ラッパ水仙を渡す準
第32話:ラッパ水仙の花 −準くん編−
 「ねえ、お母さん。何がいいと思う?」
 「さあねえ」
 「早くしないと、間に合わないよ」
 「あなたが早く考えておかないからでしょ。いつもぎりぎりになって騒ぐんだから」
 「だって・・・」
 学校から帰ってからずっと、準くんは困っています。

 去年の10月2日に、準くんはすてきな誕生日プレゼントをもらいました。それは、遠くに住む親友、蛍くんからのものでした。それからずっと、蛍くんの誕生日にはお返しにあっとおどろくようなプレゼントをしようと、心に決めていたのです。
 でも、今日は1月31日。あれにしようか、これがいいかと、優柔不断の準くんは、もう明日に蛍くんの誕生日が迫っているのにまだ迷っているのです。
 「もう、今日送らないと間に合わないわよ」
 「・・・うん」
 準くんは、お母さんに促されて、近くのスーパーに行きました。

 広い店内をうろうろ歩いて、準くんは以前から考えていたものを見て回りました。でも、どれもありきたりで、あっとおどろかすことができそうもありません。時間はもうありません。準くんは仕方なく、意を決してひとつの箱を手に取ると、レジに持っていきました。
 「ぼく、それプレゼント?」
 レジのお姉さんが、準くんに話しかけてきました。
 「あ、はい」
 「女の子にでしょ?」
 「そ、そうじゃないです」
 「もう。照れなくていいのよ。カワイイー」
 ・・・ほんとに違うんだけどなあ。
 もじもじしてる準くんを見ながら、お姉さんはなぜかうれしそうにきれいにラップして、リボンもかけてくれました。
 「がんばってね」
 「あ、ありがとう」
 準くんはお金を払うと、急いでそこを立ち去りました。

 スーパーを出ようとしたとき、ふと花屋の店先に目が行きました。そこには今の季節の花と、花言葉を書いた表が貼ってありました。準くんは、立ち止まってその表を見ていましたが、その中にすてきな言葉を見つけました。
 ・・・そうだ。
 準くんは家に帰ると、さっき花屋で覚えてきた花の名前を、図鑑で調べました。そして、鉛筆で蛍くん宛に手紙を書いて、その黄色い花を色鉛筆で描きました。どうも上手くないけど、準くんはそれを折り畳んで、プレゼントの箱といっしょに別の箱に入れました。

 そして2月1日。昨日送ったのでは今日には着かないよと、宅配便のおじさんには言われていました。
 ・・・蛍くん、ぼくからなにも届かないんで、どう思っているかなあ。
 やさしい蛍くんだから怒ってはいないと思いますが、それだけによけい辛いのです。電話して、送るのが遅くなったことを言おうかとも考えましたが、恥ずかしいのでやめました。準くんは、ちょっと心配しながら眠りにつきました。


 「ここはどこだろう?」
 準くんはどこか知らないところにいました。あたりは明るいのですが、薄靄に包まれてはっきりと見えません。準くんは手探りで歩いています。
 すると、前の方に人影が見えました。
 「だ、誰?」
 その人影が、準くんに話しかけてきました。それは聞き覚えのある、蛍くんの声だったのです。
 ・・・そうだ。ぼく、蛍くんに逢いに来たんだっけ。
 準くんは、声のする方に進むと、蛍くんの前に立ちました。
 「準くん、どうしてここへいるの?」
 遠くにいるはずの準くんが、目の前にいるので蛍くんはびっくりしています。準くんはそれには答えずに言いました。
 「お誕生日おめでとう!」
 「それを言いに来てくれたの?」
 「そうだよ」
 「よかった。ぼくの誕生日、忘れちゃったのかと思ってた」
 「忘れるわけないよー」
 準くんは、笑って答えました。蛍くんは、準くんの方に手を差し出しました。でも、準くんはあるものを持っているので、手を後ろに回したままにしていました。
 「どうしたの?」
 蛍くんが言うと、準くんはくるりと振り返って、手に持っているものを蛍くんに差し出しました。それは、一輪のラッパ水仙の花でした。
 「わあーっ、きれい」
 「・・・ほら、ぼくの気持ちだよ」
 準くんは、恥ずかしそうに言いました。
 「ありがとう」
 蛍くんも、照れながら答えました。それ以上言わなくても、花が好きな蛍くんには、ラッパ水仙の花の持つ意味が伝わったみたいでした。
 「蛍くん、ぼく、君のこと・・・」
 「うれしいよ。ぼくだって準くんのこと・・・」
 ふたりはそう言うと、黙って手をつなぎました。

 「スイセンって言えば、ぼく、おしっこがしたくなっちゃった」
 蛍くんが言いました。
 「えへへ、ぼくも」
 準くんも言いました。とても気の合うふたりなのです。見ると、トイレがあります。ふたりはトイレに入ると、並んで便器の前に立ちました。
 「ちょ、ちょっと待って」
 蛍くんが、あわてて言いました。
 「どうしたの?」
 準くんは、あわててチャックを上げて言いました。
 「ねえ、遠くに住むぼくたちが逢ってるってことは、これ、夢じゃないのかなあ」
 「えっ」
 「夢で仲良くおしっこしたら、ほら、いつかみたいに・・・」
 「お、おねしょ?!」
 ふたりは、あわててトイレを出ました。
 「準ちゃーん」
 準くんは、誰かに呼ばれて振り返りました。


 「準ちゃん、朝よ。起きなさい」
 呼んだのは、お母さんでした。
 「はっ。・・・あれっ、やっぱり夢だったのか。ん?」
 準くんは、あわててパンツの中に手をやりました。濡れていません。準くんは、急いでトイレに走って行きました。
 「・・・よかった。蛍くんが止めてくれて」
 おしっこをすませてトイレを出ようとしたとき、一輪挿しにラッパ水仙が活けてあるのが目に入りました。
 「お母さん、これどうしたの」
 「それ、庭に咲いていたのよ」
 ・・・蛍くんに、ぼくの気持ち、伝わるかなあ。
 夢みたいに、直接逢って蛍くんにおめでとうって言えたらいいのにと、準くんは思いました。でも、それにしても夢とは思えないくらい、はっきりと記憶に残っています。まだ掌に蛍くんの手の温もりが残っているような・・・。
 「準ちゃん、早くご飯食べなさい」
 「はあい」
 準くんは返事をすると、東の方に向かってつぶやきました。
 ・・・蛍くん、絶対うちに遊びに来てね。

 -END-


このお話の蛍くんの側から見たストーリーを、「ひとり上手ぎゃらりい」に掲載していただきましたので、そちらも読んでください(^^)。

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