浴衣で線香花火
蛍くんと準くんの夏休み:第3章  作 Mizumori Sho (みずもり・しょう)
 「昨日はどうしたの、みんなで探したんだよ」
 ふたりが行方不明になったので、大騒ぎになっていたのです。あれから電話がかかってきて、蛍くんのお母さんがふたりが帰っていることを話して一件落着したのです。もちろん、どうして帰ってきたかは言いませんでしたが・・・。
 ・・・よかった・・・ばれてないみたい。
 「ごめん、ちょっとおも・・・いや、なんでもない」
 ほっとして、思わず口を滑らしそうになる蛍くんです。
 「今日は町内会のお祭りだよ。川咲君も来るでしょう?」
 「もちろん行くよ」
 今日は即答する蛍くんです。
 「じゃあ、待ってるからね」
 「ねえ、靴汚れてるよ」
 帰ろうとする友だちに、蛍くんが言いました。
 「あ、これ?。昨日の肝試しで、雨も降ってないのになぜか一カ所大きな水たまりがあって、それで泥が付いちゃったんだ。不思議だよねえ」
 「は、はは、ははは・・・」
 今日も友だちを見送る笑顔がひきつっている蛍くんでした。

 「どうだった?」
 心配顔の準くんに、蛍くんは答えました。
 「大丈夫、あぶなかったけど何とかばれてないみたい。それよりも、今日は町内会の夏祭りだよ。ご飯食べたらいっしょに行こう」
 「今日は怖いことはしないよねえ」
 疑心暗鬼の準くんです。
 「大丈夫だよ。大人はカラオケとかするんだけど、子どもはゲームやるんだよ。今年はラムネの早飲み競争だって。いっしょに出てみない?」
 「うん、面白そうだねえ」

 ふたりが出かけようとしたとき、お父さんが呼び止めました。
 「おまえたち、ラムネの飲み方って知ってるのか?」
 「飲み方って、普通に飲めばいいんじゃないの」
 「今の子はラムネなんか飲まないからなあ。いいかい、ラムネの瓶にはビー玉が入ってるんだ。そのまま飲むと口のところにつまって飲みにくいんだよ。だから、途中にある出っ張りにビー玉をひっかけるのがコツなんだ」
 絵の上手い蛍くんのお父さんは、ラムネの瓶の絵を描いて説明してくれました。
 「ふうん、なるほど。ありがとう、お父さん」

 児童公園は、昨日以上ににぎやかです。大人も子どもも、夏の夜を楽しんでいます。
 ふたりも、ほかの子たちとゲームやなんかを楽しみました。

 そして、本日のメインイベント、ラムネの早飲み競争です。
 ふたりで一組のチームを作り、ふたりの合計タイムが相手チームより短ければ勝ち残りというルールです。
 蛍くんと準くんは、もちろんふたりでコンビになりました。
 「がんばろうね、準くん」
 「うん、がんばろう」
 手を握りあって、健闘を誓いました。
 いよいよゲーム開始です。ほかの子はビー玉をつまらせて悪戦苦闘してるなかで、お父さんから秘策を授けられたふたりは、あれよあれよという間に決勝戦に勝ち進みました。
 決勝の相手は6年生です。これが相撲大会ならふたりはあっという間に負けてしまいそうな、体格のいい二人組です。思わず顔を見合わす蛍くんと準くんですが、ここまで来たらやるしかありません。
 用意、スタートの合図で、4人はいっせいに飲み始めました。もういい加減飲み過ぎておなかいっぱいなのですが、何とかがんばるふたりです。
 最初に飲み終わったのは蛍くんです。続いて相手の子が、そして、わずかに遅れて準くんともうひとりの相手の子が、ほとんど同時に飲み終えました。
 優勝は蛍くんと準くんです。
 「わあい。やったやったーっ」
 ふたりは手を取り合って喜びました。
 優勝賞品はラムネ1ケース。ふたりは途中何回も休みながら、よいしょよいしょとラムネをかかえて帰りました。

 「お父さん、やったよー」
 蛍くんはお父さんに優勝を報告しました。
 「お、よかったな。お父さんにも分けてよ」
 「だめっ、ふたりでもらったんだから。・・・でも、作戦教えてくれたからあげる」
 蛍くんは、1本だけお父さんにラムネをあげました。

 「準くん、ちょっとこっちにいらっしゃい」
 「あ、はーい」
 準くんは、蛍くんのお母さんに呼ばれました。
 「これとこれ、どっちがいい?」
 準くんが見ると、浴衣が2着置いてあります。
 「蛍ちゃんにって浴衣を買ったのね。そしたらその日におばあちゃんからもう一着宅配便で送ってきたのよ。せっかくだから、準くんに着てもらおうと思って」
 「えーと・・・そうだなあ」
 どっちって言われても・・・と準くんが悩んでいると、お母さんは一着を手にとって言いました。
 「こっちがいいかしらね。・・・蛍ちゃんもいらっしゃい」
 ふたりはシャツとズボンを脱いで、浴衣を着せてもらいました。
 「・・・はい。これでいいわ」
 蛍くんの帯を締めてやって、お母さんは背中をぽんとたたきました。
 「ねえ、準くんと花火してもいいでしょ?」
 「いいけど、火には気をつけてね」
 「はーい。準くん、行こう」
 「うん」

 家の庭にしゃがんで、ふたりは花火をしました。
 火薬のにおいと煙の立ちこめるなか、いろんな色に変化する炎を見つめる蛍くんと準くんです。
 「きれいだね、蛍くん」
 「うん。きれいだねえ」
 でも、普通にやってるだけでは満足しないのが子どもです。蛍くんは、持つところが厚紙になった花火の、手に持つ方に火をつけました。もちろん、使用済みです。
 「よく燃えるねえ。じゃあこっちも燃やそうよ」
 準くんが、花火セットのビニールの上についてた厚紙をちぎって、火をつけました。
 「ふふふ。面白いねえ」
 蛍くんが、次の厚紙に火をつけたときです。
 「ちょっと、何やってるの。子どもが火遊びしてたら、おねしょするわよ」
 いつの間にか後ろにいた蛍くんのお母さんが、ふたりに声をかけました。
 「お、おねしょなんかしないよー」
 蛍くんはあわてて言いました。
 「ぼ、ぼくだって」
 準くんも首を振りました。
 「そう。じゃあ後かたづけはしっかりしてね」
 「はあい」
 思わず顔を見合わせる、蛍くんと準くんでした。
 
 「ねえ、あと二本、線香花火が残ってた」
 後かたづけがほぼ終わって、花火セットの袋を捨てようとした蛍くんが、準くんに言いました。
 「ついでにやろうよ」
 「そうだね」
 ふたりは同時に火をつけました。
 「ほら、ぼくの玉の方が大きいよ」
 「あ、準くん、揺らすと落ちちゃうよ。・・・ぼくの玉もでっかいもんね」
 ふたりが見せっこしているうちに、線香花火は最後の光芒を放って消えてしまい、あたりは暗闇に包まれました。
 「終わっちゃったね、準くん・・・」
 「・・・うん」
 静寂のなか、ふたりは何となくもの寂しい気分になりました。

 おふろから上がって、蛍くんの部屋に二つふとんを敷いてもらって、あとは寝るだけです。
 「準くん、月がとってもきれいだよ」
 「うん。とても明るいね」
 ふたりは窓から南の夜空を見ています。十三夜の月が、あたりをやわらかく照らしています。
 「準くん、明日帰っちゃうんだよねえ」
 「うん」
 「今度は、いつ逢えるかなあ・・・」
 「・・・」
 せっかく友だちになったのに、遠くに住んでいるふたりは自由に行き来することはできません。そう思ったら、ふたりでいる時間がとても貴重に思えてきたのです。
 「ねえ、今晩ずっと起きてようよ」
 「そうだね、朝までお話しよう」
 準くんが話を持ちかけると、蛍くんもすぐに賛成しました。ふたりは浴衣を脱いで、昼間の服に着替えなおしました。
 「ねえ、あのラムネ、明日までに全部飲もうよ。ふたりで勝ち取ったんだもの」
 蛍くんは賞品のラムネのことを思い出してそう言いました。準くんが帰ってしまうまでにふたりで飲んでおかないと、準くんに悪いと思ったのです。
 ふたりは台所からラムネを持ってきました。吹きこぼれるのでお皿を下に敷いて、栓を開けました。
 「おいしいね、準くん」
 「うん。ふたりでがんばったもんね」
 「・・・このビー玉、取れないかなあ」
 「瓶を割らないと、無理みたい。残念だねえ」
 1本飲み終わって、瓶を逆さまに振ってみるふたりです。そして、そのまま2本、3本・・・。
 「もう1本、どう」
 「もう飲めないよ」
 蛍くんに勧められても、そんなにたくさん飲めるものではありません。そういう蛍くんも、もうおなかいっぱいです。
 「じゃあ、残りは明日飲もう」
 「そうだね」
 おなかがラムネでタップンタップンのふたりです。

 蛍くんと準くんは、いろいろお話をしました。学校のこと、趣味のこと、楽しかったこと、ヒミツにしていること・・・。今まで手紙で話したことでも、実際逢って話した方がよく理解しあえます。性格のよく似たふたりなので、同じようなことを考えて生きてきたのです。ふたりの話は、いつまでも尽きませんでした。

 「・・・蛍くん、眠いんじゃないの」
 「そういう準くんだって」
 夜も更けて、さすがにふたりともこっくりをはじめました。まぶたがくっつきそうになるのを、一生懸命目を開けています。でも、気がつくとうとうとしているのです。
 「・・・ちょっとだけ、休もうかな」
 「うん、ちょっとだけ」
 ふたりは、それぞれのふとんに横になりました。
 「蛍くん、起きてる?」
 準くんは、蛍くんの手を握りました。
 「・・・起きてるよ」
 蛍くんも、準くんの手を握り返しました。
 「・・・」
 「・・・」


−続く−

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