夜桜を愛でる準
第57話:夜桜見物
 「ねえー、お花見連れてってよー」
 朝です。準はこれから出勤のお父さんに言いました。
 「去年、いっしょに行こうって言ったじゃない。ああ、桜の下で飲めや歌えのドンチャン騒ぎ…あこがれるなあ」
 うっとりとした目つきで、準はお父さんを見ました。
 「それが、今忙しくて休みが取れないんだよ。当分無理だろうなあ」
 「それじゃあ、桜散っちゃうじゃない」
 「うーん。…じゃあ、お父さんが帰ってから、夜桜でも見に行くか。準はどうせ春休みだろ」
 「うんうん、行く行く!。じゃあ、今夜ね」
 「気が早いやつだなあ。よし、わかったよ」
 「約束だよ」
 準はお父さんと指切りをしました。


 「ただいまー」
 その日、お父さんが帰ってきたのは、もう8時をかなりすぎていました。
 「お、おかえりなさい。ぼく、もう腹ぺこだよー」
 準がよたよたしながら出てきました。
 「なんだ、夕食食べたんじゃないのか」
 「だって、桜見ながら飲めや歌えの…」
 「よしよし、じゃあ着替えたらすぐ行こう」
 「うん!」

 「ねえ、お母さん。花見ってバーベキューとかするんでしょ」
 「そんなの準備してないわ。それに、後かたづけが大変でしょ」
 「えーっ」
 「途中にコンビニがあるから、お弁当買っていきましょう」
 「…じゃあ、ジュースいっぱい買っていいでしょ。ペットボトル3本ぐらい」
 「ちょっと、夜なんだからやめておきなさいよ。そんなに飲んだら、あとでどうなってもお母さんは知りませんからね」
 「…うっ」
 返す言葉もない準くんです。

 「よし、出発するぞ」
 お父さんが歩いていこうとしているので、準があわてて言いました。
 「あれ、車で行くんじゃあ…」
 「それじゃお父さんがビール飲めないだろ。やっぱ行くのやめようかなあ」
 「わ、わかったよー」
 仕方なく、準はお父さんの後を追いかけました。

 歩いて15分で、準たちは河川敷にやってきました。ここは桜の名所なのです。
 「うわぁ、にぎやかだねえ」
 準が歓声を上げました。たくさんの人がいます。どこの集まりも、もう宴たけなわといった感じです。
 「いいなあ。おいしそう…」
 バーベキューのにおいをかいで、準は思わずつばをごくりと飲み込みました。
 「だったら、飛び入りで参加したらいいな。準お得意のバナナンダンスでも踊ったら、人気者になれるぞ」
 「や、やだよ、そんなの…」
 準ははにかみながら答えました。お父さんは、ちょっとからかってみたのです。人見知りする子なので、そんなことができないのは、お父さんはちゃんと知っています。

 「この辺座るところなさそうだから、あっちへ行きましょう」
 お母さんが言いました。準たちは、少し離れた土手に移動すると、並んで座ってお弁当を広げました。
 「わあい。いっただっきまぁす」
 準は、ようやく夕食にありつくことができました。
 「外で食べると、おいしいわね」
 お母さんが言いました。
 「うん」
 「やっぱり準は花より団子だな。桜見に来たのか、弁当食べに来たのかどっちだ?」
 「ちゃ、ちゃんと桜も見てるもん」
 準はあわてて立ち上がって、桜の枝に目をやりました。花が、月や街灯の明かりを透かして何ともいえず幻想的に見えます。もう散り始めの花びらが、風が吹くたびにはらはらと舞い降ります。
 「明日は雨かなあ」
 お父さんが、朧月を見て言いました。
 「一雨来たら、散っちゃうわね」
 お母さんが言いました。
 「えっ、もう終わりなの、桜」
 「そうだなあ。はかないものだな、ほんと」
 準の質問に、お父さんはしみじみと答えました。そう言われると、なんだか急に桜が愛おしくなり、準はちょっとだけ感傷的になりました。
 「来年、また来ようね」
 準は、お父さんとお母さんに言いました。準が思っていた花見とは全然違うけど、とても貴重な時間を過ごせたような、そんな春の夜でした。

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