「おーい、準くーん」
日曜日の午後、準が自転車に乗って川の土手の上の道を走っていると、誰かが準を呼びました。見ると、土手の下のグランドで、手を振っている人がいます。
「なあに?」
準は自転車を置いて、グランドに下りていきました。準を呼んだのは、クラスメートの風早(かざはや)くんです。
「今、我が○小エル・ニーニョは、×小ゴルゴンゾーラとサッカーの試合をしてるんだけど、ハーフタイムの間に、ひとりメンバーが塾に行くんで抜けちゃうんだ。でも、代わりがいなくて困ってたの。準くん、出てくれない?」
「えーっ。ぼく運動苦手だし…」
準はあわてて言いました。風早くんも同じクラスだから、準が運動神経がないのは知っているはずです。
「大丈夫だよ、いてくれるだけで。人数足りないと、没収試合になっちゃうんだ。ユニフォーム貸してあげるから、着替えて着替えて」
「…うん」
風早くんがほんとに困ってるみたいだったので、準はついうなづいてしまいました。準は服を脱ぐと、ユニフォームの袖に手を通しました。
「さあ、時間だよ。準くんはディフェンスやってね」
急にやってと言われても、すぐできるものではありません。準は見よう見まねで、転がってきたボールを蹴ろうとしますが、思いっきり空振りしてしまいました。今度は跳んできた球が手に当たって、反則をとられました。
「だれだよ、あんなの連れてきたの」
よそのクラスの子が、あからさまにそんなことを言っています。準は泣きたくなってきました。
「ちょっとタイム!」
タイムをとると、風早くんが準のところにやってきました。
「準くん、ゴールキーパーやってよ」
「えっ、そんなのできないよ…」
「大丈夫、ボールなんか滅多に来ないから。立ってるだけでいいよ」
「…うん」
準はまたうなづいてしまいました。頼まれると、イヤと言えない性格なのです。それに、風早くんの人柄が、なぜか素直に返事をさせてしまうのです。
風早くんが言ったように、ゴールキーパーのところにボールが来ることはありませんでした。
…さ、寒い。早く終わらないかな。
準は鼻をこすりました。得点は、エル・ニーニョが前半1点挙げただけです。あとわずかな残り時間、守りきることができたら、準たちの勝ちなのです。
…でも、ぼくがボール取れなかったら、同点になって延長戦になるんだよね。間にトイレ休憩とかあるのかな?。
サッカーの延長戦には、ちょっといやな想い出がある準くんです。
…で、そのあとPK戦?。と言うことは、ぼくひとりで守るの?。ぜ、絶対イヤだよ。
準は、なんだか心配になってきました。
「ほら、準くん行ったよ!」
準がぼーっと考え事をしていると、風早くんの声がしました。
「え?」
準が我に返ると、相手のフォワードのひとりが、味方のディフェンスをかわして、準の目の前に迫っています。
「きゃあああ」
準は、思わず悲鳴を上げました。でも、相手は容赦なく、ゴールめがけてシュートを放ちました。準は怖くなって、頭を抱えて逃げました。
”ぼこっ”
「いてっ」
なんと、準が走って行った方が、たまたまボールの向かった方向と同じだったのです。球は、準の頭にぶつかって、ゴールに入らずに転がっていきました。準は、はずみでしりもちをついてしまいました。
”ピーッ”
そのとき、審判のホイッスルが鳴りました。試合終了です。
「い、痛い…」
準は頭をさすりました。涙がじわーっと滲んできます。立とうと思いますが、おしりをしこたま打って、力が入りません。
「いやあ、でかしたでかした」
「あのシュートを体当たりで止めるなんて、なかなかやるなあ」
チームメイトが準を取り囲んで、ほめてくれました。
「そ、そう?。えへへへ」
準は、ちょっと笑顔になりました。
「準くん、やったね」
風早くんが来ました。
「たまたまだよ、ほんと」
「やっぱり準くん誘ってよかったよ。ほら」
風早くんは、準に手をさしのべました。準は風早くんの手を取ると、ようやく立ち上がりました。
「またいつか頼むね」
そう言うと、風早くんはにっこりと微笑みました。準もうなづくと、笑顔を返しました。寒くて痛かったけど、引き受けてよかったなと、準は思いました。 |