「ねえ、さっきからチョコレート見て何考えてるの?」
お母さんが準に言いました。
「この『ルックチョコレート<アラモード>』なんだけど、外から見てどれがバナナでどれがストロベリーとか見分けがつかなくて困ってるの」
「そんなの食べてみてのお楽しみでいいじゃないの」
「でも、好きなのはあとにとっときたいし…。それに、中身をどうやってチョコレートの中に入れたのか、考えてたら夜も寝られなくて」
「もう。バカなことやってないで、さっさと宿題しなさい」
「はぁい」
準はチョコレートを黄色い箱に戻すと、渋々返事をしました。
「ほらほら、宿題しなさいって言ったでしょ。あなたはいつもぼーっとしてるんだから」
今度は窓を開けて夜空を見ている準に、お母さんが言いました。
「宿題してるんだもん。今夜はお月見だから、俳句をつくってきなさいって言われたんだよ」
今日は旧暦の8月15日、仲秋の名月です。そこで先生は、いつもと趣向を変えて、お月見をして俳句を考えてきなさいという粋な宿題を出したというわけなのです。
もう朝晩はめっきり涼しくなってきました。準は東の窓を開けて、空に昇ってきたまんまるのお月さまを眺めています。
「準、何やってるんだ」
今度はお父さんが訊きました。
「宿題で俳句をつくってるんだよ」
「俳句か。お父さんが昔俳人だった頃、よくつくったなあ」
「へえ。…ねえ、俳句ってどうやってつくったらいいの?」
「なんだ、そんなことも知らないのか。五・七・五の十七文字で表現した詩みたいなものだよ」
「ふうん。『寝る前の ジュース一本 おねしょのもと』みたいなやつ?」
「そりゃ標語だろ…って、そんなのどこで聞いてきたんだ。お月見の俳句は、昔から『名月や…』で始まるのが多いな。そのあとを考えたらいいぞ」
「お父さんって何でも知ってるんだねえ。…ねえ、ひとつお手本でつくってみてよ」
「そうだなあ。名月や…。名月や…。……。その、やっぱ宿題だから、自分で考えなさい」
「ええーっ」
準は仕方なく、ひとりで考えることにしました。
名月や、名月や…と、ぶつぶつ言っている準の横で、お父さんが言いました。
「もうススキの穂って出たのかな。一輪挿しに活けておいたら風情があっていいのになあ。それとお月見といえば団子だな」
「おだんご!。ねえ、お母さんおだんごは?」
準が急に生き生きしてお母さんのところに行きました。
「今日がお月見だと知らなかったから、買ってないわよ」
「…そんなあ」
「明日になったら売れ残りを安く売ってるから、買ってきてあげるわ」
「はーい。あーあ、今日食べたかったなあ」
準は名残惜しそうに言いながらも、また月を見ています。
「できた!」
準はお父さんとお母さんを呼ぶと、力作を披露しました。
「『名月や おだんごみたいで おいしそう』ってどう?」
「はははは。さすが食いしんぼ準くんだな」
お父さんが言いました。
「でも、いかにも子どもらしくていいじゃない」
「そ、そう?」
お母さんがほめてくれたので、準はうれしそうです。早速国語のノートに書いて、それをランドセルに入れました。
「さあ、宿題もできたし、もう寝ようっと。その前に、のど乾いちゃったから…」
「準、さっきの標語忘れたのか?。なんならあれもノートに書いておいてやろうか」
「や、やめてよ恥ずかしいから…」
お父さんに言われて、準はあわてて首を横に振りました。お父さんとお母さんは、そんな準を見て笑いました。
秋の夜長、開け放した窓から楽しげな家族の声がします。もしかしたらこの宿題は、俳句をつくることが目的ではなくて、日頃あまり見ることのない月でも観ながら、親子の語らいの時間を持ちなさいということだったのかもしれませんね。 |