サッカーで、頭にボールをぶつけた準
第55話:サッカーの試合
 「おーい、準くーん」
 日曜日の午後、準が自転車に乗って川の土手の上の道を走っていると、誰かが準を呼びました。見ると、土手の下のグランドで、手を振っている人がいます。
 「なあに?」
 準は自転車を置いて、グランドに下りていきました。準を呼んだのは、クラスメートの風早(かざはや)くんです。
 「今、我が○小エル・ニーニョは、×小ゴルゴンゾーラとサッカーの試合をしてるんだけど、ハーフタイムの間に、ひとりメンバーが塾に行くんで抜けちゃうんだ。でも、代わりがいなくて困ってたの。準くん、出てくれない?」
 「えーっ。ぼく運動苦手だし…」
 準はあわてて言いました。風早くんも同じクラスだから、準が運動神経がないのは知っているはずです。
 「大丈夫だよ、いてくれるだけで。人数足りないと、没収試合になっちゃうんだ。ユニフォーム貸してあげるから、着替えて着替えて」
 「…うん」
 風早くんがほんとに困ってるみたいだったので、準はついうなづいてしまいました。準は服を脱ぐと、ユニフォームの袖に手を通しました。

 「さあ、時間だよ。準くんはディフェンスやってね」
 急にやってと言われても、すぐできるものではありません。準は見よう見まねで、転がってきたボールを蹴ろうとしますが、思いっきり空振りしてしまいました。今度は跳んできた球が手に当たって、反則をとられました。
 「だれだよ、あんなの連れてきたの」
 よそのクラスの子が、あからさまにそんなことを言っています。準は泣きたくなってきました。

 「ちょっとタイム!」
 タイムをとると、風早くんが準のところにやってきました。
 「準くん、ゴールキーパーやってよ」
 「えっ、そんなのできないよ…」
 「大丈夫、ボールなんか滅多に来ないから。立ってるだけでいいよ」
 「…うん」
 準はまたうなづいてしまいました。頼まれると、イヤと言えない性格なのです。それに、風早くんの人柄が、なぜか素直に返事をさせてしまうのです。

 風早くんが言ったように、ゴールキーパーのところにボールが来ることはありませんでした。
 …さ、寒い。早く終わらないかな。
 準は鼻をこすりました。得点は、エル・ニーニョが前半1点挙げただけです。あとわずかな残り時間、守りきることができたら、準たちの勝ちなのです。
 …でも、ぼくがボール取れなかったら、同点になって延長戦になるんだよね。間にトイレ休憩とかあるのかな?。
 サッカーの延長戦には、ちょっといやな想い出がある準くんです。
 …で、そのあとPK戦?。と言うことは、ぼくひとりで守るの?。ぜ、絶対イヤだよ。
 準は、なんだか心配になってきました。

 「ほら、準くん行ったよ!」
 準がぼーっと考え事をしていると、風早くんの声がしました。
 「え?」
 準が我に返ると、相手のフォワードのひとりが、味方のディフェンスをかわして、準の目の前に迫っています。
 「きゃあああ」
 準は、思わず悲鳴を上げました。でも、相手は容赦なく、ゴールめがけてシュートを放ちました。準は怖くなって、頭を抱えて逃げました。

 ”ぼこっ”
 「いてっ」
 なんと、準が走って行った方が、たまたまボールの向かった方向と同じだったのです。球は、準の頭にぶつかって、ゴールに入らずに転がっていきました。準は、はずみでしりもちをついてしまいました。
 ”ピーッ”
 そのとき、審判のホイッスルが鳴りました。試合終了です。

 「い、痛い…」
 準は頭をさすりました。涙がじわーっと滲んできます。立とうと思いますが、おしりをしこたま打って、力が入りません。
 「いやあ、でかしたでかした」
 「あのシュートを体当たりで止めるなんて、なかなかやるなあ」
 チームメイトが準を取り囲んで、ほめてくれました。
 「そ、そう?。えへへへ」
 準は、ちょっと笑顔になりました。

 「準くん、やったね」
 風早くんが来ました。
 「たまたまだよ、ほんと」
 「やっぱり準くん誘ってよかったよ。ほら」
 風早くんは、準に手をさしのべました。準は風早くんの手を取ると、ようやく立ち上がりました。
 「またいつか頼むね」
 そう言うと、風早くんはにっこりと微笑みました。準もうなづくと、笑顔を返しました。寒くて痛かったけど、引き受けてよかったなと、準は思いました。 

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