木を植える準
第50話:あすなろ
 「お誕生日おめでとう」
 今日は10月2日、準の誕生日です。休憩時間、準は教室の後ろからの声に反応して、ちょっとにこにこして振り返りました。
 でも、それは準に向けられたものではありませんでした。後ろの方に座っている前空(まえぞら)くんというクラスメートのまわりに人が集まっています。
 …へえ、前空くんも今日が誕生日なのか。
 準は鼻白んで前を向きました。
 前空くんはクラスの人気者です。スポーツ万能で成績もよく、明るい性格なのでみんなに好かれています。
 …それにひきかえぼくは。
 準は考え事をしています。
 …運動苦手だし、前空くんみたいにみんなに好かれる性格じゃないし。
 準だって、別に嫌われているわけではありません。でも、どちらかというと目立たない存在なのです。
 …どうしてこう違うのかなあ。
 今までは別に何とも思わなかったけど、誕生日が同じと聞いて、ちょっと前空くんを意識するようになりました。

 作文、絵、縦笛…何かにつけて比較してみる準ですが、何をやってもかないません。
 まだ苦手なこととかならいいのですが、準が得意にしていることではやっぱり負けたくありません。
 「地図当て」というゲームがあります。今日は○○地方、というふうに範囲を絞って、先生がある地名を言います。それをクラス全員で地図帳を広げて探し、最初に見つけた人が次の問題を出題する、というかたちでおこなわれます。授業時間のあいたときにおこなわれるのですが、競争心もあって結構盛り上がります。
 地図を見るのが好きな準は、これを得意としています。この日も、いくつか答えることができて、準は満足していました。
 「ようし、これで最後だ」
 先生が言いました。その前の問題に正解した子が、地図からひとつの地名を選んで言いました。
 「祁答院!」
 …?
 そんな地名、聞いたことありません。それでも準は一生懸命さがします。
 …あった!。
 と思った瞬間です。
 「はーい」
 前空くんが手を挙げました。出題者のところへ行って、地図を指さします。
 「正解!」
 みんな、さすが前空くんだねという顔をしています。でも、最後においしいところを持って行かれて、準は面白くありません。
 …あーあ、ぼくって何をやってもさえないなあ。そういや、『準』って準優勝とか2番目って意味だよなあ。だからだめなのかなあ。
 なんだかとってもブルーな準くんです。

 そんなある日、準の住むまちに新しいダムが完成し、準たちの学校の児童が、記念植樹をすることになりました。
 準のクラスは、あすなろの木を植えることにしました。
 先生が、黒板に大きく”翌檜”と書きました。
 「檜という木があってね、建築用木材として一番いい木なんだ。それにくらべて、あすなろという木はちょっと劣るんだな。で、あすなろは、明日は檜になろう、明日なろう…といつも思ってるんだ。だから翌日の檜と書いて、あすなろと読むんだけど、どんなにがんばっても、檜にはなれないんだ」
 ……
 準は黙って聞いています。
 「でもね、なにもみんな檜になることはないよね。あすなろはあすなろのままでりっぱな木なんだ。だから、みんなに自分らしく生きてほしい、自分を大切にしてほしいという意味を込めて、あすなろにしたんだよ」

 いよいよ、木を植える日になりました。完成したばかりのロックフィルダムを見下ろす斜面に、みんなで穴を掘り、あすなろの苗木を植えて土をかけ、たっぷりと水をやりました。
 …前空くんは前空くん、ぼくはぼく。それでいいんだよね。
 準は自分に言い聞かせました。
 …がんばって大きくなろうね。
 なんだか、あすなろがとても愛おしく感じられます。準は、ちょっとちくちくする枝をそっとなでてやりました。
 もう10月も終わりの、半袖ではちょっと涼しい秋の日のことでした。 

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