梅雨の中休み、準はお父さんと蛍を見に来ています。
夏至間近の長かった日もようやく暮れて、あたりは暗闇に包まれました。
「わあ、いっぱいいるねえ」
あたり一面、蛍が乱舞しています。等間隔で明滅する妖しい緑の光を見ていると、思わず誘い込まれそうな魅力があります。準は夢中になって蛍を見ています。
「町中でこれだけ蛍が見れるとはなあ。この辺は蛍護岸って言って、蛍の幼虫が食べるカワニナのエサになる葉を落とす桜の木を植えたり、蛹になりやすいように護岸に土を残したり、蛍が生育しやすいようになってるんだって。もちろん、地元のひとによる環境整備や、小学生が幼虫を育てて放流したりと、蛍を護るために大変な努力をしていることを忘れてはいけないね」
お父さんは、どこかで仕入れてきた知識を話していますが、準は腕に止まった蛍をつかまえるのに一生懸命です。そっと右手で蛍を包み込むと、庭で摘んできた蛍袋の花に入れました。
「ねえ、蛍ってすぐ死んじゃうんだよねえ」
準がお父さんに訊きました。
「そうだなあ。成虫になって、長くて2週間。普通は4〜5日で一生を終わるそうだ」
「へえ、それだけしか生きられないなんて、かわいそうだなあ」
準はちょっと感傷的になっています。
「そうだねえ・・・。でも、一生懸命生きているから、命が短いって考えてないかもしれないな」
「・・・?」
「一生懸命生きているから、あんなに輝いて見えるんだろうね」
「・・・そうだね」
お父さんは難しいことを言っていますが、お父さんが何を言おうとしているか、準にはなんとなくわかるような気がしました。
準は、つかまえていた蛍を逃がしてやりました。
「もうきみには逢えないけれど、きみの子ども達を見に、来年もきっと来るからね」
いつまでも、いつまでも、準は放してやった蛍を目で追いかけていました。
★参考文献:『川のなんでも小事典』 土木学会関西支部編 講談社ブルーバックス
☆この物語は、山口市を流れる一の坂川をイメージしてつくりました。 |