さよなら
第1話:春なのに
 春です。
 暖かい陽気が続いて、気持ちも何となくウキウキしてきます。
 でも、本当は春はもの悲しい季節なのです。

 準には、とても仲のいい友達がいます。
 いや、正確にはいたと言った方がいいかも知れません・・・。

 「中沢くん、いっしょに帰ろう」
 「うん、帰ろう」
 その子の名前は、中沢くんと言いました。準とは帰る方向がいっしょなのと、性格が似てると言うことで、いつも仲良くあそんでいました。クラスも同じだったので、学校でもいっしょにいることが多かったのです。

 あるとき、図工の時間に友達の顔を写生するという課題が出されました。準はもちろん中沢くんと組になってお互いの顔を描くことにしました。準はあまり絵が上手ではありません。描いては消し、消しては描きを繰り返していると、スケッチブックがだんだん真っ黒になってきます。それでも準は一生懸命絵を描いています。中沢くんもまた真剣です。
 そのうちに、どちらからともなく笑い出しました。だって、相手のまじめな顔がおかしかったからです。はじめはクスクスでしたが、そのうちに声を出して二人で笑い転げてしまいました。・・・それからすぐ、先生に注意されたのは言うまでもありません。それでもなお顔を見合わせて笑っていたので、二人は仲良く教室の後ろに立たされたのでした。

 ところがです。中沢くんが急に転校することになってしまいました。
 最初それを聞いたとき、準はそれをどう受けとめていいのか解りませんでした。しかし、それが重大な事実であることに気がついたとき、準の頭のなかは真っ白になってしまいました。
 中沢くんのいない教室、中沢くんのいない帰り道、中沢くんのいない・・・。何とかしないと、準はひとりぼっちになってしまいます。でも、準にはなすすべもありません。
 中沢くんと図書室に行きました。大きな地図帳を出してきて、二人でおでこをくっつけあって、中沢くんが指さす先を見ました。中沢くんが4月から住むというそのまちは、準の全然知らないまちでした。子どもの準にとって、そこは地球の裏側よりも、ずっと遠いところに思えたのでした。

 いよいよ引っ越しの日、準は中沢くんの家にお見送りに行きました。
 いろいろ言いたいことがあるのに、中沢くんの顔を見ると、いっぱい想い出が頭をよぎって、何も言えませんでした。
 「また、逢おうね」
 「・・・うん」
 中沢くんを乗せた車が出発しました。準の目から涙があとからあふれてきます。中沢くんも泣いています。
 準は、涙がこぼれないように、目をいっぱいに見開きました。そして、中沢くんの車が見えなくなるまで手を振っていました。
 準は、中沢くんに手紙を出そうと思いました。それに、電話だって出来るし・・・でも準は、重大なことにまだ気づいていません。中沢くんの引っ越し先の住所を訊いてなかったことを・・・。
 準は、挙げていた手をそっと下ろし、袖で涙を拭きました。そして、すっかり日の長くなった春の夕暮れの道を、ひとりとぼとぼと家へかえっていきました。

 春なのに・・・。

プロローグへもどる第2話へ