ふとんに凭れて眠る準
第58話:お日さまのにおい
 「準ちゃーん、おふとん乾いたわよ」
 お母さんが言いました。そうしたら、二階にいた準が、あわてて駈け下りてきました。
 「もう。そんなこと大きな声で言わないでよ。外に聞こえたらどうするの」
 準はなぜか赤くなっています。
 「ふふふ、そうね。ごめんなさい」
 「ぼく、ふとん入れてくる」
 準は、照れ笑いを浮かべると、つっかけをはいて外に出ました。なんでもないときは、準のふとんは自分の部屋の窓に干されるのですが、人に見られたくない事情がある場合は、裏の方の目立たない場所の物干しに干してもらっているのです。
 今日はとてもいいお天気です。五月のさわやかな日差しがさんさんと照っています。準は物干し竿から引っ張るようにしてふとんをおろすと、背中に担ぎました。敷き布団は子どもが抱えるにはちょっと持ちにくいのです。
 「よいしょ。よいしょ」
 よろよろといった感じで、ようやく表の縁側まで持ってきました。

 「あれ、こいのぼりおろしたの?」
 縁側に、準の一匹しかいないこいのぼりが広げてあるのを見て、準はお母さんに訊きました。
 「もう5月5日が終わってだいぶ経つでしょ。もうしまっておこうかと思って」
 「ふうん」
 …もう来年まで逢えないんだねえ。
 準は心のなかでこいのぼりに話しかけました。

 「うーん。ふかふか」
 準は、乾いたふとんに顔をうずめて言いました。五月の陽光をいっぱい吸い込んだふとんは、お日さまのにおいがします。
 「気持ちいいでしょ。今夜はいい夢が見れそうね」
 お母さんが言いました。
 「うん」
 「でも、あんまり気持ちいいからって、トイレ行きたくなってもおふとんから出たくないなんて言わないでね」
 「そ、そんなことないよー。もうしないもん…たぶん」
 「ふふふ、だったらいいけど」
 「えへへへ」
 準は頭をかいて笑いました。

 「準ちゃーん」
 しばらくして、お母さんが台所から準を呼びました。でも、返事がありません。
 「遊びに行ったのかしら…あらあら」
 お母さんが縁側に来てみると、準は取り込んだふとんに凭れて、すやすやと眠っています。お母さんは起こそうと思いましたが、あまりいい気持ちで寝ているので、毛布を掛けてそのまま寝せておくことにしました。

 準はどんな夢を見ているのでしょうか。また、こいのぼりに乗って空を飛んでいるのかもしれません。来年もまたいっしょに遊ぼうねと、きっと話していることでしょう。

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