アーシングの怪?


カー用品店やバイク用品店にいくとアーシングキットと称して(言ってしまえば)ただの「端子の付いた太めの電線」が売られています。最近はバイクのカスタムでも使われるケースが増えているようですが、いろんな掲示板なんかを見ていると「効果がある場合もない場合もある。車種にもよる。」というのが実態みたいです。
基本的に、何カ所かを電線でつなぐだけですので、たとえ性能上の効果がほとんど無くても「気分チューン」や「見た目チューン」の満足度はあるのだと思います。
そこで、我がFazerですが、果たしてこいつにアーシングをするメリットはあるのか?
一連のFazerモディファイ情報を公開し始めてから(簡単にできるチューンについてはすべて試すというポリシーですから...)、アーシングについても避けるわけにはいかないとは思っていました。前々から考えをめぐらせてはいたのですが、だいぶん分かってきた気がするので、ついに公開します。

  1. イグニッションのしくみ
  2. TCIのしくみ
  3. (参考)CDIのしくみ
  4. アーシングは何をどうする?
  5. Fazerの点火系
  6. 結論!?
※気の短い人は6だけどうぞ。(^^


ここを書くまでにいくつかのウェブページを参考にしました。中でも以下のサイトは大変参考になりました。ここに深く感謝します。


イグニッションのしくみ

イグニッションコイルが重要な役割を果たしています。「コイル」とは言うものの、一般的な分類では「トランス」にあたるものです。
トランスの動作原理...というほどたいそうなものではないです
磁芯に2つの電線を巻き付けたもので、それぞれがコイル(インダクター)として働くだけでなく、一方のコイルで発生する磁界の変化によってもう一方のコイルに電磁誘導によって電圧が生じます。これを相互誘導と言います。家庭用のAC100Vのように正弦波を入力すると、1次側と2次側の巻き数比を乗じたぶんだけ電圧を増やしたり減らしたりすることができます。イグニッションコイルでは、1次側よりも2次側の巻き数のほうがかなり多くなっており、1次側に発生する電圧よりもはるかに大きい電圧がスパークプラグ側に出力されるようになっています。
ここで忘れてはいけないのが、トランスは直流電圧は伝えられないことです。1次側に時間的に変化する電圧が印加されているときのみ、電磁誘導で2次側に電圧が生じます。

次に重要なのは、スパークプラグを放電させるための高電圧を発生させる仕組みです。
これには自己誘導といわれる現象が関係します。コイルに一定の電流を流した状態から急に電流を止めたり、逆に急に電流を流したりすると、コイルには高い電圧が発生します。これは、上の図のようなトランスで1次側と2次側のコイルの間に起こるのと同じ電磁誘導が1つのコイルでも自分自身に対して起こるからです。コイル(インダクター)は、急に電流を流そうとするとそれを押し戻す方向に、また、急に電流を止めようとすると電流をより流す方法に電圧が発生します。
エンジンのイグニッション回路では、イグニッションコイルの1次側に直流電流を流しておいて点火タイミングで急に回路をオフにして電流を止めるか、あるいは、1次側に電荷をためておいて点火タイミングでそれを一気にコイルに流すかのどちらかの方法で1次側に高電圧を発生させ、同時により巻き数の多い2次側にトランスの効果によってもっと高い電圧が生じることを利用します。ポイント式やTCI(トランジスタ)式の場合は前者の方法、CDI式では後者の方法で高電圧を発生させています。


TCIのしくみ

Fazerの場合は、イグニッションにTCI(Transistor Controlled Ignition)が使われています。
TCIの基本回路はこのようになっています。1次側に流れる電流をオン/オフするためのスイッチにポイント式ではクランクケース内にある機械的なスイッチを使うのですが、TCIではトランジスタを使います。そのため、より自由に点火タイミングを変えることができます。

点火しないときはトランジスタがオンになっており、1次コイルにバッテリーから電流が流れます。これは直流ですから、プラグには電圧はかかりません。

点火信号が入るとトランジスタがオフになり、1次側に流れていた電流が急に止まります。それによって先ほど説明したように2次側に高電圧のパルスが発生します。その高電圧によってプラグギャップに火花放電が起こり混合気に着火するわけです。



(参考)CDIのしくみ

CDIは'Capacitor Discharge Ignition'の略です。

CDIでは、点火タイミングになると図のキャパシタ(コンデンサ)に貯めておいた電荷をパルス電流として一気にイグニッションコイルに流します。ここで、サイリスタは点火信号に応じて電流を流すスイッチの役割を果たします。

まず、バッテリー電圧を図のDC-DCコンバータで数百ボルトの直流電圧に変換し、その電圧でキャパシタを充電します。このときはサイリスタはオフです。

次に、点火タイミングが来るとサイリスタがオンになり、キャパシタに貯まっていた電荷がパルス電流となってサイリスタとイグニッション1次側コイルに流れます。(正確にはキャパシタの容量とコイルのインダクタンスとで決まる振動数で振動しながら減衰する電流?)このとき巻き数の多い2次側ではさらに高い電圧のパルスが発生し、スパークプラグに放電が起こります。

実際の回路には様々な工夫があり、もっと複雑になっているはずです。
CDIのほうが高回転まで十分な点火エネルギーを得やすいそうですが、低回転での放電持続時間はTCIのほうが長いため、燃費や中低回転トルクの面ではTCIのほうが有利だそうです。


アーシングは何をどうする?

実際にスパークプラグのところにつながっているのは電線1本だけのプラグコードなので、下の図の黒線のように2次側のもう一方の線からプラグまではシャーシを電流が通っている場合が結構あるそうです。


このような車種では、イグニッションコイルとシリンダーヘッドとの間の抵抗を減らすためにイグニッションコイルの接地側とシリンダーヘッドを直接太めの線でつないでやると、火花が強くなったり無線などに入るノイズが減ったりするようです。これがいわゆる「アーシング」ですね。
バイクの電装系はフレーム接地を多用しているので、他にもヘッドライトなどの大電流を流すラインの接地側を補強するとヘッドライトが明るくなったりする(バルブが切れやすくなるという情報もあり)そうです。


Fazerの点火系

お待たせしました。ようやくFazerでの実際の回路です。
サービスマニュアルの配線図から点火系を抜き出して、実車で調べた情報も多少盛り込んだのが次の図です。


まず注目はイグニッションコイルは2つしかなく、#1と#4が直列に、#2と#3が直列になって同時に点火されていることです。もちろん本当に同時に「点火」しているのではなく、排気行程の最後のほうに1回「空撃ち」が入るので、例えば#1が燃焼を始めたときには同時に#4に空撃ちが入っているといった具合だと思います。実は最近まで私も知らなかったのですが、直列4気筒のバイクでは結構そうなっているみたいです。4輪ではコイル1つをディストリビューターとかいうものを仲介して各気筒につなげていたり、すべてのプラグの頭にダイレクトイグニッションコイルが付いていたりするので、同じ直4でも2輪と4輪とでこのあたりの事情は違うようですね。
念のため配線図に乗っていない経路があるかを実車でテスターを当てて確認したところ、次のことがわかりました:

IGコイル



さて、プラグ2気筒分が直列でイグニッションコイルの2次側につながっているということは、点火時のパルス電流は2次コイル〜#1(#2)プラグ〜シリンダーヘッド〜#4(#3)プラグ〜2次コイルという回路で流れていることになります。トランスは直流電圧は伝えないことを思い出すと、この回路の電圧の基準はシャーシアースされたシリンダーヘッドだけです。ここを基準に#1(#2)と#4(#3)に正負逆極性のパルス電圧がかかるわけですが、プラグやプラグコードに不具合があっても2次コイル両端のアースから見た電圧バランスが崩れるだけで、あくまでシャーシには電流は流れていないはずです。ということは、シリンダーヘッドとバッテリーのマイナス端子をぶっと〜いケーブルでつないでも意味がないということです。(;_;)
また、イグニッションコイルの固定端子はシャーシアースにつながっていますが、ここはどのコイルにも(少なくとも直流的には)接続されていませんでした。従って、ここもエンジン性能上はアーシングする意味は薄いようです。

さらにアーシングについて前々からの疑問があります。Fazerの回路図を見てもわかるように、大抵のプラグコードやプラグキャップ、場合によってはプラグにもkΩレベルの抵抗(純正指定プラグは実測3.4〜3.9kΩでした)が入っています。これは、プラグコード(これも実はコイルで、高電圧パルスの波形を決める重要な部品です)のインダクタンスとともに、点火による電磁ノイズを抑える役割を果たしているはずです。そうすると、片方にこんな大きな抵抗が入っているのにもう一方の配線のΩレベルの抵抗が減ったところで、回路的には(つまり火花の強さは)ほとんど変化が無いのではないかという疑問です。アーシングの効果がある場合も報告されているところを見ると、私の知らない理由があるのかもしれません。


結論!?

次の理由によって、Fazerではアーシングをしても点火性能の改善はないだろうと判断しました。
  1. 多くの直4バイクと同じく、イグニッションコイルは2気筒分のプラグを直列でつないで同時点火させているため、点火のための電流はほとんどアースラインを通らない。
  2. シリンダヘッドはシャーシと導通しているが、2年使用した状態でもヘッドとバッテリーマイナス端子との間の抵抗は0.0Ω以下。
  3. シリンダーヘッドとバッテリーマイナスを直接接続して抵抗をさらに下げたとしても、プラグキャップに入っている抵抗のほうがはるかに大きいために点火時の回路定数はほぼ変化しない。
  4. イグニッションコイルのケースはシャーシと導通しているが、ケースはコイルと接続されていない。

アーシングに関しては試してみるまでに断念してしまいましたが、簡単にできるものは何でも試してみるというポリシーには反しているので、ちょっと後ろめたかったりします。(^^;

もしかして、そのうち実際に試してみるかもしれません。


...と書いたら、その後予想外の出来事があり、緊急にアーシングの効果について実地に試すことになりました。続きは、「やっぱり」アーシングの怪!で。



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