1.紅船出帆
1930年代のある夏の日。
広東地方のある港に停泊している粤劇団の紅い船。
船上では役者たちが今日も芝居のけいこや雑事に励んでいる。
街の芝居好き達は船を眺めながら、昨夜の粤劇公演の噂話で持ちきり。
そこへ、一人の少女が駆けて来て、一目散に船に乗り込む。
「チュウカーイ! ねえ、チュウカイは?」「おまえ、また、来たのか?」
少女は船上の男たちにからかわれながらも、芝居の真似事をして彼らと戯れる。この船の役者の中でも、とりわけ芝居好きでけいこ熱心なチュウカイは、みなの人気者。珠妹というその少女も兄に船に近付くことを禁じられながらもチュウカイに芸を教わりたくて毎日のようにやってくる。
そして仲間たちと楽しく船上の仕事をする青見イ肖佳(チュウカイ)(陳寶珠)が登場。彼女の周りは今日も笑いに溢れ、船には活気がみなぎっている。
チュウカイが兄のように慕う超哥(廖尸+ロ+攵智)らと粤劇の名調子や有名役者の歌舞を演じているところへ、3人の下男下女を付き従え、華々しく綺羅香(劉嘉玲)がやって来る。
彼女はこの劇団に招かれた花形女優。船に乗るなり、「んまあ―、なんて小さな船なの!傘も屋根も無ければ、甲板もこんなに狭い!倉房だって狭いわ―!」と呆れ顔で悪態をつく。
その声に、この船の劇団長、威名揚(何家耀)が現れ、彼女を団員に紹介し、みなで線香を手に拝礼の儀式を行なう。新しいメンバーを迎え、劇団もまた新たな出帆のめでたい日。役者たちも普段に増して練習に気合が入る。そんなところへ、遠くから響く叫び声。
「チュウ―カ―イ!!」声の主はその地方屈指の名家、伍家の御曹司、少輝(梁家輝)。大の芝居好きで、チュウカイの大ファン。
今日も小脇にみやげ物を抱えて、劇団に入り浸りにやって来る。「どうか、皆さん、ボクも仲間に入れてください。色々教えて下さい」「ぼっちゃま、お芝居の真似事ですか?」「芝居はボクの生きがいなんだよ」そんなことを言いながら、色々世話を焼く劇団員に心づけの金をばら撒く少輝。皆、呆れながらもこの戯迷のぼっちゃまを相手に楽しんでいる。
伍家の番頭、阿福が追いかけてやって来る。「ぼっちゃまー!」「なんだよ、うるさいなあ」「また事業がうまくいきました、ほら、千元の儲けです」「こら、この神聖な船の上で下世話な金の話などするものじゃない!」とかいって、自分はその金さえも借金で困る劇団員のために差し出す少輝。
そして船は公演へと出帆する。
2.嵐のまえぶれ
数日後、船上で役者たちが話している。「いったいあの鶏はどこへいったんだろう」「いつの間にいなくなったんだろう」「誰かが盗んだのか」船で飼っていた鶏が姿を消したのだ。
また、珠妹がやって来るが、すぐに兄に連れ戻される。稽古を始めるチュウカイと超哥。チュウカイが文武生、超哥は花丹の役。そこへ綺羅香が茶々を入れにくる。 相手にしないチュウカイ達を尻目に嫌味を言い続ける羅香の最大の悪口の標的は、今は落ちぶれた女優、新青見鳳(李惜英)。青見鳳もこの新参女優に負けてはおらず、羅香の弱みをネタに脅し、二人は反目しあっている。「何よ、この落ちぶれ年増女優!」「大きな口たたくでないよ、わたしゃ、知ってんだよ。あんたが船で飼ってた鶏を食ったってことをね」「んまーっ!よくも!」「口止め料もらおうか、それとも殴ってやろうか!」
船の上の生活に嫌気が差し、常々チュウカイにも芝居など止めてしまえと悪態をつく過去の花形女優、新[青見]鳳。しかし彼女にはある秘密があり、それゆえ、毎夜現れる亡霊に心痛めていたのだ。
3.チュウカイ、舞台に立つ
半月後。
船が埠頭に停泊している。役者達は次の公演の準備に余念が無い。そんな中、優雅な身分の綺羅香。
そこへ、少輝が例によってプレゼントを持って急ぎ足でやってくる。
「やあ、チュウカイは?」「奥よ」
行こうとする少輝に羅香が妖しげな声で「練習邪魔すると嫌われるわよ!」
ためらう少輝。「私とお茶でもしましょうよ、特製の茶葉があるの」
「ほう、いいね」二人座って茶のみ話を始める。
「いい香りだねえ」「私が炒ったのよ」「何て名前?」「綺羅香、うふっ」
常々、早く玉の輿にのって役者を止めたいと思っている羅香は、純情そうな少輝に色目を使って誘惑を始める。そんな彼女の色香よりもチュウカイのことばかり気にしている少輝。そのうち羅香が新しく入った花丹だと知った少輝は彼女に歌を教えて欲しいと頼む。羅香はそれに乗じて、意味深な艶かしい歌詞の数え歌を唄い、自分の思いを少輝に聴かせる。歌をついて唄っているうちにさすがに鈍感な少輝もついには羅香の色仕掛けに参ってしまい、一瞬で新しい恋の予感にぼーっとなる。
若い二人がそんなことをしている頃、劇団長の威師父はますます重くなる病気に苦しんでいた。激しく咳き込む師父の体を船の皆は心配する。
彼が舞台に立てないとなると劇の中心となる文武生は誰が演じるのか。
師父は強がるがとても演じられるはずが無い。刻々と公演の時間は近づいてくる。そんな中、「私、やってみるわ!」とチュウカイが切り出す。しかし武生の役を女が演じるなんて、と師父達は反対する。その場に居合わせた戯迷ぼっちゃまの少輝も師伝に女役者の名前もあるし、金ならいくらでも援助すると後押しし、仲間の役者たちもみなチュウカイを助けると誓い、ついに彼女は舞台の主役を演じることに。 役者たちが意気揚揚と新しい舞台の準備に走り出すのを興奮した面持で見送る少輝。「チュウカイ!ボクは君のために全力で‘好!’って叫ぶよ!」
船には病気の師父を看病する青見鳳。
芝居開始の銅鑼が鳴り響き、それを聞く彼女は絶望的な苦渋の表情…。
4.少輝の涙
半年後。
チュウカイは花形武生として一段と人気を博していた。お金持ちの太太(奥様)や小姐たちのおっかけまでいる。しかし清廉潔白のチュウカイはけっして人気や誘惑に甘んじることなく常に芝居に熱心に取り組んでいる。ファンたちは劇団の世話役に袖の下を渡して?佳に近づこうとやっきになっている。
綺羅香も花形女優として華やかな毎日だが、やはり彼女の目的は少輝。彼のもとに花を届けさせて、その花に例の艶歌の詩を添えたりしている。気になるのは少輝とチュウカイの仲。チュウカイはどうということもなさそうだが、少輝は相変わらず熱烈なチュウカイの支持者だ。
今日も船にやって来た少輝。道楽が昂じて自分の劇団まで作り、また芝居を教えてくれとチュウカイや羅香に纏わりつく。素人芸で舞台の真似事をしてみたり、セリフを言ってみたりするがどうやらあまり才能に長けているぼっちゃんではないらしい。「セリフはすぐ忘れちゃうんだけどね、でもボク‘好!’って掛声の研究をしてるんだ。聞いて。何種類も言えるから。いくよ、好!…好!…好!!好好!!…」
「どうせチュウカイのために叫ぶのでしょ」と綺羅香。「そんなこと無いさ、君のためにも…、そうだ、こうしよう。月・水・金はチュウカイ、火・木・土は君を応援しよう」「困ったぼっちゃま、こんなところで油売っているとまた奥様に叱られますよ」たしなめるチュウカイ。「だめだよ。僕の心はいつもこの船の上にあるんだもの」「ホホホ…いらっしゃいな、少輝、花丹のお稽古つけてあげるわ」「わあーい、ほんと!?」羅香のあでやかな笑いに着いて船の奥へ入って行く少輝。
最近の新青見鳳は酷い病に侵されている上、酒量も甚だしく、ほとんど自暴自棄のような毎日を送っていた。彼女の身体を気遣い薬を買い与えるチュウカイに毒づいてばかりの青見鳳。「いつまでもこんなところで芝居なんかしてちゃだめだよ!芝居なんかしてたって人生何にもいいことなんかありゃしない。早く止めて船を下りるがいいよ」鬼気迫る青見鳳に困惑するチュウカイ。
そこへ伍家の奥様(少輝の母親)が阿福を従えてやって来る。
「あなたがチュウカイ?」「はい」「うちの息子はどこ?まったくあの子ったら芝居なんかに夢中で、仕事もなにもあったものじゃない。よくも一人息子をあんな風にしてくれたわね」「それは彼自身のことです」「おだまりなさい!じゃあ、いったいこれは何?‘二人同睡一張床’はしたない!!」花と手紙をチュウカイの前に突きつける伍家の夫人。「誤解です、それを贈ったのは私じゃありません」「おかげでうちは破産寸前ですよ!」
驚くチュウカイ。そこへ声高にふざけながら、羅香と女形の格好をした少輝が現れ、夫人は卒倒せんばかりに呆れ返る。事業の失敗を知った少輝はさすがに顔色を変えて、母を伴い帰路を急ぐ。
稲妻が走る。嵐が近づいている。
紅い船の帆も甲板も細雨に煙っている。
暗い顔の少輝、元気なく現れる。
いつもの陽気さはまるで無く、かなり落ち込んだ様子。チュウカイが彼に気づき声をかける。「どうしたの?少輝?」「チュウカイ・…、もう、だめだ。うちは破産だ・…」駆け寄って力づけるチュウカイ。「何とかならないの?」「落ちぶれるとこんなもんさ。人は皆去り、友人だって相手にしてくれやしない。君達の援助ももうできない。芝居も無理だ。さよなら、チュウカイ。身体を大事にね・…」
涙にむせび、立去ろうとする少輝。
「待って!」駆け寄り手を取るチュウカイ。「ねえ、こうしたらどうかしら?私たちは暫く貴方の家のお仕事だといって舞台を続けるわ。そうすれば人は皆貴方の事業はうまくいってると信じるでしょう。その間に何とか良策を練るのよ」「チュウカイ、そんなことをしては君達に迷惑がかかる…」「何言ってるの、貴方こそいつも私達を助けてくれたじゃないの」チュウカイに強く励まされ、少輝は感動に胸を熱くし、立ちすくんでいる。「早く行きなさい!早く!」少輝を元気づけ、せきたてたチュウカイは船尾にたたずんで、彼の後姿を見守る。
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