69. コンク−ルドキュメント5

私がキコを探していたら、ギタリストの人が舞

台袖横のロビーで彼を見たと教えてくれた。す

ぐ上に上がったら、彼を発見し安心した。本番

までどこにも行けないよう、首輪でもはめたい

気分だった。彼は私の青い顔を見て「MARI、

随分緊張しているなぁ。まだ出番まで時間があ

るんだからここにでも座ってろよ。」と席を用

意してくれた。彼の気持ちだけ受け取って、廊

下でひとり、精神集中した。

そしてとうとう私の出番がやってきた。

暗転の舞台に進み、サリーダのポーズをとって

アナウンスが始まるのを待った。緊張で足が震

えていた。実を言うと、そこからの記憶があま

りない。気持ちを集中して歌を感じながら踊っ

たら、あっという間に歌振りが終わってしまっ

た。そこまでは順調だったが、エスコビージャ

の途中で頭が真っ白になり、私は小さなミスを

してしまった。6拍目くらいで自分を見失い、

しめなければいけなかったリズムをしめられな

かったのだ。踊りの流れもここで止まってし

まったかもしれない。悔しいのは、スタジオで

一度もミスをしたこのない箇所でやってしまっ

たことだ。しかも本番でしてしまうとは。一瞬

もうダメかと頭に過った。それでも10拍目で自

分を取り戻し、何とかレマ−テまでつなぐこと

が出来た。スビーダからジャマーダをかけて歌

を呼び、いよいよ一番心配なシエレの出番が近

付いてきた。ありがたいことに舞台の魔物は私

を見逃してくれたので、最後のシエレはびしっ

と決めることができた。

こうして私の出番は幕を閉じた。

舞台袖で見守ってくれていたスペイン人のアー

ティストが「MARI、良かったよ。」と声を掛

けてくれた。

「でも失敗しちゃったの。」

「大したことじゃないさ。大丈夫だよ。」と

励ましてくれた。キコやギタリストも「すごい

良かった」と誉めてくれたので、何故か失敗し

たことがそれほど気にならなくなってしまった。

それにしても、あっという間の5分だった。こ

の5分のためにどれだけの時間と労力とお金を

費やしたんだろうかと考えると、何とも言え

ない虚しさが私を襲ってきた。

楽屋に戻って化粧を落としていたら、バック

アーティストの人達が次の仕事のため帰ると

いうので、お礼を言いに見送りに行った。

そして私は予選結果を見に、ロビーへと向かっ

たのだ。

>>6へ続く

2002.02.20.

back next