふふ、そうねえ。…じゃあ、ついでに丸坊主にしちゃおうか」
 「や、やめてよー」
 「冗談よ」
 「もう…」
 お母さんが笑いました。準もへへへと笑いました。

 「はい、一丁上がりよ」
 お母さんは、準の髪をなでながら言いました。
 「わーい。ありがとう」
 「昨日の残り湯、まだ抜いてないから、ついでに水浴びする?。ぬるいけど、今日は暑いから」
 「うん。昨日たいたお風呂も、こんな日だったら気持ちいいねえ」
 準はそう言うと、お風呂場へ走っていきました。

 …準もそのうち、色気がついてきたら、お母さんの散髪じゃいやだって言うかもしれません。でも、まだまだ彼には、お母さんの切った、ちょっと不揃いの髪型の方がお似合いのようですね。 

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