天使の歌声
第27話:天使の歌声
 「じゃあ、終わった頃迎えに来るからな」
 「お父さんは来ないの?」
 「いや、信者じゃないのに参加しちゃ悪いかなと思って」
 「・・・うん。それじゃ」
 準はお父さんの車から降りると、ひとりで教会に入っていきました。12月24日、もう日はとっぷりと暮れた夜のことです。

 準の家は別にクリスチャンではないのですが、心優しい子になってほしいということで、準はプロテスタント系の幼稚園に行っていたのです。卒園後も、日曜学校に誘われたりしてたのですが、実はあまり行っていません。
 でも、12月24日の昼下がりにおこなわれる、子どものための「クリスマスお祝い会」には毎年出席しています。というのは、おやつがいっぱいもらえるからです。
 準は幼稚園のころを想い出していました。毎年クリスマスにキリストの誕生の劇をやるのですが、準は男の子に人気のあるヨセフ様や東方の三博士ではなく、いつもその他大勢の羊飼いの役でした。そんな目立たない子だったのです。

 「お、準くん大きくなったね」
 準が振り返ると、牧師で幼稚園の園長先生がにこにこと話しかけてきました。
 「あ、先生こんにちは」
 「準くん、歌上手いんだよね。今晩、大人の礼拝で、ほかのお友達と一緒に讃美歌を歌ってくれないか」
 「ぼ、ぼくが?。でも、急に・・・できるかなあ」
 「大丈夫だよ。じゃあ、今晩7時に来てね」
 「・・・はい」
 準はちょっと不安でしたが、園長先生に笑顔で頼まれると、つい首を縦に振ってしまいました。それで準は、クリスマスイブの夜の教会に来たというわけなのです。

 質素で飾り気のない教会ですが、この日ばかりは華やいだ雰囲気です。準は控室で、歌を間違わないように、頭のなかで何度も繰り返し歌詞を思い浮かべました。
 礼拝が始まりました。お祈りや聖書のお話が続いている間、準たちはお揃いの真っ白な服を着せてもらいました。つまり、準たちを、この佳き日をお祝いする天使に見立てるというわけなのです。
 礼拝がクライマックスを迎えた頃、準たちは手に手にろうそくを持って、明かりの落とされた礼拝堂にしずかに入場しました。そして、古びたオルガンの伴奏で、「もろびとこぞりて」に始まって、いくつかのクリスマスの讃美歌を合唱しました。準は少しどきどきしながらも、一つ一つの歌を心を込めて歌いました。

 最後は「きよしこの夜」を合唱しました。昔ある教会で、クリスマス前にパイプオルガンが壊れてしまい、ギターの伴奏で歌える讃美歌をとつくられたこの曲は、とてもシンプルですが心にしみわたる響きを持っています。準は静かなこの歌がとても好きなのです。

  きよし この夜 星は 光り
  すくいの御子は み母の胸に
  眠りたもう 夢やすく

 準は感極まって思わず涙が出そうになりました。でも、最後まで我慢して歌いました。
 こうして、とても厳かで、それでいて暖かみのあるクリスマスの礼拝は終わりました。

 「準くん、お疲れさま」
 準が迎えのお父さんを待っていると、後ろから園長先生が声をかけてきました。
 「今日の準くんはかっこよかったねえ」
 「そ、そうですか?」
 「ああ、一番歌が上手くてとても目立っていたよ」
 先生はそう言うと、準の頭をなでました。
 「あ、ありがとうございます」
 準はぺこりと頭を下げました。なんだか恥ずかしいのと、うれしいのとで顔が火照ってくるような感じです。先生のほめ言葉は、なんだかひと足早くクリスマスプレゼントをもらったような、そんな気持ちにさせてくれたのでした。


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注:「きよしこの夜」を邦訳したのは由木 康(ゆき・こう)という人ですが、実は異訳が存在するのです。手元にある日本基督教団讃美歌委員会編『こどもさんびか』には、「み母の胸に」が「まぶねのなかに」に、「夢やすく」が「いとやすく」になっています。こちらの方が正統とも思われますが、ここでは一般に歌われているであろう歌詞にしました。 

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