ひとつの選択

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日記より

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ガンの宣告は、私にとって、大きなショックでした。
幸いゴールデンウィークの三連休のさなかだったので、ひとりになって思いっきり泣く事が出来ましたが、
もし普通の日で仕事があったなら、どうなっていただろうと思います。

私が、泣いているとチーはさっきまで辛そうに、籠の底にうずくまっていたのに慌てて出てきて、涙を拭いている手にとまりました。
そして、とても心配そうに私のことを見上げ、涙が落ちると不思議そうに行方を目で追いました。

自分が一番辛いのに、私のこと心配してくれて。
思い出すだけで、胸がいっぱいです。

告知を受けてから何とか今のうちに元気な姿を、動いているチーの姿を残したくて迷いましたが、
レンタルビデオ店でビデオカメラを借りました。

ゴールデンウィーク中なので開いていないだろうと思いましたが、電話をすると、なんと神のお導きか、
偶然その時間帯だけ店の人がいて、次の日行く約束をしました。
この日もビデオを返しに来る人がいるから10時から少しだけ開けるという話でした。

店に行くと、色々なタイプのカメラがあり、性能によって借りる値段が違いました。
おじさんはとても親切で、「これで撮るとこんな感じ。」
と、いちいち撮って見せて下さり、私はもう後がないので、一番画質のいいものを選びました。

おじさんは、私がとても画質にこだわっているので、不思議に思ったのでしょう。
「何処で撮るの。」と、聞いてきました。
「家の中です。」

この連休中に、家の中だって、変に思ったに違いありません。
それで、「何を撮るの。」と、今度は聞いてきました。
「鳥です。」

もう、絶対に変な怪しいやつと思われたに違いありませんでした。
それで、仕方なくチーの事をいってしまおうかと思いました。
その時です。

借りていたビデオカメラを返しに来たお客さんがやって来ました。
お陰で、何も話さずにビデオを借りる事が出来ました。

本当はその時、涙をずっとこらえていられるか自信が無くて、バスの中で泣かない練習をしていたんです。
もし、チーの事を話していたら止まらなくなっていたでしょう。

もうひとつ、ラッキーだった事は、おじさんの都合でカメラを2日借りられた事です。
お陰で、2日間思う存分撮る事が出来ました。

本当にこの時、思い切って借りてよかったなと思うんです。
それは、チーの姿を残せたと言う事もありますが、2日間追いかけているうちに、不思議と気持ちが落ち着いてきたからです。

チーはまだ死んだわけではない。

何か、出来るのではないかと思い始めました。


(関連:2001.5.28の日記)


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病院で出された薬は、以前にもらった事のある白い抗生物質でした。
その薬を受け取る時、
「この薬で、腫瘍がなくなる事はあまり期待できないが、炎症を抑えることが出来るかもしれない。」
と言う説明を受けました。

あまり期待できない薬を飲ませるのに以前のように無理やり捕まえて、苦しい思いをたびたびさせることなどできません。
病院の指導に従わず、食べ物につけてやる方法を選びました。


初めは、葉っぱ。
それからイチゴ。ゴマ。

チーは初めは薬がついていても、大好物を差し出されると喜んで食べていました。
しかし、だんだん薬の味に気がつき、ゴマを見てもそっぽを向くようになりました。

そう言う時は、チーは昔から、鍵盤が好きで私が弾いていると必ずそばにとまっていたので、
アプライトピアノの鍵盤の上に置いて、だましだまし、やったりしていました。
(調律の人にはないしょです。)

そのせいか、ますます鍵盤が気に入ってしまい、特に子供がレッスンに来た時に、丁度薬を食べている時は、
もうあまり飛べないので、出したまま放っておいたりしたのですが、
子供が弾こうとするとどんどん積極的に鍵盤の上に乗ってきて、じっと顔を見上げたものでした。

チーにしてみると「あれ、違う人が弾いている。」という思いだったのでしょう。

元々子供が大好きで、レッスンに来る子が出入りする度に、大騒動していたのですから、
側にいられて嬉しくて仕方が無かったに違いありません。

邪魔になるので籠に入れようと、ピアノの側へ持って行くとピョンと上に乗って逆らうのでした。

(関連: ピアノの上)


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5月17日。三週間目。
病院の薬をやっていましたが、
そろそろ又連れてこない事をとがめられる時期が来ました。
私は、チーのストレスを考え、「往診してほしい。」とお願いしたのですが、それには答えず、
「この薬は、炎症を抑えるくらいの効果しかないのだから。薬だけもらいに来ても意味がない。」
と、言うのです。

だったら、余計連れて行く、意味がないように思えました。

気休めだけの薬を貰う為に、死ぬほどストレスというダメージを受けてまで、連れて行く意義があるのでしょうか。

他に、何か良い治療法があるという話は、聞かされていません。
腫瘍の大きさだって、レントゲンを撮ったり計ったわけでもなく、医師が触ってみても大きくなったかどうかなど、
まったく分からないのです。

そんな無意味な診察の為、チーを怖がらせ、疲れさせるわけには行きません。

そのせいで、寿命を縮めることも有りうると思います。

でも、気休めでも薬は欲しい。
それから一週間、私は迷いました。本当にこの薬が無くなったら、連れて行くべきか。
薬をやるようになってから、言われていたような食欲の無くなる副作用も無く、
日増しに元気になって行っているような気がしました。

もしかしたら腫瘍が小さくなっているのかもしれない。
そんな希望から、ついお腹を覗いて見るのでした。

チーは、たびたび私がお腹を覗くので不思議に思ったのか、
自分でも覗いて見ようと時々、一生懸命首を下げて、お腹を見ようとしていました。
その姿は可愛くて、愛らしくて、私の目に焼き付いています。

こんなに元気になってくれているのなら、奇跡が起きているのかもしれない。
やっぱり次はちゃんと連れて行って薬をもらうべきかも知れないと思う事もありました。

けれど、確認したのです。

全く腫瘍は小さくもなんともなっていないことを!

その現実を見た途端、
「ああ、もう連れて行くのはよそう。気休めでも薬は貰いたかったけど、チーに怖い思いをさせるのなら止めよう。」
と思いました。

治療を諦めるのは辛いけど、これから静かに最後までゆっくりさせてやろう。と決心がつきました。
その時は、自分の判断が正しいのか、分かりませんでした。

しかし、薬をやらなくなってもチーは元気でした。いつの間にか、下に座り込むことも無くなり、
愛情が一番の薬のようでした。


それでも、何もやらないのは、見殺しにしているようで、少しでも良くなるものを、
何か体に良いものをやりたいと思うのが、"親心"です。

望みは最後まで、捨てられません。
ひとつの望みを抱いて、ある方法にかけてみる事にしました。

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