★オーケストラにも大砲があった





 オーケストラの中において、なんと言っても目立つのはラッパである。一糸乱れぬボウイングのヴァイオリンや髪を振乱して演奏するチェロ、ライトの怪しげな反射で人を惑わすフルートも目立つことは目立つ・・・。
 しかし、音量において音色において、そして、その演奏する姿においても、ラッパ=トランペットは目立つのである。音の出る穴を観客に、恥ずかしげも無く露出しているのは、トランペットだけなのだ(トロンボーンもそうだが・・)。従って、少しだけベルラッパの出口のこと)を上げるならば、好むと好まざると音は前に飛んでいくのである。

 それならば気持ちが良くて仕方ないのではと思うだろうが、世の中そんなには甘くない。音は一旦出たら戻らない。間違えた音も、元気に飛んでいくのだ。音を外したと言う。そう、トランペットは音が外れるのだ。
 これは楽器の発音原理を考えればわかる。ピストンはたった3つしかない。簡単な算数でわかるが、可能な組み合わせは最大で7つだけだ。これで、2オクターブ半に渡る半音階をカバーしなければならない。つまり、同じ指(ピストン)使いでも、いろんな高さの音が出る(出てしまう)のである。

  ここで諦めてしまってはラッパ吹きの名がすたるわけで、日々練習を積み重ねることで、音を外す確率が小さくなれば、プロにもなれるチャンスがあるのだ。


  
しかし、外さなかったらばプロになれるか?それでは足りない。そうだ、ラッパは鳴らないと駄目なのだ。鳴るというのは、豊かに鳴り響くことと言って良い。実際に、いくらベル(ラッパの出口)を上げたとしても、音が飛ばない人(そば鳴りのラッパ等という)は客席に音は届けられない。マーラーやブルックナーに限らず、ここぞと言うクライマックスで、オーケストラの奥からトランペットが君臨する姿は、オケを聴く1つの醍醐味であり、一種のカタルシスを呼び起こす。ラッパの豊かな音量は、ラッパの最重要ポイントであり、実際、超一流オケと言われるオケのラッパはものすごい音量を誇っている。ベルリン・フィル、シカゴ交響楽団、ウィーン・フィルな然り、やはり、ラッパはオケの看板なのだ。


   


 自分のラッパの原体験は、中学生のときに聴いた「大阪フィル」(朝比奈氏の指揮)の演奏にさかのぼる。某公会堂で聴いた生まれて初めての生のオケ演奏だった。その時聴いた、「エロイカ」のトランペットの音は少年の耳に焼き付いた。特に、2楽章葬送行進曲の「最後の審判」の部分(低弦が3連符を刻む所)のラッパの雄叫びは、火炎放射器のように自分を焼くきつくしたのだ。自分が後年演奏したエロイカの原型ともなった。

  次の原体験は、数年後に金沢で聴いた「ウィーン・フィル」だった。「ティル」と「未完成」、そして「ベト7」だったと思う。勿論、初めて聴いた4管編成大オーケストラのティルも、大いに感動したのだが、驚いたのはベト7の冒頭部。トランペットの音が飛んでくると言う事実を初めて知ったこと。
 最初のA-durの全奏で、ラッパのA音が確かに飛んできて自分の顔にぶち当たったのだ。音の形が見えるかの様だった。続く全奏の連続で、次々と飛び出す音・音の弾丸に呆然としたものだ。その音は、少しもささくれだったところが無く、うるさくなく、暖かく、、ピカピカの黄金色に輝いてのだ(後で調べたところ、主席奏者のワルター・ジンガーだった)。まさに、ショットガンで打ち込まれたように、衝撃を受けた。これ以来、自分のラッパ観が大きく変わった。

  その後、ちょっと毛色が変わったところで、学生時代に金沢で聴いた、「ボリショイ国立歌劇場」オーケストラ(その昔、名手ドクシツェルの居た団体)。
 プロコフィエフの「ロミオとジュリエット」組曲の冒頭、ホルンから順番にブラスの音が重なり合っていき、やがて、オケが爆発する瞬間。ふーっ、ぶっ飛んだ。その威力たるや、暴力的と言っても良いくらい。圧巻の見せ場、「タルボルトの死」の場面では、空気を切り裂くようなラッパの圧倒的パワーと音圧はロシアそのもの。米・雑穀を主食とする日本人には難しい音だ。その音はレーザ兵器のごとく、自分を溶かしつくしたのだ。


   

チャイコフスキー  今を去ること22年前、金大フィルにも最終兵器が配備されていたことをご存知だろうか?当時の金大フィルの看板奏者と言っても良い、名トランペット奏者O氏だ。
 O氏の卒業間際の最終到達点が、このチャイコフスキーだ。O氏を筆頭として、この「白鳥の湖」の終曲のトランペット・セクションのすごさは、今後も永遠に破ることの出来ない記録と断言してはばからない。そう、「大砲」が在ったのだ。佐藤氏もさぞかし驚いたことだろう。この時以来、金大フィルのブラス・セクションはしばらくの間、黄金時代を維持していく。


  この演奏は自分が金大フィルに入団する、つまり金沢大学を受験するきっかけともなった演奏だった。

 金大フィルのチャイコフスキー演奏は、こちらこちらでまとめて聴くことが出来る。

大砲の記録

第39回定期演奏会 79/01/28
観光会館 指揮:佐藤功太郎 コンサートマスター:大沢謙三
チャイコフスキー バレエ「白鳥の湖」より
終曲 最終部
(3MB)