外的要因と内的要因でびしょ濡れになった準
第44話:びしょ濡れ
 梅雨に入りました。
 雨が続いてうっとうしい日々です。でも、長雨の季節が終われば、楽しい楽しい夏休みが待っています。

 学校帰り、準は降りしきる雨のなか、さっきから川を見ています。いつもちょろちょろとしか水の流れていない準の遊び場であるこの川も、昨夜からの雨で水かさが増して、いつもとは違った表情を見せています。
 ・・・このままだとあふれちゃうなあ。
 これくらいの雨で洪水になるような川ではないのですが、準は心配でたまりません。でも、その一方で洪水になったらどうなるのか、興味津々でもあります。それで、飽きもせず川の流れを見ているというわけなのです。

 でも、そのうちに準に、うちに帰らなければならない事情ができてしまいました。トイレに行きたくなったのです。
 ・・・もうちょっとだけ。
 もし、自分が帰ったあとに川が大変なことになったら、せっかく今まで見ていた意味がありません。準は一生懸命我慢することにしました。でも、たちまち猶予ならないところまで来てしまいました。
 ・・・もうだめ。
 さすがの準も、あきらめてうちに帰ることにしました。男の子だからその辺でしたらよさそうなものですが、学校帰りに立ちションなんていけないことだと思っています。だから、いつもうちまで帰ってするわけですが、今日はぎりぎりまで我慢していたのと、学校を出るときに水を飲んでいたために、予想よりも早く限界が来てしまいました。まだうちまでだいぶ距離がある地点で、準の意志と関係なく、おしっこが出てしまいました。止めようとしても、それが無駄であることを準はよく知っています。とうとうなすすべもなく、準は川の心配をする前に、自分が大洪水を引き起こしてしまいました。

 準は周りを見回しました。後ろを歩いていた知らないおばさんが、準の方を見て笑っているような気がします。準はとっさに傘を閉じると、照れ笑いを浮かべて聞こえるようにひとりごとを言いました。
 「濡れちゃったの…雨で。ははは」
 そして、あわててその場を離れました。

 ・・・どうしよう。
 また学校帰りにおもらししたなんて、恥ずかしくてお母さんに言えません。
 ・・・そうだ。
 傘をさしていたとはいえ、長時間雨の中に立っていたために、準はもう半分びしょ濡れ状態でした。準はそのまま、降りしきる雨の中を、傘をささずに帰ることにしました。これなら、ズボンがぐっしょり濡れていてもごまかせそうです。濡れたシャツが肌にくっついて気持ち悪いのですが、我ながらいいアイデアだと、ちょっとうれしくなりました。

 「ただいまー」
 「おかえり…あら、どうしたの?」
 準が頭からつま先までずぶ濡れなのを見て、お母さんはびっくりしました。
 「漏れ…じゃなかった、濡れちゃったの、雨で」
 「もう。傘さしてそんなに濡れる人、初めて見たわ」
 「ごめんなさい。…あ、パンツまでぐっしょりだ」
 準は、ズボンの中に手を突っ込むと、取って付けたように言いました。
 「まるでおもらししたみたいね」
 ・・・どきっ。
 「ぼく、絶対、おもらしなんかしてないよ」
 準は、うろたえながら言いました。
 「ふふふ、冗談よ。さあ、早く着替えなさい。靴下はそこで脱いで上がってね」
 「はあい」
 準はほっと胸をなで下ろすと、脱衣所で服を全部脱いで、洗濯機の横のかごに入れました。そして、バスタオルで体を拭いて、服を着ました。

 「今日のおやつはドーナツよ」
 「…うん」
 いつもは「やったやったー」って言うところですが、ちょっと心に引っかかるものがあって、素直に喜べません。
 ・・・川が洪水になるのを期待してたから、ぼくがこんなことになっちゃったのかな。
 心配だと言いながら、ほんとは洪水になったら面白いのにと思う気持ちの方が大きかったのです。準は川に悪いことをしたなあと、ちょっとだけ反省しました。
 「ねえ、お母さん。ぼく、洪水になっちゃった川の気持ち、わかるような気がするよ」
 「え、何のこと?」
 「ううん、何でもないの。いただきまーす」
 準はそう言うと、ドーナツにかぶりつきました。

 …準はおもらしをうまくごまかしたつもりですが、帰ってきたときの様子で、お母さんには何となくわかっているようです。でも、知らん顔しておやつを食べている準を見ていると、今日はだまされてあげようと思うお母さんなのでした。 

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