海開きです。
準はお父さんに海水浴に連れてきてもらいました。
車を駐車場に停めて海水浴場にさしかかったとき、お父さんが言いました。
「ようし、準。そこの松林で着替えろ」
「ええーっ、海の家とかじゃないの?」
「そんなのもったいないだろ。男の子は外で充分」
「でも、お父さんは?」
「ハハハハ。もうはいてるからいいんだ」
「ずるいー」
だったら車で着替えたのに、とか思いつつ、準は松の木の陰で海水パンツにはきかえました。
「わあい。海だ海だー」
今年初めての海水浴で、準は大はしゃぎです。砂山をつくったり、波打ち際で足をばしゃばしゃやったり、ひとりで遊んでいます。外海を見慣れた人には、これが海だとは受け取りにくいほど波はしずかです。
「準、泳がないのか」
後ろの方からその様子を見ていたお父さんが、準のそばに来て声をかけました。
「泳いでるよ、ほら」
準は浅いところに腹這いになって、ばた足をして見せました。
「そういうお父さんは泳がないの?」
「お父さんはおまえの監視役だからいいんだ」
「・・・ふうん」
「準、おまえどれくらい泳げるんだ?」
「・・・今年は25メートル泳げるようになりたいな、できれば」
「じゃあ、あのブイまで泳いでみろ」
お父さんは、沖の方に浮いている遊泳禁止のブイを指さして言いました。
「えっ、無理だよぉ、あんな遠く」
「浮き輪があるから大丈夫だろ」
「でもぼく、足が届かないところでは泳がないようにしてるんだ。なんか怖くて」
「情けないやつだなあ・・・あ、そうか。準は覚えてないだろうなあ」
「なんのこと?」
「おまえがまだ2つか3つの頃、ここの海水浴場で溺れたんだ、お父さんがちょっと目を離してる隙に」
「えっ・・・」
「でも、すぐ助けてやったから大丈夫だったんだ。記憶になくても、そのときの潜在意識ってやつが覚えているのかなあ」
「・・・」
・・・そうか、それでぼくは足の届かないところじゃ泳げないのか。それに、よく水に溺れる怖い夢を見るんだ。こないだも海に落ちる夢を見て、それで・・・。
「なあ、準」
お父さんが準の肩に手を置いて言いました。
「おまえはそうやって九死に一生を得たんだ。とっても運の強い子なんだよ。よかったなあ、準」
「・・・でも、それって監視役さぼってたことの言い訳じゃないの?」
「そんなことはないよ。お父さんはいつも準のことを見てるからね」
「うん」
そう言われて、素直な準はなんだかうれしくなってうなずきました。でも、やっぱり足の届かないところでは泳げないままなのでした。 |