朝、準が登校前に着替えをしていると、お母さんが言いました。
「そろそろ冬服着るんじゃないの?」
「まだみんな夏服だよ」
「でも、朝夕はだいぶ寒くなってきたわ。せめて長袖シャツにしたら」
「平気だよ、寒くないもん」
10月になると、制服の学校は普通衣替えで冬服を着るようになります。でも、「子どもは風の子」という言葉通り、小学生たちはしばらくは夏服で登校します。競争意識みたいなのがあって、準もほかの子に負けないように、まだ半袖で通しているのです。
「体冷えたら風邪引くわよ。学校終わったら早く帰るのよ」
「うん。じゃあ、行って来まーす」
「行ってらっしゃい」
準は、元気に学校へ出かけていきました。
その日の放課後、準は学校の図書室へ行きました。こないだから疑問に思ってることを調べようと思ったからです。
その疑問というのは、「電気毛布で寝ているときにおねしょしちゃったら感電しないか?」という重大問題なのです。準は元気な子だから電気毛布なんか使いませんが、もしよそにお泊まりに行って電気毛布だったら、安心して寝れないと思って気が気でないのです。取説見ても、コントローラーに水をかけないでくださいと書いてあるだけで、おねしょしたらどうなるか書いてないのです。
準はいろいろ本を引っぱり出してみましたが、どの本にもそんなことは書いてません。
・・・困ったなあ。
準がほかの本に手を伸ばしたとき、校内放送が入りました。
「下校時刻10分前です。児童は早く帰りましょう」
・・・えっ、もうこんな時間?。
スピーカーから流れる「星の世界」の曲に促されて、準はうちに帰ることにしました。
・・・さ、寒い。
日中は暖かいのですが、お母さんの言うとおり朝夕はめっきり冷え込んできました。準は急ぎ足でうちに帰ることにしました。
ところが、途中でおしっこがしたくなったのです。帰る前にトイレに行くのを、例の考え事をしていたために忘れてしまったのです。
・・・着くまで持つかなあ。
それでなくても体が冷えてるので、早くも急を要する事態です。準は走ることにしました。
・・・ううっ、もうだめぇ。
準の家は学校から少し離れているのです。でも、なんとか早くトイレまでたどり着かないといけません。
ようやくうちの近くまで帰ってきました。角を曲がると家が見えてきました。
・・・よかった、なんとか間に合いそう。
門の前まできて、準がほっとしたそのときです。
・・・ああっ!!!。
準の意志に関係なく、おしっこが勝手に出てしまいました。準はあわてて力を入れて止めようとしましたが、どうしても止まりません。パンツとズボンを濡らしたおしっこは太ももを伝って流れ落ち、足元に大きな水たまりをつくりました。準は立ち止まったまま、自分がおもらししてるのをおしまいまで呆然と見送るしかありませんでした。秋風が身にしみます。準はぶるっと身震いをしました。
・・・あとちょっとだったのに。
どうしてもあきらめられない準ですが、もう済んでしまったことはどうしようもありません。誰だって、こんなみっともない格好でうちになんか帰りたくはありません。でも、いつまでもこうしているわけにもいきません。おしっこがたまった靴を引きずるように、準はとぼとぼと玄関まで来ました。
「ただいま・・・」
家のドアを開けて、準は消え入るような声で言いました。
「おかえりー、遅かったのね。着替えたら夕食にしましょう」
台所の方から、お母さんの声がしました。でも、優しい声が今の準にはとてもつらいのです。そのまま上がるわけにはいかず、準はそのままなにも言わずに立っています。
「どうしたの?」
準がいつまでたっても上がってこないので、お母さんが玄関に出てきました。そして、一目で我が子になにが起こったのか理解しました。
「まあ・・・。おしっこ出ちゃったのね」
準は、なにも言わずにうなづきました。
「男の子なんだから、そこらですればよかったのに」
準は、電柱があったのを思い出しました。こんなことになるくらいだったら・・・でも、そんなことを考える余裕もなかったのです。準は首を横に振りました。
「ぼ、ぼくね・・・」
「さあ、早く着替えないと風邪を引くわよ」
準は何か言いかけましたが、お母さんはそれを遮ってタオルを持ってきました。その場で靴下だけ脱いで、足を拭いてもらって洗面所に行きました。お母さんは準の濡れた制服のズボンとパンツを脱がすと、お湯で濡らしたタオルで体を拭いてくれました。準はもっと幼い子のように、されるままにただ突っ立っていました。
「ぼく・・・ぼくね」
準はさっき言いかけたことを言おうとしました。
「なに?」
お母さんは優しく準に訊きました。
「がんばったんだよ。だけど・・・」
そう言うと、準はいままで眼にいっぱいためていた涙を流して、声を上げて泣きました。
「そうね、準ちゃんはがんばりやさんだものね。よくがんばったね」
お母さんは準を抱いて、頭をなでました。寒いのを我慢してずっと半袖で通したこと、それにおしっこしたいのをこらえてうちまで帰ろうとしたことについて、準がなにを言いたいか、お母さんには手に取るようにわかったのです。
「さあ、涙を拭いて。一緒にご飯食べましょう」
パンツとズボンをはかせて、お母さんは準に言いました。
「うん。・・・ねえ、お母さん」
準が言いました。
「ぼく、明日からも半袖で学校行くね」
「そう。でも、もし寒かったら長袖にしようね。両方そろえて、明日の朝決めましょう」
「・・・うん」
準はこくりとうなづくと、お母さんにちょっとだけ笑顔を見せました。 |