三十一文字の時空

ここにある歌はすべてわたしの詠んだものです。点線以降は解説です。


雲の間の紅葉葉を透き冴えとおる梅雨の夜に降る蒼い光よ

〜裏庭にて〜[1989.6]
・・・ 前日まで大陸からの寒気団が北のほうから北陸までかかって
        いて、この時期としては涼しい気候だった。この日は西より
        前線が伸びてきていて、気温も上がり暑くなったが空は夜に
        入って澄んできて月の光が美しかった。ほどよい風もふきこ
        こちよい夜であった。

三日月の景を背負いて噎びなく秋立つ美土里蜩の声

〜台風の翌日、夕暮の畑にて〜[1989.8初め]
・・・ おそらくはかの蝉たちも近年になく頻繁に訪れる台風に野分
        け吹く晩夏と間違えたのであろう。今日庭の草取りをしていた
        ら杉の木の傍にいくつか彼等の這い出した穴を見つけた。短い
        自らの夏をせめて秋まででも延してほしいと、沈みゆく太陽に
        懇願しているようにも受け取れる。私自身も似た思いにとらわ
        れるこの日の哀しげな傾きの月の光をうける夕暮であった。

煌々と夜に冴え渡り世を包み仰ぎ見ゆ月透し見ゆ秋

〜部屋から〜[1989秋]
・・・ 朔太郎でなくとも吠えたくなる夜がある。夏らしさが希薄な
        この年の中頃過ぎの夜半をまわった月の光は気温の低下と共に
        この先をなにがしかの不確さとあいまって予見させでもするか
        の様に隅々までゆきわたっている。陽の光だけでは地球の異変
        は見透せないのである。

光浮く水面に時空(とき)を移し置き遠く想はむ夏の星々

〜畑の外れにて〜[1990晩夏]
・・・ 夜9時頃、畑の東の溝っ川に蛍がいくつも浮いて光を放って
        いる様を見ていると、ここに対照し得る天のにぎやかな星達
        が一時違った空間へ私を運んでくれるように思えてしばらく
        見つめ浸っていた。空はほば満天の星であった。

風さえて虫の音葉音初に聞こゆ夕景深く想い染み射る

〜夕刻〜[1991晩夏]
・・・ この夏二度目の秋の風が北から流れ入る庭で本当の秋の気配を
        悲しげで軽やかに初めて運んできてくれたのである。

みぞれ落つ冬の停車場春近しほてる頬映ゆ若き瞳よ

〜電車にて〜[1992.2]
・・・  一人寒さをこらえてたたずむ高校生とおぼしき女性の美しさに
        みとれた。

青揚げ羽緑簀に舞連れ来る秋かと違ふ茜翅

〜日中〜[1992晩夏]
・・・ 緑の簾の朝顔に青揚げ羽が来たりて明るい日差しの中に
        鮮やかな薄い青を青空に呑みこまれることなく見事に舞
        う中赤い茜がどう間違ったか躑躅の葉先に留まろうとす
        るその翅の影が秋を待ち焦がれる心に望まれたように映
        り一時陽の強さを忘れたような情景が印象的である。

鈍色の川面に移る光にも濁り手を折る冬は来たりぬ

〜早朝、耳川河口近く〜[2004.12.4]

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