「ねえ、お母さん、蚊に刺されちゃった。おかしいなあ、蚊取り線香用意したのに」
「あなたが頭に載せてるからでしょ」
「そうだね、えへへへ」
準は蚊取り線香に灯をともしました。煙がたなびき、あたり一面にいい匂いが立ちこめます。
準は縁側に座って、夕涼みをしているのです。相変わらず暑い日が続いていますが、気がつくと秋の虫の音が草むらから聴こえてきます。花火でもしようかと思いましたが、なんだかもう飽きたという感じです。
「もう夏休みもあと少しだな」
お父さんがビールを持って縁側にやってきました。
「準、この夏休みに、これをやりましたって自慢できることはあるか?」
「あるよ。朝のラジオ体操、一回も休まなかったもんね。はんこ、全部押してあるよ」
「へえ、それはお寝坊準くんにしては上出来だな、えらいえらい」
「へへへ」
準はお父さんにほめられてうれしそうです。
「…ということは、どこにも連れていってやれなかったってことだな。ごめんな」
「うん…。でも、友だちとプールに行ったりして楽しい夏休みだったよ」
「そうか。そういや少し黒くなったかな?」
準は色白なので、日に焼けても赤くなって皮がむけるだけなのですが、それでもすこしたくましく見えます。
「夏も終わったなあ…」
「えっ、まだ夏じゃないの?」
「そうだけど、ほんとに夏らしい夏って、梅雨明けからお盆くらいまでなんだよな。あとはただ暑いだけだ」
「ふうん」
「だから、過ぎゆく夏を惜しんで、お父さんはビールを飲んでいるわけだ」
そう言うと、お父さんはグラスをぐっと飲み干しました。
「あっ、いいなあ。ぼくも、行く夏を惜しまなきゃ。お母さん、スイカ食べていいでしょ」
準は台所に行くと、お母さんに言いました。
「だめよあなたは。寝る前にスイカなんか食べたらまた…」
「だ、大丈夫だよ…たぶん」
「じゃあ、一切れだけよ。それ以上食べたらどうなっても知らないわよ」
「はぁい」
「なあ、宿題はやったのか?」
側に座ってスイカを食べている準に、お父さんが訊きました。
「えっ。まあ、ぼちぼち」
「早くしないと、去年みたいになるぞ。ぎりぎりになって徹夜なんかすると、翌日ぼーっとして何もできなくなるし…」
「えっ、なんのこと?」
「あ、いや、なんでもないけど。今年は自分でやるんだぞ」
「はーい」
まだ余裕があるのか、準はとてもいい返事をしました。
夏休みが終わろうとしています。少年期の夏休み、長いようであっという間に駆け抜けていって、二度と帰ってきません。そのただ中にいる準は、まだその重要性に気づいていません。 |