日本古来の重要生薬 優良種苗保存を目指して







薬事日報 第9180号(平成11年8月20日)

[日本古来の重要生薬優良種苗保存を目指して]
  近畿大学植物センターと内田和漢薬が共同研究

近畿大学植物センター(センター室長中西準治氏)は、薬用植物の研究、キノコの

栽培研究、溶液培養の研究、花き類の育種と栽培研究などを主な研究テーマと

している。薬用植物の研究では、ウチダ和漢薬とともに日本古来の重要生薬の

優良種苗保存のための共同研究を推進。生薬栽培における最近のトピックスとして

注目を集めている。この共同研究は、ウチダ和漢薬初代社長、故内田庄治氏の

「日本古来の生薬の優良種苗は、今のうちにぜひ保存しておかねばならない」

という強い意向を受けて数年前からスタートしたもの。

日本古来の重要生薬とされる大和種の当帰、芍薬、柴胡や、蘇葉、陳皮に重点を

置いた共同研究が進められ、着実な成果を見せている。


[大和種に重点置く]

近畿大学の植物センターは、平成五年に御坊市塩屋町の元近畿大学青踏短大跡地に

オープンした。大学の研究機関的役割はもとより、地元農家の活性化を設立目的とする

同センターは、研究棟、圃場、温室からなり、総面積23000m2 を誇る。研究棟は

既存の建物を利用しており、一階は研究室、無菌室、培養室、二階は事務室、会議室

、研修室、研修員室、シャワールーム、三階は展示室になっている。第一研究室には

各種の分析機器を設置。主に薬用植物成分の分析や化学実験が行われている。

また、第二研究室は培養関係の実験室で、ここでは植物組織培養の培地などの調整を

実施している。同センターでは、開設以来、バイオテクノロジーを用いた洋ランや野菜の

種苗生産や新品種を次々に開発。バイオセンター中津(和歌山県日高郡中津村)、

御坊市内の農家との共同開発でスターチスのクローン苗の培養に成功するなど、

数々の実績を上げており、御坊周辺の産業活性化に大きく寄与してきた。一方、大学の

研究機関としても、理系から文系まで八つの学部を有する近畿大学の総合大学としての

特徴を最大限に活用。専門分野以外の研究者とも活発に交流し、植物の利用に関する

共同研究を進めてきた。中西準治センター室長は、同センターの今後の方針について

「今後も二十一世紀の農業を目指し、情報の発信基地となるような研究内容や施設を

充実していきたい」と抱負を述べる。数ある植物センターの研究テーマの中でも、薬業界

に最もインパクトを与えているのが、日本古来の重要生薬の優良品種保存を日的とした

ウチダ和漢薬との共同研究だ。大和種の当帰、及び 芍薬、そして柴胡や蘇棄、陳皮の

種苗を日本各地から集め、その品質評価を行い優良な品種を選別,栽培方法についても

工夫を重ね、今では各農家でこれらの生薬が土耕栽培できるまでの技術が確立している。

「初代社長の遺志を実現するため、日夜頑張ってきました。その甲斐あって、日本古来の

本物の優良種苗の保存が実現するところまで辿り着きました」と感慨深げに語る松本克彦

ウチダ和漢薬営業部長(前生薬振興室室長)。松本氏は、数年間費やしてきた努カが

やっと日の目を見た喜びをかみしめる。

       

[良質の蘇葉の商品化が実現]

優良種苗を原料とした記念すべき第一号製品は、「蓬莱」の商品名でウチダ和漢薬が

発売している蘇葉だ。ちなみに、「蓬莱」の名称は、中国全土を征圧した秦の始皇帝に

不老長寿の霊薬を持ち帰ることを命じられた徐福が、霊薬を求めて目指した地名に由来し、

蓬莱が日本を指す可能性が高いという説が根強い。

漢薬における「蘇葉」は、発汗、解熱、鎮咳、健胃、利尿薬として用いられ、半夏厚朴湯や

香蘇散などに配合されている。第十三改正日本薬局方では、蘇葉の原植物を

「シソまたは、その近縁植物の葉及び枝先」と規定している。

近縁植物とは、葉の両面が暗紫色で縮みの人ったチリメンジソ、上面が緑色で下面が

紫色のカタメンジソ、両面とも緑色のアオジソ、面が緑色で縮みの入ったチリメンアオジソが

挙げられ、このうちチリメンジソとカタメンジソが局方品に該当する。

また、本草や古方薬品考等の文献によって、蘇葉は古来、葉が紫色で、シソ特有の

匂いのするものが用いられてきたことが判明している。

「最近のシソは色が悪く、匂いの良いものが少なくなった」という言葉をよく耳にするが、

これは蘇葉の品質が低下してきた証だ。蘇葉持有の匂いの主成分はぺリルアルデヒドで、

現在の選品基準はぺリルアルデヒドの含有量が多く、精油含量の高いものが良質の蘇葉と

されている。中西氏は「精油含量と葉の色が良質の蘇葉かどうかの決めてのポイントとなります。

ところが、精油含量が高くてもぺリルアルデヒドがほとんど含まれていない品種もあり、

単に色と匂いだけではその良否を判断することは難しいですね」と説明する。

これまで日本で流通してきた蘇葉は中国産と日本産で、その品質は一般的に中国産は

精油含量は高いがぺリルアルデヒド含量は低い。日本産はぺリルアルデヒド含量は

中国産より高いが、精油含量は局方品を若干上回る程度で、お世辞にも満足できる

品質とは言えなかった。

  

[養液栽培の研究も推進]

中西氏らのグループは、シソの優良品種を探すため日本各地の種苗店からシソの

種子を買い集め、60品種の種子を研究圃場で我培。その生育状況をしっかりと

観察した上で、葉の色がきれいな紫色を保ち、匂いの良い品種を数品種選抜。

さらに、栽培する上でも病害虫に強い品種を模索した。シソは、裁培上近縁植物と

交配しやすく、良質の種子であっても土壌の性質、肥料の種類や施肥量、乾燥などの

加工調製によって生薬としての出来上がりが異なる。これらの条件を踏まえ、

研究圃場で長年にわたる厳しい選抜を乗り越えてウチダ和漢薬から商品化されたのが

「蓬莱」だ。言うまでもなくその品質は高く、精油含量とペリルアルデヒド含量は共に

従来品と比べて圧倒的に高い数値を示している。

シソは色や形で農水省への品種登録が行われているが、近大植物センターでは開発した

優良蘇葉の薬用成分による登録が可能かどうか検討している。

その一方で、毎年安定した良質の蘇葉を供給するためには相当量の原料のシソが

必要とされる。そこで、中西氏はお茶の葉を刈るようにシソの新芽だけを刈り取る方法を

考案した。新芽の成長は早いため年間12回もの収穫が可能となり、1m2当たりの収穫量も

既存の方法と比べてグンとアップした。






優良品のシソを栽培している農家の作づけ面積の合計は現在1000m2で、その生産量は

年間四トンにも上る。収穫されたシソの葉は、温風機で乾燥されるが、加工調製法に

ついても、精油含量並びにぺリルアルデヒドが飛散しないように特別な工夫がこらされている。

松本氏は、「優良品の蘇葉が気剤としての薬効を発現して、少しでも多くの患者さんの治療に

役立ててほしいと思います」と自信を持って蓬莱蘇葉を推奨する。

近大植物センターでは、生薬の優良品種の土耕栽培とともに、養液栽培の研究も

推進していることも見逃せない。

中西氏はそのメリットとして

 (1)養液栽培は成長が早く1年に何作も栽培が可能で収穫量が多い
 
 (2)必要な時にいつでも栽培できるので倉庫が不要

 (3)栽培方法が同じなので、どこで栽培しても品質にバラツキが出ない

などを指摘する一方で、また「胡蝶蘭の栽培も水耕栽培で成功しているので、薬用植物にも

必ず応用できると思います」と話す。近大植物センタ―とウチダ和漢薬による今後の

優良種苗保存研究に注目したい。


      






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