「準ちゃん、学校遅れるわよ。起きなさい」
準がなかなか起きてこないので、お母さんが準の部屋にやってきました。
「う、うーん」
でも、準はなかなかふとんから出ようとしません。その様子を見て、お母さんが言いました。
「またやったんでしょ」
「きょ、今日はちがうよ」
準はあわてて否定しました。それでも、起きたくない理由があるのです。
「・・・頭痛い」
準は、か細い声で言いました。
「えっ」
お母さんは、準のおでこに手をやりました。
「熱はないみたいだけど・・・」
「・・・じゃあ、やっぱりおなか痛い」
準は、顔を半分ふとんに隠して、うかがうようにお母さんの顔を見ました。お母さんは、ピンときてすこし厳しい口調で言いました。
「だめよ、ウソ言っても。あなたはいつもそうやってイヤなことから逃げようとするんだから。さあ、起きて」
そういうと、掛け布団をめくりました。準は降参して、のろのろとふとんから起きあがりました。
準にとって、今日は1年中で一番いやな行事のある日なのです。その行事とは、校内マラソン大会なのです。
走るのが遅い準には、運動会も嫌いな行事です。何が楽しくて大勢の前でみっともない姿を披露しなければいけないのかと思ってしまいます。でも、まだ苦しいのはちょっとで済みます。それに較べてマラソンは走る距離が長いので、もっともっと嫌いなのです。
こないだ、準はお父さんに訊いてみました。
「ねえ、どうやったら速く走れるようになるのかなあ」
「そうだなあ。走る前に、水をいっぱい飲むといいぞ」
「ほんと?」
「そうしたら、おまえのことだからすぐトイレに行きたくなるだろ。早くゴールしてトイレに行こうと思えば、必然的に速く走れるぞ」
「ええーっ。間に合わなかったらどうするの?」
「そこまでは責任持てないな。まあ、ハイリスク・ハイリターンってやつだ」
「そんなぁ・・・」
「ハハハ。でも、速く走る方法をお父さんに訊いてもだめだよ。お父さんも足遅いんだ、実は。おまえはほんとお父さん似だ」
・・・結局いい作戦が見つからないまま、当日を迎えたというわけなのです。
準たち4年生Cグループの番が回ってきました。準がスタートラインに並んでドキドキしていると、前に同じクラスだった子が話しかけてきました。
「ねえねえ、ぼく足遅いんだ。いっしょに走らない?」
クラスが別れて話したこともないのに、親しげです。準は別に断る理由もなく、うなづきました。
「・・・うん」
いよいよスタートです。これからグラウンドを出て、町内を2周して帰ってこなければいけません。校門を出る頃には、もうふたりはトップとはずいぶん差がついていました。
「ねえ、もうちょっと速く走ろうよ」
その子が準に声をかけます。
「これで精一杯だよ」
準が応えます。そのうちに、その子はイライラしたように言いました。
「ぼく、先に行くからね。じゃあ」
・・・なんだよ、いっしょに走ろうって言ったのに。
その子が行ったあとも、準はひとり、またひとりと抜かれていきます。沿道には、近所の人たちが出て、盛んに声援を送ってくれます。
「そこのビリの子、がんばって!」
・・・えっ。
ひとりのおばさんに言われて振り返ると、後ろには誰もいません。準は恥ずかしい思いをしながらも、ひたすら息を弾ませて走りました。2周目も終わりに近づくと、走るのをやめて歩いている子がいます。準も歩こうかと思いましたが、何とか走り続けました。
こうして歩いてる子を何人か抜かし、ゴールにたどり着いた準はその場に座り込んでしまいました。息が切れて心臓がドキドキいっています。空を見上げると、なんだかぐるぐる回っているみたいです。その順位は決して自慢できるものじゃなかったけど、やり遂げた満足感が残りました。
「マラソン、どうだった」
家に帰ると、お母さんが訊きました。
「うん・・・だめだったよ」
「そう」
「でもね、ぼく、最後まで歩かなかったよ」
「えらいわ。がんばったのね」
「うん!」
「じゃあごほうびに、今日のおやつはシュークリーム。準ちゃんの好きなプリンシューよ」
「わぁい。やったーっ」
「牛乳温めてあげるから、早く手を洗ってきなさい」
「はーい」
朝と違ってとても良いお返事をすると、準は洗面所に走っていきました。 |