「用意!」
パーン!。
先生のピストルの音を合図に、準はほかの子といっしょに駆け出しました。手を振って一生懸命走るのですが、前の子との差は開く一方です。コーナーのところで足がもつれそうになります。頭がくらくらして、息がはあはあ荒くなって、心臓がどきどきします。準がようやくゴールにたどり着いたとき、もう次の一等賞の子のためのテープが用意されています。準はそれをくぐるようにして、よたよたとゴールしました。
・・・ああ、今年もビリか。
今日は小学校の運動会。運動の苦手な準にとって、マラソン大会と並んで、苦痛以外何ものでもない日なのです(注1)。
昨日の夕食後、お父さんが準に声をかけてきました。
「明日は運動会だな。ビデオ撮ってやるぞ」
「えっ、来るの?。来なくていいのに…」
「どうした?。あ、今年はリレーのクラス代表に選ばれなかったな」
「選ばれるわけないでしょ、いつも。足遅いんだから…」
「それもそうだな。はははは」
「……」
お父さんはなんでもないことのように笑っていますが、大勢の人の前でみっともない姿を見せなければならないのは、本当にいやなものです。準にだって、ちょっとぐらい得意なことってあります。なのに、どうして一番苦手な体育だけ、人前で披露する機会があるのか、準には理解できません。
午前中のスケジュールが終わって、昼食です。子ども達は、このときだけ参観者の席に行って、お弁当を食べることになっています。準も、お父さんとお母さんのところへやってきました。
「やあ、準お帰り。ビデオ、バッチリ撮れたぞ。ほかの子と離れていたから、撮りやすかったし…」
「だって、ビリだったもん…」
ビデオを見せようとするお父さんの手を振り払って、準はぽつんと言いました。
「順位なんて、関係ないよ。準は一生懸命がんばったんだから」
「でも、かっこわるいもん」
「人生、そんなにいつもかっこいいことばっかりじゃないよ。いやなことでも、やらないといけないことはいっぱいある。一等になった子にはわからないかもしれないけど、ビリの準にはそれがわかるはずだ」
「…そうだね」
「よしよし、いい子だ。…準はやっぱり一等賞だな」
「えっ?」
「ほら、さっきのビデオ、準しか写ってないよ。お父さんのファインダーの中では、準はいつも一等賞だ」
「…うん」
「さあ、お話はあとにして、お弁当を食べましょう」
お母さんが言いました。
「わあい。お弁当、お弁当♪」
「なんだ、さっきまで落ち込んでいたのに、現金なやつだな」
「えへへへ」
準は頭をかきました。
お母さんのつくったお弁当には、準の好きなものがいっぱい入っています。運動会で唯一楽しみといったら、これしかありません。デザートに梨も食べて、準は大満足です。
「準は食いしんぼだから、パン食い競争とかだったら早いかもな」
「パン食い競争!。それならやってみたいなあ。ぼく、牛乳持って走ろうっと。やっぱあんぱんには牛乳だよね」
「ハハハハ。その場で食べてどうするんだ。やっぱ準は競争には向いてないな」
「えへへへ」
準は笑いました。お父さんとお母さんも笑いました。
「さあ、午後からは準のセクシーダンスだっけ?」
お父さんが言いました。
「な、なにそれ。それは去年でしょ(注2)」
「そうだったなあ。今年は何をやるんだ?」
「ひみつ!。じゃあね」
準は靴をつっかけると、両親のもとを去っていきました。
空は抜けるような青空です。いよいよ午後の部が始まります。
(注1)=第35話参照。
(注2)=第18話参照。今となっては恥ずかしい、この絵(^^;。 |