広めよう この地に 賛美と福音の光

 今週のトピックス
2014/12/21 クリスマス礼拝
「2000年前も、今も」


 イザヤ書 53章 5-6節(抜粋)


「しかし、彼は、
 私たちのそむきの罪のために刺し通され、
 私たちの咎のために砕かれた。
 彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、
 彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。
 ・・・しかし、主は、
 私たちのすべての咎を彼に負わせた。」

 2000年前イエス様のご降誕 の時、なぜ人々はイエス様を信じることができなかったのか?一番のつまずきは、イエス様はこの世の王(権力者)ではなく、罪からの救い主としてお生まれになったからでしょう。特にユダヤの人々にとって、国が滅びローマ人(異邦人)に支配され、理不尽な扱いに苦しむ中にあって、モーセのような強力なリーダーが現れ、自由と栄光の国家再建の大きな期待があったのではないでしょうか。しかし、神様の人類救済の計画は、罪の赦し、永遠のいのちへの救いでした。

 そして2000年、この福音は預言の通り、世界中に伝えられました。しかし、私自身を含め、この福音を罪の赦しと永遠のいのちへの救いを一番の目標としているかと言うと、少し自信がありません。もちろん、罪の赦しと永遠のいのちを忘れたわけではありませんが、どうしても、今、目の前にある問題や課題を神様に何とかしてほしいと言う願いで頭がいっぱいで、毎日が過ぎてしまいます。その結果、信仰を持つ前と同じに、この世の出来事で一喜一憂することになってしまいます。イエス様が十字架にかかった時、弟子たちはみな逃げたと聖書にありますが、自分もたぶん同じだったような気がして、心からへりくだらなければと思います。

(文=松本俊雄 牧師)


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