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名演2008年11月例会 加藤健一事務所公演 

作/ジョン・マランス  訳/小田島恒志
訳詞/岩谷時子 演出/久世龍之介

 かつては神童と呼ばれたこともあるスティーブンは、少し傲慢で人とつき合うのが苦手な若きアメリカ人ピアニスト。一方、明るくて機知に富むけれどもピアノは下手で、声楽家としても落ち目なウィーン市民のマシュカン教授。出会った頃の彼らはまったくそりが合いませんでしたが、音楽に身も心も捧げた者としてぶつかり合い、いつしか優しい絆で結ばれていきます。

物語と音楽の絶妙なハーモニー

 ドイツ・ロマン派の大作曲家として知られるシューマンの連作歌曲『詩人の恋』はユダヤ系革命詩人ハイネの詩集を元に作曲されたものです。音楽劇『詩人の恋』では、挫折した若き天才ピアニストと暗い過去を秘めた老教授との物語が美しい旋律と愛の言葉を語る音楽と絡まり、生きる喜びと悲しみを浮き彫りにする舞台で展開されていきます。

芸術家同士の衝突

 天才ピアニストとして活躍していたスティーブンと声楽家としての矜持を持ち続けていたマシュカン教授。壁に突き当たってピアノ演奏ができなくなっても、落ち目のボイストレーナーとなっても、二人の根底には音楽家としての自信が失われていませんでした。そんな二人ですから、一つの曲に対する解釈やアプローチが異なれば譲ることなくぶつかり合い、互いの立場や価値観の違いが衝突を激化させてしまうことにもなります。軽快で軽妙な二人の会話の応酬もまた本作品の大きな魅力の一つです。

マシュカン教授の音楽理論

 スティーブンは技巧的には天才と言われる力量を持っていましたが、音楽への情熱というものが全く欠けていました。そんな彼にマシュカン教授は歌うことを通じて音楽のなんたるかを伝えようとしました。「喜びと悲しみの組み合わせ??これこそ本当に美しい音楽の核となるものだ。ドラマの核、あるいは人生の核となるのもこれだ」と。
 最初は教授の指導法が理解できず反発ばかりしていたスティーブンでした。しかし、日々のボイストレーニングの過程で投げかけられるマシュカンの言葉や態度に影響され、次第に音楽の心に目覚めていきます。

あらすじ

 1986年の春、スランプに陥ったアメリカの若き天才ピアニストであるスティーブンは救いを求め、高名なシラー教授のレッスンを受けようとウィーンにやって来ました。しかし、彼を待っていたのはピアノが下手で声楽家としても落ち目のマシュカン教授でした。
 ピアノ伴奏者への転向を考えるようになったスティーブンにマシュカン教授が与えた課題はシューマンの連作歌曲『詩人の恋』を全編歌いこなすことでした。スティーブンはピアニストの自分が歌のレッスンを受けさせられることに強く反発し、時にユダヤ批判に聞こえる発言をする教授に対して不信感を抱くようにもなっていました。しかし、マシュカン教授の音楽に対する個性的で熱烈な愛に感化され、いつしか自分の中に眠っていた音楽への情熱が引き出されていきました。
 ある日、スティーブンはマシュカン教授に自分がユダヤ人であることを告白してダッハウに向かいました。そこには第二次世界大戦中に無数のユダヤ人が虐殺された強制収容所があったからです。しかし、余りにもきれいに“修復”され、ドイツ語による表面的な説明文しか掲示されていない博物館にスティーブンは「修復じゃない、(真実の)隠蔽だ」と大きな怒りを覚えたのです。
 ウィーンに戻ってダッハウでの強烈な経験と激しい感情をマシュカン教授にぶつけた日、スティーブンは教授の過去の秘密を知り、そして・・・。

「深く自分の内面に入って歌え」

「かがやく夏の朝に」
かがやく 夏の朝
歩く花ぞの
花は歌い
ぼくは 歩くだけだ
(「岩谷時子オリジナル訳詩」より)

 

 マシュカン教授はスティーブンに「目的をもたずに歩くわけだが、歩きながら周りを、見るとはなしに見て、聞くとはなしに聞いている・・・歌いながら考えてごらん」と言ってピアノ伴奏を始めました。スティーブンも音楽に没頭するマシュカンに影響され、歌詞の心を歌いあげていきます。


沈黙こそ対話の命

 「お互いをよく聞くことで、初めてそこに対話が生まれてくる。お互いに相手の言うことを受けとめて、よく考えて、それから答える。(中略)ようやく歌とピアノが一つになって、本当に理解しあうようになる」
(マシュカン教授の言葉) 

 
 マシュカン教授は「夢をみて 泣いた 墓のなかに 君がいた」と歌うスティーブンにピアノ伴奏をしながら強制収容所での過去を語り始めました。「(生き延びたのは)自分のことしか考えられなかったから」と。罪悪感に苦しみ続けてきたマシュカンの告白に、ひたすら肯きながらスティーブンは涙をこらえることができなくなっていました。

最後のレッスン

「あの昔の忌まわしい歌」
あの昔の忌まわしい歌
忌まわしくも、恐ろしい夢
今こそそれを、葬り去ろう!
大きな棺を用意して。
(『詩人の恋』の最終楽節より)

 マシュカン教授とスティーブンの最後のレッスン。二人は詩の世界にのめりこみながらお互いの興奮を高めあっていました。“ハイデルベルクの酒樽”よりも大きな棺を前にスティーブンが言いました。「(それは)わたしの愛と苦しみを、すべてを納めたから」と。そしてマシュカンに促され、スティーブンは“鍵盤を愛撫するように”ピアノを弾き始めるのでした。  
「人間の度量は、何を嘆き悲しむかと それをどう嘆き悲しむかによって示される」(ベルトルト・ブレヒト) 


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最終更新日 2008/11/07