「ねえー、お花見連れてってよー」
朝です。準はこれから出勤のお父さんに言いました。
「去年、いっしょに行こうって言ったじゃない。ああ、桜の下で飲めや歌えのドンチャン騒ぎ…あこがれるなあ」
うっとりとした目つきで、準はお父さんを見ました。
「それが、今忙しくて休みが取れないんだよ。当分無理だろうなあ」
「それじゃあ、桜散っちゃうじゃない」
「うーん。…じゃあ、お父さんが帰ってから、夜桜でも見に行くか。準はどうせ春休みだろ」
「うんうん、行く行く!。じゃあ、今夜ね」
「気が早いやつだなあ。よし、わかったよ」
「約束だよ」
準はお父さんと指切りをしました。
「ただいまー」
その日、お父さんが帰ってきたのは、もう8時をかなりすぎていました。
「お、おかえりなさい。ぼく、もう腹ぺこだよー」
準がよたよたしながら出てきました。
「なんだ、夕食食べたんじゃないのか」
「だって、桜見ながら飲めや歌えの…」
「よしよし、じゃあ着替えたらすぐ行こう」
「うん!」
「ねえ、お母さん。花見ってバーベキューとかするんでしょ」
「そんなの準備してないわ。それに、後かたづけが大変でしょ」
「えーっ」
「途中にコンビニがあるから、お弁当買っていきましょう」
「…じゃあ、ジュースいっぱい買っていいでしょ。ペットボトル3本ぐらい」
「ちょっと、夜なんだからやめておきなさいよ。そんなに飲んだら、あとでどうなってもお母さんは知りませんからね」
「…うっ」
返す言葉もない準くんです。
「よし、出発するぞ」
お父さんが歩いていこうとしているので、準があわてて言いました。
「あれ、車で行くんじゃあ…」
「それじゃお父さんがビール飲めないだろ。やっぱ行くのやめようかなあ」
「わ、わかったよー」
仕方なく、準はお父さんの後を追いかけました。
歩いて15分で、準たちは河川敷にやってきました。ここは桜の名所なのです。
「うわぁ、にぎやかだねえ」
準が歓声を上げました。たくさんの人がいます。どこの集まりも、もう宴たけなわといった感じです。
「いいなあ。おいしそう…」
バーベキューのにおいをかいで、準は思わずつばをごくりと飲み込みました。
「だったら、飛び入りで参加したらいいな。準お得意のバナナンダンスでも踊ったら、人気者になれるぞ」
「や、やだよ、そんなの…」
準ははにかみながら答えました。お父さんは、ちょっとからかってみたのです。人見知りする子なので、そんなことができないのは、お父さんはちゃんと知っています。
「この辺座るところなさそうだから、あっちへ行きましょう」
お母さんが言いました。準たちは、少し離れた土手に移動すると、並んで座ってお弁当を広げました。
「わあい。いっただっきまぁす」
準は、ようやく夕食にありつくことができました。
「外で食べると、おいしいわね」
お母さんが言いました。
「うん」
「やっぱり準は花より団子だな。桜見に来たのか、弁当食べに来たのかどっちだ?」
「ちゃ、ちゃんと桜も見てるもん」
準はあわてて立ち上がって、桜の枝に目をやりました。花が、月や街灯の明かりを透かして何ともいえず幻想的に見えます。もう散り始めの花びらが、風が吹くたびにはらはらと舞い降ります。
「明日は雨かなあ」
お父さんが、朧月を見て言いました。
「一雨来たら、散っちゃうわね」
お母さんが言いました。
「えっ、もう終わりなの、桜」
「そうだなあ。はかないものだな、ほんと」
準の質問に、お父さんはしみじみと答えました。そう言われると、なんだか急に桜が愛おしくなり、準はちょっとだけ感傷的になりました。
「来年、また来ようね」
準は、お父さんとお母さんに言いました。準が思っていた花見とは全然違うけど、とても貴重な時間を過ごせたような、そんな春の夜でした。 |