桜を見上げる準
第38話:あと何回の桜
 「ふぅ」
 準は受話器を置くと、ため息をつきました。
 「どうしたの。蛍くん何だって?」
 準に電話を取り次いだお母さんが、声をかけました。久しぶりの親友蛍くんからの電話だったので、ワクワクしながら電話に出たのですが・・・。
 「蛍くん、足捻挫しちゃったんだって。だから、春休み来れないって・・・」
 「あらあら。大変ねえ」
 「あーあ。楽しみにしていたのになあ」
 準はがっくりと肩を落としました。遠くに住む蛍くんとは、長い休みでもない限り、逢えないのです。去年の夏休みにあちらに遊びに行ったので、今度は招待して、あれをしよう、ここに行こうと考えていただけに、落胆も大きいのです。
 「残念だけど、仕方ないわね」
 「・・・・・・」
 お母さんに言われても、あきらめられません。準は自分の部屋に戻ると、机に座って頬杖をつきました。

 机の前には去年の夏休み、蛍くんと撮った写真が飾ってあります。
 「いっしょに遊ぼうって約束したのに・・・」
 準は、写真に向かってつぶやきました。
 春は暖かくなって気持ちがウキウキしてきます。でも、その一方で、別れの季節でもあるのです。この時期独特の空気の香りが、辛かったさよならを想い起こさせます。
 ・・・中沢君、どうしたのかな。
 去年、仲のよかった中沢君という友だちが転校してしまい、寂しい思いをしたのをふと想い出しました(注)。手紙をくれるって言ったのに、あれから音沙汰がありません。準は新しい住所を知らないので、連絡を取ることもできないのです。
 ・・・蛍くんとも、このまま逢えなくなったらどうしよう。
 つい、そんなことを考えてしまい、せっかく春休みになるというのにとても憂鬱な気分です。


 「おうい、準。ちょっと散歩に行かないか」
 準がぼーっと考えごとをしていると、お父さんが呼びました。もう春休みも後半の、ある日のことです。
 「・・・うん」
 準は気乗りがしないまま、それでも出かけることにしました。
 歩いて15分、住宅団地の側の小高い丘に都市公園があります。そこには桜がたくさんあって、いまがちょうど花盛りです。
 「きれいだなあ、準」
 「うん・・・」
 準とお父さんは、花を見ながら歩いています。
 「去年もいっしょに桜を見たなあ」
 「そうだったねえ」
 「あれからもう一年か。早いなあ」
 「そうかなあ。一年って、結構長かったと思うけど」
 「そうか。やっぱり子どもの感じる時間は、大人とは違うんだな。お父さんは、あっと言う間だったような気がするな」
 「ふうん。ぼく、いっぱい遊んで、いっぱい勉強・・・」
 「おや、勉強もしたのか」
 お父さんが言うと、準は口をとがらせて言いました。
 「したよー・・・少しは。とにかく、いろんなことがあった一年だったけどなあ」
 「そうだなあ。そうやって、少しずつ大きくなっていくんだな」
 「うん」

 お父さんと準は、丘のてっぺんまで登ってきました。ここからは、街並みや港を一望することができます。
 「桜が咲いてるところって、一生のうち何十回くらいしか見れないんだよな。いつもこの季節になると、ああ、あと何回桜を見るのかなあとか思うなあ」
 お父さんがしみじみ言いました。
 「・・・そんなふうに考えたことなかったなあ」
 「でも、だからこそこんなに美しく見えるんだろうな」
 準は、あらためて桜を見上げました。もう散り初めの花びらが風に舞っています。木漏れ日が桜色に染まり、準とお父さんに影を落としました。
 「蛍くんとはまた逢えるよ。いつもいっしょにいることができないから、かえって友情が深まるのかもしれないね。だから、一回一回の出逢いを大切にしたらいいな。ちょうど、桜を見るときみたいに・・・」
 「うん」
 準はお父さんを見上げると、にっこりと微笑みました。そして、そういえば昨日電話をもらったときに、逢えなくなることで頭がいっぱいで、「足をお大事に」って言い忘れたことに気づきました。今晩電話をかけてそのことを伝えようと、準は思いました。


 翌朝、準は朝からなぜかにこにこしています。
 「どうしたの、昨日と違ってご機嫌ね」
 お母さんが、準に訊きました。
 「蛍くんと逢ってる夢を見ちゃった」
 「どんな夢だったんだ」
 お父さんが訊きました。
 「ないしょだよー。人に話さなかったら、正夢になるんだもん」
 「へえ。よっぽどいい夢だったんだな」
 「えへへー」
 照れ笑いを浮かべる準のほっぺが、ぱっと桜色に染まりました。
 準は一体、どんな夢を見たのでしょうか?。

(Sundewさんより、1周年記念の絵をいただきました(^^)。特別展示室にありますので、そちらもご覧ください。)


注=第1話「春なのに」参照

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