★念願の第九



 


  第九交響曲の演奏は、すべてのアマチュアオケプレーヤにとって一つの目標ではないかと思う。同時に、一期一会の機会でもある。毎年の年中行事として、ボーナス稼ぎのために演奏を行なっている日本のプロオケのように、そう安々と定期演奏会などで演奏できる演目ではないからだ。その理由は、なんと言っても、合唱やソリストとの共演という、アマオケにはなかなか手を出せないマネージメント上の障害があるからである。アマチュアオケが、「第九」に関わる為には、何らかのイヴェントと関連して演奏されるということが多いのではないかと思う。自分が演奏したのも、熊谷市(埼玉県)の市制○○周年という記念イヴェントにジョイント(便乗とも言う)した、定期演奏会のときであった。


 日本においては、第九を年末に演奏するのは、一つの風物詩となっている。その是非を、ここで云々するつもりはないが、少なくとも聴く側の立場としては、これは意義あるものと思う。第九交響曲を聴くと、やはり厳粛な気分に身が引き締まる。特に第1楽章の展開部、ティンパニの強打を伴うクライマックスとともに、自分の汚い一年分の垢が振り払われ、3楽章で、さらに洗い清められる。そして、最後に人間万歳を叫ぶところなどは、イヴェント好きの日本人にとって、年末に格好の行事であり、日本人の心情にうってつけなのであろう。

 最初に聴いた「第九」は、大学1年の金沢公演、確か、東京交響楽団の演奏だったと思う。今では世界的巨匠となった内田光子女史の「皇帝」の演奏での、トリップ状態の官能的表情も大いに感心したが、やはり「第九」の名曲振りに深く打たれた。学生生活=オケ生活の年間の色々な思いを、とにかく洗い流して、今年はお疲れさん、来年もがんばろう!という気持ちになったことを覚えている。このあたりは、服部公一氏の著書が面白い(音楽ちらりちくり、新潮文庫)。

 「第九」を聴く時の、リスクは、合唱とソリストだ。クラシック音楽に気軽に参加することはそれで、大変な意義あることだが、聴く方にとっては相当の覚悟が要る。曲自身が「お祭り的要素」を持っているのは明らかだが、カラオケ風になる場合は相当に辟易する。また、参加者多数は結構だが、ともすれば、○○一揆風に、数は力なり、という感じになるのにも逃げ出したくなる。合唱がこうなるのは、仕方ないとしても、ソリストがぼんくらの時は金返せと言いたくなる。年末は、ソリストのほうも需要の方が多くなるから、どうしても地方公演になると、玉石混交の石の方が回ってくることがある。一度、誰が聴いても恐ろしく音痴のバリトンに出くわしたことがある。おそらく彼にとっては、年に一度のシーズンだったのだろう。

  「第九」の楽しみは、時々、金沢公演に京響が回ってくることだった。いつもは厳しくトレーニングをして頂いている先生方の、実践の場での雄姿を見ることができるからだ。尾花さんの、凛々しいコンサートマスターぶりが印象深かった。そして、我らの間さんが、第4楽章の肝心なバストロ・ソロでスカをやったことがある。このときの間さんをネタに酒が美味しかったこと、思い出である。余談。



  金大フィルの「第九」は、創立50周年、60回定期までもうあと少しと言う、1998年にようやくやってきた。ベート-ヴェンの特集のページにもあるが、まさに満を持しての登場であった。それまで、数々のマーラー、ブルックナーの大曲までをこなして、これ以上は、もう「春の祭典」かR.シュトラウスでもやるしかないという征服感はあっても、唯一触れていない聖域があった。言うまでもなく「第九」だった。まさに念願の「第九」という思いがあったのではないだろうか。金大フィルによるベートーヴェン交響曲全集実現まで、これで、第4番を残すのみと成ったわけだ。

 角間移転を終えて、様々な問題にぶち当たり、ようやく落ち着いてきた頃。オケが潜在的に持っていた、征服欲を再び満足させるべく、登場したこの「第九」のコンサートは大変な盛況であった。OBの来場も多数あった。演奏は、よく健闘していたと思う。管楽器の不安定さなども一部あったが、金氏の克明な指揮とともに、「第九」を堪能させてくれたように思う。○○一揆的な「第九」を期待した向きには、少しあてが外れただろうが、そこは金洪才氏の見識である。合唱団が、少数精鋭は良いのだが、やはり小振りに過ぎたのは、幾分残念だった。それでもベートーヴェンの歓びの歌を確かに運んでいたと思う。(一揆はいやだが、寂しいのもいやで、本当に勝手なものだ・・・)ソリストも満足できる陣容だった。


  「第九」のマネージメントはさぞかし多くの苦労を重ねて、実現したものと思う。最後に、マネージメント部隊に最大限の賞賛を贈ろう。このあたりの苦労話は、サイドストーリーに寄せていただけたらと思う。


  「第九」の演奏会プログラムでは、印象的な曲目解説があった。最近のマンネリ化したプログラムの中では秀逸なものだと思う。演奏会プログラムにも個性を発揮してほしいと思う。


プログラム表紙 
演奏会データ


第58回 定期演奏会 98/01/17 
観光会館 指揮:金 洪才 コンサートマスター:荒木来太
ベートーヴェン/交響曲第9番 合唱付きより

終楽章最終部
(1.8MB)