こいのぼりに乗る準(なんとなくポスター風)
第41話:端午の節句
 「準ちゃん、ちょっとこれを着てみて」
 準がぼーっと自分のこいのぼりを見上げていると、お母さんが呼びました。今日は5月5日、子ども…いえ、男の子の日です。
 「はーい」
 準は返事をすると、お母さんがいる居間に向かいました。お母さんはよく準の洋服を手作りしてくれます。仮縫いの段階で準の背丈と合わせるために、いつも呼ばれるのを準はよく知っています。またシャツでもつくってくれたのかと、準は思いました。

 「はい、これよ」
 お母さんは、なにやら赤い布を準に渡しました。
 「…?」
 準が広げてみると、エプロンみたいです。でも、真ん中に大きく「準」と書いてあります。これってどこかで見た気が…。
 「…な、なにこれ」
 準がおそるおそる訊くと、お母さんはこともなげに言いました。
 「腹掛けよ。金太郎さんがしてるでしょ」
 …やっぱり。
 「これ、着るの?。恥ずかしいよ」
 「そんなことないわ。男の子らしくてかっこいいと思うけど。それともスカートにする?」
 「…き、着るよ」
 「よかった。さあ脱いで脱いで」
 お母さんに言われると、断れない準くんです。仕方なくシャツとズボンを脱ぐと、ひもを首に掛けました。
 「あら、パンツも脱ぐのよ」
 「えーっ」
 準はしぶしぶパンツを脱ぎました。お母さんの前で裸になること自体は、まだ全然平気なのです。

 「とってもよく似合ってるわ」
 お母さんは、背中のひもを結んであげると、手をたたいて喜びました。
 「そ、そう?」
 こんなものに似合う、似合わないというのがあるのかどうか知りませんが、お母さんに誉められると、ついそうかなとか思ってしまう準くんです。
 「…でも、丸見えなんだけど」
 準はすそを下に引っ張りながら言いました。
 「おしっこしやすくていいじゃない。あなたにはちょうどいいわ」
 「もう…。これじゃみっともなくて表を歩けないでしょ」
 準が言うと、お母さんは大笑いをしました。
 「ばかねえ。そんな格好でうろうろされたら私の方が恥ずかしいわ。それは寝るとき着るのよ。あなた寝相が悪くていつもおへそ出して寝てるから、寝冷え防止よ」
 「そ、そうだよね。ははは…。なんだ、びっくりした」
 準も笑いました。

 準は前の服に着替え直すのも面倒なので、しばらくそのままいることにしました。今日は汗ばむくらいの陽気です。準は窓際に寝ころんで、ガラス越しに空を眺めていました。

 「準くん」
 ふと気がつくと、誰かが窓をたたいています。準はそちらを見てびっくりしました。呼んでいるのが、こいのぼりだったからなのです。団地サイズより大きくなっていますが、紛れもなく準のこいのぼりです。
 「背中に乗ってごらん。空の散歩に連れてってあげよう」
 「えっ、ほんと?。うれしいなあ」
 準は喜んで、こいのぼりの背中にまたがりました。
 「しっかり持っててね」
 こいのぼりはそう言うと、口を大きく開けて、おなかにいっぱい空気を入れて浮き上がりました。
 「うわぁ、高い」
 たちまち街並みを見下ろすところまで昇って、準は思わず声を上げました。本当なら楽しいはずなのですが、準にはひとつ気になることがあるのです。
 「ねえ、もしかして怒ってない?」
 「どうして?」
 「ほら、ぼく、もう一匹をだめにしちゃったから…」
 準が幼稚園のころ、クレヨンで落書きして、それ以来緋鯉は箱に入ったままなのです(注)。
 「そりゃあひとりぼっちはさびしいけどねえ…」
 こいのぼりはしみじみと言いました。
 「でも、ほかの季節は箱の中でいっしょにいれるわけだし、それで充分だよ。準くんはいいと思ってやってくれたんだし」
 「ごめんね」
 「いいよ」
 こいのぼりが赦してくれたので、準は安心しました。
 「あっ、虹だ!」
 手に届きそうなところに虹を見つけて、準は思わず手を伸ばしました。
 「手を離しちゃだめ!」
 「えっ。ああーっ」
 準はバランスを崩すと、真っ逆さまに落ちていきました。下は海です。
 …もうだめ。

 「準ちゃん。準」
 「……?」
 気がつけば、お母さんが準の肩を揺すっています。
 「あれぇ、ぼく夢を見てたのか。…よかった、危ないところで起こしてくれて」
 「まだ腹掛け着てたの?。そんな格好でうたた寝してたら、風邪を引くわよ。早く着替えなさい」
 「はぁい」

 お母さんが部屋を出ていってから、準は窓の外を見ました。軒下で、一匹の小さいこいのぼりが揺れています。
 …これからはふたりとも大切にするからね。
 こいのぼりは知らん顔をして泳いでいます。それでも、夢の中で「ごめんね」って言えてよかったと、準は思うのでした。

(注)=第5話:「こいのぼり」参照。

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