ほうき星(?)に乗る準
第23話:しし座流星群の想い出
 電子音の目覚まし時計が鳴って、準は目を覚ましました。
 ・・・あれえ、ここどこだっけ?。
 暗闇なので手探りで目覚まし時計を止めると、準は辺りを見回しました。目が慣れるのと、寝ぼけた頭がはっきりしてきたので、ここがお父さんの車の後部座席であることを思い出しました。

 1998年11月18日、時刻は午前3時50分です。この年、母天体のテンペル=タットル彗星回帰年に当たり、しし座流星群の活動が33年ぶりに活発になると予測されていました。そこで、流れ星を見るために、準はお父さんと一緒に車でとある山の山頂に来ていたのです。午前4時、流れ星が雨霰と降る流星雨が見れるかもしれない極大時間にあわせて、準はお父さんに起こしてもらう約束でした。休みを取ったお父さんと違って学校のある準は、先に車で毛布にくるまって寝ていたというわけなのです。

 ・・・寒い。
 11月半ば、車の中もそうですが、外は冷気に包まれています。ドアを開けて外に出ると、準は一つくしゃみをしました。
 「おや、起きたのか?」
 お父さんが準の方を見ました。お父さんは三脚に載せたカメラを空に向け、写真を撮ろうと待ちかまえていました。絞りを小さくし、B(バルブ)にしてシャッターを開放状態にしておくと、運が良ければ流れ星が写るのです。お父さんはレリーズを持つ手を放し、赤いセロハンを巻いたペンライトをつけて腕時計にかざして時間を確認しました。
 「どう、見える?」
 「いや、それがなあ・・・」
 お父さんに訊くまでもなく、準が空を見上げても空一面雲が覆っていて、星一つ見えません。
 「ぼくが寝る前は、オリオンもカシオペアも見えてたのに・・・」
 準はがっかりしてお父さんに言いました。
 「ねえ、なんとかならないの」
 あの厚い雲の上で、いっぱい流れ星が流れてるのかと思うと、準はいてもたってもいられません。せがむようにお父さんに言いました。
 「なんとかったってなあ。こればっかりは・・・」
 「・・・つまんないなあ」
 楽しみにしていただけに落胆も大きいのです。
 「まあ、まだ夜明けまで時間があるし、もうちょっと見てようよ」
 「・・・うん」
 テレビで大きく採り上げられたので、この名もない山の上にも大勢の見物客が押し掛けていました。みんなてんでに車の中で待っています。でも、不用意にヘッドライトをつけたり、暖をとるためにエンジンをかけっぱなしにして車内灯をつけていたり、強力な懐中電灯でそこらをうろうろしたりと、かなりマナーが悪い状態でした。
 「あれじゃあ明るくて、見えても写真だめかもな」
 お父さんはため息をつきました。

 極大時間をかなり過ぎても、雲が取れる気配はありません。4時半を過ぎると、ただブームにのってきた人たちはあきらめて帰り始めました。
 「準、もうちょっとがんばれるか?」
 お父さんは、膝頭を手でこすって暖めてる準に声をかけました。
 「大丈夫だよ。だってまだ一つも流れ星見てないもん」
 「そうだな、きっと晴れるから待ってような」
 「うん」

 そうやってがんばった人たちだけに、天からすてきな贈り物がありました。5時頃、天頂付近に晴れ間が広がったのです。そして、雲の隙間に輝く流れ星が見えました。
 「あっ、光った!。ねえ、見たでしょお父さん」
 準が弾んだ声を上げました。
 「ああ、明るかったな、今のは」
 お父さんも大きな声で応じます。
 「お、暗いけど見えたぞ」
 「え、どこどこ?」
 「ハハハ、言われて見ても遅いよ」
 「あーあ、残念」
 そうやって、30分ほどの間に10個ばかり流れ星が見えました。流れ星が見えるたびに、まだ残っていた熱心な人たちからいっせいに歓声が上がります。一つの流れ星を通してそこにいる人たちの間に不思議な一体感が生まれました。

 5時半過ぎに、再び雲が出てきて星が見えなくなりました。
 「どうです、見えましたか?」
 年輩の男性が、お父さんに声をかけてきました。
 「ええ、さっき少しだけ」
 「そうですか。私は秋吉台にいたんじゃが、雲が取れんからこちらに移動してきたんですよ。そうそう、あっちじゃ初雪が降りました」
 「へえ、そうですか」
 「おっ、坊主も見てるんか、偉いな」
 その人は準に声をかけてきました。
 「歳はいくつだ?」
 「9歳です」
 「そうか。じゃあ33年後にまた見れるんだなあ。おじさんは次に彗星(やつ)が戻ってくる頃には、もうこの世の人じゃないからなあ・・・」
 「・・・」
 準はなんと答えたらいいのか困ってしまいました。33年後・・・42歳になった自分なんか想像したことはありません。そのおじさんや、お父さんや準が死んだ後も、おそらく彗星は何回も戻ってきて、何度も流れ星の雨を降らせることでしょう。準は無限の時のつながりと、人間の命の短さを想い、気が遠くなるような感じを覚えました。
 「じゃあ、無線仲間と交信しながら帰ります」
 そう言って、そのおじさんは帰っていきました。

 「よし、準。そろそろ帰るかな」
 あれから一度も晴れないうちに、あたりがほの明るくなってきました。
 「うん」
 ふたりは車に乗りました。ラジオをつけると、NHKがニュースのトップで、しし座群が不発に終わったことを伝えていました。
 「こんなこと言っちゃいけないけど・・・。ぼく、ちょっとほっとしたよ。だってぼくらだけ見れなかったら悔しいもんね」
 「・・・実は、お父さんもそれ考えてたとこだ」
 ふたりはルームミラー越しに顔を見合わせて笑いました。
 「でもね、ぼく、ほんとは見たんだよ、流星雨」
 準がまた後部座席から話しかけてきました。
 「えっ、いつ?」
 「夢の中だけどね、車で寝てるときに。ぼく、ほうき星に乗って空を飛んだんだ。そしたらすっごい数の流れ星がね」
 「へえ、それでどんな感じだった?」
 「ええとねえ・・・」
 準は、ちょっと照れながら答えました。
 「夜空がおもらししてるみたいだった」
 「ハハハ。いかにも準らしい感想だな」
 「エヘヘヘ」
 「来年もまだチャンスがあるし、また見に来ような」
 「うん!」
 残念ながら本物の流星雨は見れなかったけど、準にはとても満足でした。寒かったけど気持ちは暖かくなった、そんな気がしたのでした。 


  • なお、この絵の背景はダットジャパン社の「HYPER PLANET III」の星空シミュレートを下敷きにして描いたものです。当日の南東の空、しし座からおとめ座(準の右足の下に一等星スピカが見える)にかけて6等星以上はすべて記してあります。

第22話へもどる第24話へ