今週のトピックス |
2012/04/22 咲くのも感動、散るの感動 Uテモテへの手紙 4章 6節 「私は今や注ぎの供え物になります。私が世を去る時はすでに来ました。 私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。」 今年の桜は、寒さのため咲くのが遅いと同時に、このところの急な暖かさのためか、先週の土 曜日(4/14)の雨風で一気に散っていきました。水曜日の朝、車の中でラジオを聞いていたら、 リスナーの手紙を紹介する中で、「今年の桜は、咲くのも感動、散るのも感動」という言葉があ り、大変共感しました。今まで、桜が咲く時はうれしい気持ちになりましたが、散っていく時は 「あぁ、もう散ってしまうのか」と何となく虚しさを感じましたが、一気に散るのもなかなか良 いものだと思いました。そして、4月18日の朝、桜の枝を見ると、小さな若葉がびっしり出て いました。改めて、古いものが散ることは新しい時代の始まりにつながっていることを教えられ ました。 その時、上記の使徒パウロのことばが思い出されました。パウロはこの後、実際に処刑されて いくわけですが、それは自分が信仰を守り通したことを喜んでいるのではなく、自分の後に続く 信仰者が起こされることを喜んでいたのではないでしょうか? この前、「ともしびno.68」にも書きましたが、人は自分自身の「死に方は自分で決められな い」と思います。しかし、少なくとも「今日の生き方」は自分で決められると思います。その時、 自分の生き方が少しでも次の世代の人々の益になるような生き方ができれば、こんなに幸いなこ とはないと思います。 (文=松本俊雄 牧師) バックナンバーはこちらから |