爰(ここ)に草鞋(わらぢ)をとき、かしこに杖を捨て、旅寝ながらに年の暮ければ、
年暮れぬ笠きて草鞋はきながら
といひいひも、山家に年を越て、
誰が聟(むこ)ぞ歯朶(しだ)に餅おふうしの年
奈良に出る道のほど
春なれや名もなき山の薄霞
二月堂に籠(こも)りて
水とりや氷の僧の沓(くつ)の音
京にのぼりて、三井秋風が鳴滝の山家をとふ。
梅 林
梅白し昨日ふや鶴を盗れし
樫の木の花にかまはぬ姿かな
伏見西岸寺任口(にんこう)上人に逢て
我がきぬにふしみの桃の雫せよ
大津に出る道、山路をこえて
山路来て何やらゆかしすみれ草
湖水の眺望
辛崎の松は花より朧(おぼろ)にて
水口(みなくち)にて、二十年を経て故人に逢ふ
命二つの中に生たる桜哉
伊豆の国蛭が小嶋の桑門(さうもん)、これも去年(こぞ)の秋より行脚しけるに、我が名を聞きて、草の枕の道づれにもと、尾張の国まで跡をしたひ来りければ、
いざともに穂麦喰はん草枕
此僧予に告ていはく、円覚寺の大顛(だいてん)和尚、今年睦月の初、迁化(せんげ)し給ふよし、まことや夢の心地せらるゝに、先、道より其角が許へ申遣しける。
梅こひて卯花(うのはな)拝むなみだ哉
杜国におくる
白げしにはねもぐ蝶の形見哉
二たび桐葉子(とうえふし)がもとに有て、今や東に下らんとするに
牡丹蘂(しべ)ふかく分出(わけいづ)る蜂の名残哉
甲斐の山中に立よりて
行駒の麦に慰むやどり哉
卯月の末、庵に帰りて旅のつかれをはらすほどに
夏衣いまだ虱(しらみ)をとりつくさず
「野ざらし紀行」了
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野 ざ ら し 紀 行 (三)
(ふたたび畿内行脚のあと甲斐を経て江戸へ)
伊賀上野生家
古都奈良
湖水の眺望
江戸芭蕉庵跡
逢坂山
甲斐の国(韮崎付近)