蛍くんと準くんの夏休み:第4章 作 Mizumori Sho (みずもり・しょう) 準くんは目を覚ましました。天井の模様が違うので、一瞬ここはどこだろうと思いましたが、すぐに蛍くんのうちに泊まりに来てたのを思い出しました。
・・・あれっ、いつの間に寝ちゃったんだろ。
準くんは寝返りをうとうとしました。そうしたら、おしりの下でぐちゅっという音がしました。この感触・・・まさか。
・・・お、おねしょ?!
準くんは、あわててがばっと跳ね起きました。ズボンもふとんもぐっしょりです。
・・・どうしよう。
さすがの準くんも、よそのうちにお泊まりに行っておねしょなんかするのは初めてです。途方に暮れてふと気がつくと、別のふとんで寝ていたはずの蛍くんが、ぴったりと横にいます。
蛍くんは、準くんが起きたので目を覚ましました。
・・・あれぇ、もう朝か。そうか、あのまま眠ったんだなあ。
夏の朝にしては、なんか冷たい感じです。蛍くんは、何気なくズボンの方を触ってみました。なんだか、パンツと言わずシャツと言わず、濡れてる感じ・・・ん?。
「や、やっちゃった」
蛍くんも飛び起きて、思わずそう言いました。
「うん、ぼくもやっちゃった」
蛍くんが左を向くと、そこに準くんがいます。目が合うと、恥ずかしくてふたりは真っ赤になりました。
「どうしよう、蛍くん・・・」
「ほんと、どうしよう・・・」
ふたりは、濡れたふとんを目の前にして考え込んでいます。これがちょっとパンツが濡れたぐらいならごまかせますが、こんなにでっかいせかいちずをどう始末したらいいか、ふたりには思いつきません。
「夕べ、あんなにラムネ飲んだからいけなかったんだ」
蛍くんが言いました。
「うん・・・。それに火遊びもしたし」
ふたりはしきりに反省してますが、もう出ちゃったものは元には戻りません。
台所です。早起きの蛍くんのお母さんは、もう朝ご飯の支度をしています。
「あの、お母さん・・・ぼく・・・」
蛍くんが、お母さんの背中に声をかけました。
「あらあら、またなの」
お母さんは振り返らずに言いました。蛍くんが全部言わなくても、声を聞いただけでなにをやったかわかってるみたいです。
「ごめんなさい。だってぼく・・・」
「それよりも早く、濡れたふとんとか持ってきて着替えなさい。準くんが目を覚まさないうちに」
このことが準くんに知られては恥ずかしいだろうと思って、お母さんは蛍くんにそう言いました。
「それが、その・・・」
蛍くんが言いにくそうにしていると、準くんが思いきって言いました。
「ごめんなさい。ぼくもおねしょしちゃいました」
それを聞いて、お母さんは初めて振り返りました。そこには、びしょびしょのふたりが立っています。なぜか浴衣ではなく、昼間の服を着て・・・。
「まあ・・・フフフ、ほんとに仲良しねえ」
お母さんは、ちょっとあきれて笑いました。
「寝る前に、あんなにラムネを飲んだのはどこの誰かしら?」
お母さんはにやっとわらって、台所の隅に置いてあるラムネの空き瓶を指さしました。
「ごめんなさい」
蛍くんと準くんはぺこりと頭を下げると、顔を見合わせてエヘヘヘと照れ笑いをしました。
「早く着替えて、ふたりでラジオ体操に行ったら」
「はあい」
「どうしよう」
蛍くんが濡れたパンツを脱ごうとしていると、準くんが困ったように声をかけてきました。
「どうしたの?」
「・・・ぼく、もう着替えがないんだ」
おととい、肝試しで汚してるので、準くんはもうズボンを持っていないのです。
「じゃあ、ぼくの貸してあげるよ」
蛍くんが自分のパンツを差し出して言いました。
「あ、準くん。おとといのパンツとズボン、洗濯しておいたわよ」
そのとき、蛍くんのお母さんが入ってきて、準くんにたたんだ洗濯物を渡しました。
「あ、ありがとう」
「着替えたら、濡れたものは洗濯機に入れておいてね。今日もいい天気だから、帰るまでには乾くでしょう」
「はい」
準くんはほっとしました。
「よかったね」
パンツをはきながら、蛍くんは準くんに言いました。
「うん」
準くんは濡れたパンツを脱ぎながら、うれしそうに言いました。
「ねえ、ちょっと遠回りして帰ろうよ」
ラジオ体操のはんこを押してもらって、蛍くんは準くんに声をかけました。
「うん、面白そうだね」
ふたりが今いるのは、例の児童公園です。ここから墓地と反対側の山道を抜けると、蛍くんのうちの近くに出るのです。朝露がついた夏草をかき分けて、ふたりは進んでいきます。
「なんか探検してるみたいだね、蛍くん」
「うん、ワクワクするねえ」
「なんか出てきたら楽しいのに」
「そうだね。ふたりでやっつけるのにねえ」
昼間は至って元気のいい蛍くんと準くんです。そのうちに、急に開けたところに出ました。
「あれっ、おかしいなあ」
蛍くんが声を上げました。ちょっと来ないうちに宅地開発がはじまって、道が途中でとぎれています。
「工事現場の横を通れば、何とか反対側に出られそう。ちょっと大回りだけど」
蛍くんが先頭に立って歩き出しました。準くんも後をついていきます。そして、なんとか反対側に出ました。
「ここからだと、あとちょっとだよ」
蛍くんはそう言いましたが、なんだか道が違うみたいです。進めば進むほど、山の中に入っていきます。
・・・ここって、未知の森じゃあ・・・。
いつか蛍くんは、近所の友だちと探検に来たことがあるのです。空き家を見つけて秘密基地にしていたのですが、何となく薄気味悪くて最近は来ないようにしていたのです。
「結構遠いねえ」
「・・・ごめん。道に迷ったかもしれない」
「えっ」
「でも、大丈夫だよ」
蛍くんは自分に言い聞かすように言いました。
「うん。ふたりでがんばれば、きっと大丈夫だね」
準くんもそう言いました。
「いてっ」
蛍くんが、右の人差し指を押さえて立ち止まりました。あたりは萱だらけで、蛍くんは指を切ってしまったのです。
「大丈夫?」
そう言って、準くんはポケットからハンカチを取りだすと、蛍くんの指をやさしく包みました。
「・・・ありがとう」
「いたいっ」
今度は蔓に足を取られて、準くんが転びました。
「大丈夫かい?」
今度は蛍くんが準くんの膝小僧の泥を払ってあげました。
「ありがとう・・・もう平気だよ」
しかし、歩いても歩いても、知ったところに出ません。蛍くんはだんだん不安になってきました。
「ねえ、少し休もうか」
蛍くんが後ろに向かって声をかけました。ところが、ついてきているはずの準くんがいません。
「じゅ、準くーん」
蛍くんはあわてて呼びました。
・・・ど、どこへ行ったんだよ・・・。
−続く−