「ねえ、連れてってよー」
ある日曜日の朝、準がなにやらだだをこねています。
「それがなあ、今年は忙しくて、今日も仕事なんだ」
お父さんが言いました。
「えーっ。行きたいよ、海へ」
せっかくの夏休みです。準は海水浴に行きたいのですが、お父さんがなかなか連れていってくれないのです。プールなら友だちと行くことができますが、海は子どもだけでは危険です。
「お父さんも準がおぼれる…じゃなかった、泳いでるのを見たいんだけど、どうしてもなあ」
「去年、今年は南の島へ行こうって言ったじゃない」
「…そうだっけ?」
「言ったよー。で、無人島で冒険ごっこしようって約束したよ。バナナだって食べ放題だって」
「確かに、お父さんもそういうの好きだけど。でも、無理だなあ」
「…じゃあ、いつもの海水浴場でいいから。着替えるの、今年も松林で我慢するし」
「だめ。また連れてってやるから。」
「そんなあ。つまんないなあ…」
準は、ほんとにつまらなそうな顔をしました。それを見るとどうにかしてやりたいのですが、どうしようもありません。お父さんは、ちょっとすねている準を残して、会社に行きました。
今日も、真夏の暑い日差しが照りつけています。いるだけで汗が出て、溶けかけのアイスクリームの気持ちがわかるような気がします。こんな日は、せめてプールにでも行きたいところですが、今日に限って誰からもお誘いがありません。
…そうだ。
準はあることを思いつくと、お母さんに訊きました。
「ねえ、おふろ入っていい?」
「何言ってるの、まだ昼間でしょ」
「いや、その。水浴びしようかと思って」
「あ、そういうこと?。いいわよ。昨日の残りの水、まだ抜いていないし」
お母さんの許可が出たので、準は服を脱ぐと、水着に着替えました。…別に家だからはだかんぼでもいいのですが、それではなんだか気分が出ません。準は適当に準備運動すると、ざぶんと湯舟に飛び込みました。
「わーっ、気持ちいい!」
夕べの残り湯は、当然冷めていますが、入るのに適当な温度になっています。準はぶくぶくと顔まで浸かったりして、水の感触を楽しみました。おふろ嫌いの準ですが、これなら毎日入りたいくらいです。いつもはカラスの行水ですが、体がふやけるまでこのままいたいと思いました。
準は眼を閉じると、どこか遠くの海に来ているのを想像しました。燦々と降り注ぐ太陽、透き通る水、水平線、入道雲…。椰子の木の葉擦れの音が聴こえてきそうな気がします。空想の南の島には、ほかには誰もいませんが、もちろんお父さんとお母さんといっしょです。
準は、お父さんは今、暑いなか仕事をしているのを思い出しました。そして、今朝わがままを言ったことを、ちょっと反省しました。
…いつでもいいから、海に行こうね。
まだ夏休みはたっぷりあります。どこの海でもいいから、お父さんとお母さんと行きたいと思う、準くんなのでした。 |