太陽の光を受け、その姿を漆黒の闇に浮かび上がらせる無数の岩石や小惑星を、掻き分ける様に私達のナデシコBは木星目指して驀進中。
 皆さんこんにちは、ホシノ・ルリです。
 今は地球時間で二二〇四年十一月七日――つまり地球を離れてまだ二週間しか経っておりませんが、火星軌道は既に先日通過し、現在に至ってアステロイドベルトへと達した次第です。
 これほど航程を短縮出来たのは、殆ど完成品と言って差し支えのない最新型のハイパードライブのお陰と言えるでしょう。
 地球を発してからこれまでの間、懸念されていた他の船舶――特に宇宙軍やGS艦艇――との遭遇も無く、ナデシコBは最大限のスピードを維持しつつ秘密裏に航海を続けています。
 もっとも、現在の火星の位置から考えて、全く別方向となる木星へ向かうナデシコBが、他の船舶と鉢合わせする事は余程の事が無い限りないでしょうから、大して気にする必要も無かったかもしれません。
 さて、気になる世界情勢ですが、隠密航行が故に此方から通信を送る事は出来ないものの、傍受可能な通信を伺う限り、戦争はまだ始まっていない様子です。
 ただ火星圏では両軍が常に睨み合いを続けており、何かきっかけさえ有れば、一気に全面戦争へ雪崩れ込む可能性も有ります。
 危ういですね、ホント。
「艦長」
 背後からのハーリー君の呼び掛けに意識を戻します。
「何でしょうか?」
「え〜と、火星放送のニュースを傍受してたんですけど、地球で来月観艦式が行われるらしく、その事でザカリデ首相が随分神経をとがらせてるみたいですが……観艦式って何です?」
「なんだ知らないのか? テメーらが持ってるお船をずらーっと並べて自慢するイベントだよ」
 三郎太さんのアバウトな説明に、ハーリー君は曖昧な感じに頷きました。
「平時ならば自国民に対するお披露目や、ただの軍事パレードの範疇で片づきますが、この情勢下では挑発行為として取られるでしょうね」
「ま、事実それが目的だと思いますけど?」
「ええ……何事も無ければ良いのですが」
 三郎太さんの言葉に私は頷き、脳裏でそれが先に考えた「きっかけ」にならない事を祈りました。
「それでその観艦式は地球時間で十二月七日だそうですよ」
「丁度一ヶ月後っすね」
 私は黙って頷き、キャプテンシートの背もたれに身体を預けました。
 何か嫌な感じがします。
 観艦式……とくれば、グロアールの就役も当然含まれているでしょう。
 地球から火星を直接砲撃可能と言われている戦略戦艦。
 無論、地球と本気で戦争をする気の無いザカリデ首相が、あからさまな挑発に乗るとは思えませんし、あの子達だって上手く立ち回ってくれるはずです。
 ですが、私の心にはぬぐい去る事の出来ない漠然とした不安が残ります。
 一ヶ月後――恐らく私達は既に木星を後にして、地球への帰還コースを取っているはずです。
 もし最悪の事態が現実の物となった時、私の力がその現実に役立つかどうか判りませんが、今はとにかく急いで任務達成し帰還する事ですね。
 まったくもって馬鹿馬鹿しい戦争を回避する為、そして有らぬ嫌疑を掛けられた姉妹の潔白を証明する為、そして来月に帰還予定のアキトさんの為にも、ナデシコBは一刻も早く木星に辿り着かなければなりません。






機動戦艦ナデシコ 〜パーフェクトシステム#41〜







「ふぃ〜っ、やっぱたまんねーな」
「そーだねー」
 リョーコを玩具にする気も無いのか、ヒカルもテーブルへと上半身を放り投げ、力無く同意の言葉を絞り出した。
 ずれ落ちたメガネを直す気力も無いようだ。
 イズミですら普段のエキセントリックな言動を引っ込めて、待機室のソファーに身を投げている。
「それにしても、最近きつい……ですね」
 スポーツ飲料を飲んで一息ついたらしいアリシアが、その長い髪の毛を掻き上げながらそっと漏らす。
「全くだ……あのロン毛め、人使いが荒すぎらぁ」
「そーだねー」
「……」
 普段の二人なら「ついでにサブちゃんも居ないから寂しいよね〜」程度の軽口や、他人には永遠に理解不可能なギャグを入るところだが、日々厳しさを増すガントレットの試験運用は、ヒカルとイズミから気力を根こそぎ奪っていた。
 リョーコとアリシアが、前述の二人に比べてマシなのは、やはりずっと現役でパイロットを続けていたからだろう。
 天性の素質を持つヒカルとイズミであっても、やはり数度のブランクは彼女達の気力や体力を衰退させていた。

 ナデシコBが木星へ旅立ち既に二週間。
 月のネルガル秘密施設では、RVR−01ガントレットの開発が以前にも増して急ピッチで進められている。
 ウリバタケやイネスの執念、ネルガル技術陣の努力、整備員達の根性によってハードウェアとしてほぼ完全したガントレットの開発は佳境に入っており、各部位間の調整やら、新型パイロットスーツの試験運用、毎日更新されるFCSの制御やらで、テストパイロット達の負担は格段に増した。
 更に試験はシミュレーターではなく、完成した実機を用いた機動試験へ移行している。
 今までの馴らし運転とは訳が違う。
 ネルガルの月施設には広大な地下実験区画があり、外部に晒す事なく実機での稼働試験が行えたが、稼働可能な五機のガントレットは、その地下実験区画において最終的な機体のバランス調整を行いつつ、パイロットを含んだソフト面の機動試験を徹底的に実施している。
 実機による機動試験がシミュレーターや、単なる動作試験とは比較出来ない程パイロットを疲弊させるのは当然であり、いかな凄腕揃いであっても疲労度は相当な物である。
 第一実験小隊のリョーコ達が待機室でへばっているのは、つい今し方そんな試験を終えたばかりであるからだ。
 (ただし予備機が無い為、試験が終わる度に整備・点検が入る必要があり、その間がテストパイロット達にとって完全な休暇となる)
「そう言えば、新型のスーツはどうでしたか?」
「うーん、まぁ良いんじゃな〜い?」
「だいぶ良くなってきたたな。うん」
「……」
 アリシアの言葉にヒカルはだら〜っと答え、リョーコは比較的満足げに頷いた。
 イズミはギャグを言う気にもならないらしく、黙って頷いただけだった。
 ガントレットの性能から人体を守る為のパイロットスーツ開発も、順調……とは言い難いものの進んでいる。
 数々のスーツが考案され、そして試験につぐ試験で淘汰され、スーツ内に微弱なディストーションフィールドを発生させ、機体の運動に合わせて重力制御を行うという現在の形へと至るのだが、その過程は難儀に満ちたものだった。
 いっそ、水をコックピット内に満たしたらどうか? という意見まで出て、実際にアサルトピットを用いて実験を行った事もある。
 衝撃を緩和するという事では有効だったが、ダイバーの様な真似事をしつつ機体を制御する事は余りにも難し過ぎたし、今更コックピット内部の機器を完全防水処理する事が不可能に近かった。
 当然ながらパイロットからの評判はすこぶる悪かった。
 (イズミだけは少し楽しそうだったが……)
 それでも試行錯誤の上開発が進んだスーツは、現段階においてそれなりの成果は現れている。
 初期の装甲宇宙服みたいだった物が、現在は不格好ではあるが自分で身につけ、自分で歩く事が可能な程には柔軟に、かつコンパクトなサイズにはなった。
 耐G性能も、従来の一般的なスーツに比べて格段に向上したし――無論、コストも凄まじく向上しているが――、慣性を中和するアクティブパイロットシートも上手く機能した事も加わり、ガントレットの性能限界を引き出す事は出来ないにせよ、模擬戦で旧式のエステバリスに後れを取るような無様な真似は無くなった。
 現在はその高次元の性能を発揮しつつあり、複数機のアルストロメリアを相手にしても十分戦えるレベルにまで至った。
 これもウリバタケやイネス達、ネルガル技術陣の執念によるものだろう。
「……そーいや、今日ウリバタケ技術主任を見ませんね」
「ん〜ウリピーは今日、別の場所で大事な実験があるって言ってたよぉ〜」
 アリシアの呟きにヒカルは姿勢を変えぬまま、だら〜っとした口調で答えた。
「大事な実験? 何だそりゃ?」
「判りませんけど、やはりガントレットに関係してる物では? 会長もお見えになっているというお話ですし」
 元上官の質問にアリシアが答える。
「な〜んだ、アカツキ君も来てるんだあ〜」
「ええ、先程小耳に挟みました。それにしても、これだけ慌ただしいのは、やはり……」
 開戦が近いからでしょうか――と続けるはずだったが、アリシアは途中で口を噤んだ。
 言ってしまったら、それが現実になってしまうと思ったからだろう。
「はぁ〜。全く缶詰になってるオレ達とは違い、外界じゃ色々焦臭いって話だし……あ〜っくそ、何か景気のいい話って無いのか?」
「あ〜、それなら〜メグミちゃんの新曲が久々に売上げランキングで五〇位以内に入ったって。さっき整備員の人達が話してるの聞いたよ〜」
 元クルーの微妙な情況を伝え聞き、リョーコはどう反応すべきかしばし悩んだ後で口を開いた。
「……ま、それでもしっかり続けてるんだから、あいつも大したもんだよな」
 ナデシコを降りた後、メグミは元声優というコネを使って芸能界入りしたが、その経歴によって局地的な人気は得ているものの、一般的な目から見れば芸能人としては二流と言わざるを得ない。
 一応自分のラジオ番組を持っているとはいえ、他のメディアに比べれば地味である事は間違いなく、知名度も決して高いとは言えない。
 故に希に出すシングルやアルバムがヒットする事も無い。
 (もっともコンスタントに一定の需要はあるわけで、それ故に彼女は現在もなお芸能人で居られるわけだ)
 歌手としての大成ぶりなら、むしろ同時期にデビューを果たしたホウメイガールズの方に軍配が上がる。
 彼女達の知名度はなかなかのもので、ごく普通に知れ渡っており、新曲を出せばほぼ間違いなく売上げでベスト二〇に入る。
 だからと言って彼女達の仲が悪いか? と言えばそんな事は決してない。
 むしろオフなどは積極的に交流を重ねている。
 ブリッジと食堂――配属は異なれど、共に同じ艦で死地をくぐり抜けた戦友とはそういう物なのだろう。
『……それでは次のニュースです。政府は来月の七日にゼロス要塞にて観艦式を行うと発表。また、これには来月早々に就役が予定されている新造戦艦グロアールも参加が決定されており……』
 微妙な話題で微妙な空気が蔓延した待機室で、垂れ流し状態だったテレビのニュースが皆の注意を引きつけた。
「観艦式ねぇ……」
 リョーコは好意とは異なる含みを持たせた様に呟き――
「ふーん」
 ヒカルはつまらなそうに……それで居て何処か寂しげに息を漏らし――
「こんな時期に……大丈夫なんでしょうか?」
 アリシアは真面目な表情で自らの不安を露わにし――
「観艦式故に火星はカンカン……はひゃはひゃはひゃ……」
 自分の駄洒落に対するイズミの笑い声も、普段とは異なり何処か力なさげだった。




§





「各計測機器チェック……異常なし。第一セーフティ解除」
 オペレーターの発した声に、その部屋の中にいた全ての者達が固唾を飲んだ。
 ぴんと張りつめた空気が充満する中で、スタッフ達は細心の注意を払いながら、各々の作業に没頭しており、その様はさながら巨大な精密機械の様だ。
「収束器及び粒子加速器異常なし」
「エネルギーライン異常なし」
「電気系統異常なし」
「冷却装置異常なし」
 チーフオペレーターらしき男の声に続いて、各部からの報告が伝わり、それはこの実験実施に問題が無い事を告げていた。
 報告がされる都度、人々の緊張の度合いが張りつめてゆくのは、もう間もなくこれまでの自分達の仕事の成果が判明するからだろう。
「各部点検終了。全機器異常なし」
「では予定通り試射を行う。発射シーケンスに移行」
「第二セーフティ解除」
「解除確認。状況確認……異常なし」
「ニューアーロン注入開始一〇、二〇、三〇、四〇……圧力上昇」
 上昇を続けるレベルメーターの数値を読み上げて行く。
 数値の上昇に会わせて、緑から黄、黄から赤、そして更に濃い赤へと、メーターの色が変化して行く。
「現在全て正常値」
「……六〇、七〇、注入停止。現状を維持せよ」
「収束率は五〇に固定」
「了解、五〇に固定する」
「最終セーフティ解除」
「解除確認。ニューロン波動砲、発射準備完了」
「カウントダウン開始。全員、対閃光防御を確認」
「了解、十、九、八……」
 微かな電子音に続いて、オペレーターがカウントダウンを始めると、人々は呼吸すら忘れたかの様に押し黙った。
「七、六、五……」
 カウントを読み上げるオペレーターの声以外の音が、全て消えたかの様な静寂。
「三、二、一……」
「発射!」
 掛け声と共に、トリガーにかかっていたスタッフの指が微かに動く。
 カチっと、小さな音を立ててトリガーが押し込まれた。
 だが、目に見える形で何かが発射された様子は無い。
 それでも、部屋の中に居る全てのスタッフは、緊張を維持したまま一点を見つめていた。
 それは[現在計算中]と文字の表示された一際大きなウインドウだ。
 誰もが声を発する事なく、結果が表示されるのを待ち続けている。
 やがて――
[計算終了]
[結果表示]
[推定威力の再現]
 CGで再現された宇宙空間に、強力なエネルギーの奔流が迸る。
 見慣れたグラビティブラストの黒い奔流とは異なる真っ白なそれは、宇宙空間を文字通り光で切り裂く様に突き進み、やがて正面にある巨大なチューリップを貫いた。
 一瞬、強力なディストーションフィールドの輝きが見られたが、それでもそのエネルギーは直進を止めず突き進み、その進路上にある合計八六個の巨大チューリップを貫いたところで力尽き消滅した。
「成功だっ!」
 感激のあまり叫んだ者も居たが、その場に居た大半の者は、空間ごと破壊する相転移砲に引けを取らない新たな超兵器の誕生に言葉を失っていた。
「今回は七十パーセントの出力での発射ですが、フルバーストモードで撃てば、今の倍近い破壊力を実現出来ると思いますし、収束率を上げて極点モードにすれば、更に強力になるでしょう。もっとも、その分命中させるのは難しくなりますが……」
「十分だよ」
 オペレーターの報告を聞いて、実験開始からずっと今まで黙っていたアカツキが口を開いた。
「では、収束率を下げて広域モードの試射を行います。セーフティ戻せ」
 チーフオペレーターの言葉にアカツキが頷くと、室内の人々は再び慌ただしく動き始めた。
「おい会長さんよ」
 新たにシミュレーション数値が入力されてゆく作業を見守りながら、ウリバタケがサングラスを外して隣のアカツキへ声をかける。
「ん〜?」
 アカツキは新技術の成功を目の当たりにしながらも呆然とした口調で応じる。
「どーすんだコレ」
「さて、どうしようかね……」
 そこまで答えてから、アカツキはウリバタケへと向き直り、懐からティッシュを取り出すと――
「取り敢えず鼻血拭いたら?」
 ――と続けて、口元を微かに緩めた。
 ウリバタケとしては、予想以上の威力を、自分の仕事の成果として純粋に――少なくとも、興奮のあまり鼻血を出す程には喜んでいた。
 だが、アカツキとしてはそう簡単に喜べるものでもなかった。
 強力なディストーションフィールドを備え強大な装甲と質量を誇る大型チューリップは、蜥蜴戦争における地球にとっての最大脅威だった。
 だが、シミュレーションの結果、バスティールの放ったニューロン波動砲は、一撃で百個近い大型チューリップを消滅させてしまった。
 しかも余力を残した状態でだ。
 恐らくは相転移砲を用いても同程度の戦果は出せるだろう。
 だが空間に作用させるわけではなく、純粋に打撃エネルギーとして放たれたその一撃の威力は、アカツキの様な利益追求者にですら畏怖を抱かせた。
 しかもバスティールは、全長約二五メートルというサイズだ。
 単座の航空機としては大型の部類に入るだろうが、そのサイズでYユニット装備の初代ナデシコと同レベルの打撃力を持つ事を考えると、まさしく冗談の様な存在である。
 アカツキも自分が死の商人である事は自覚しているが、正直に言って戦闘機に搭載可能なサイズで相転移砲と同等、もしくはそれ以上の破壊力を見せつけられては、製品として成り立つのか計算出来なかった。
「ま、この技術で商売をする気は更々無いしね……」
 アカツキはテーブルの上に肘を付きながら、誰に言う出もなく呟いた。
「どう、満足?」
「満足か? って言われりゃ満足な結果だよ、ドクター」
 ウリバタケとは反対側の隣でウインドウを注視していたイネスは、そんなアカツキの言葉に僅かに頷くと、ブツブツと何やら呟きながら考え事に没頭してしまった。
 恐らく脳内で今のシミュレーション結果と自分の予想とを比較し、次の研究に関する事を考えているのだろう。
 その一途なまでの探究心にアカツキは感心する一方で、彼女と比較すれば自分の精神がまだまだ凡人である事に多少の安堵を覚えた。
「会長、ではエネルギー七十パーセント、収束率二十の広域射撃モードでシミュレーション開始します」
「んあ? ああ、任せるよ」
「各部機器チェック開始」
 再び始まったシミュレーションの光景を、ウリバタケは興奮気味に、イネスは何事もなく冷静に、そしてアカツキは何処か悲観的な視線で眺めていた。
「バイドもガーディアンも僕の指示で作った物。そして更に僕は新たにこんなものまで作っている……こりゃ百回地獄に堕ちても許されないんだろうね。それともこれが血筋って奴なのかなぁ?」
 そんなアカツキの小さな呟きは、シミュレーション準備の喧騒に掻き消され誰の耳にも届かなかった。
「発射!」
 室内に再び声が響き、その数秒後、実験の成功を伝えるデータが表示された。
 その拡散モードでの発射実験を含め、その後連続して行われた数度のシミュレーション実験は全て良好な結果を示し、理論上ニューロン波動砲は完成した。
 否――蘇ったと表現するべきだろう。
 気の遠くなるほど遙か昔にその力を失った超兵器が、人類の手によって復活したのだ。
 RVR−01ガントレットの開発と並行して進められていたもう一つのRV計画――バスティールの復元も、最大の懸念だった兵装の復活を成し遂げた事で、ほぼ達成したと言えた。
 実機における実射試験も行うべきだろうが、いかに広大な月施設とは言え、内部でぶっ放す訳にもいかず、地球とその付近で行う事も難しい故に暫く実施予定は無い。
 となると、残すは有人化に向けた調整だが、人型ではなく戦闘機であるバスティールには、さして技術的困難は存在しない。
 懸念される耐G・耐慣性の追求にしても、ガントレット開発に培ったノウハウをフィードバックすれば良いだけの話である。


 波動砲の試射実験が終わり、スタッフの大半が引き上げた後、アカツキはバスティールを間近で見るべく格納庫へと降り立った。
 広大な格納庫内に、アカツキの靴音が響く。
 やがて機体の正面に立つと、その眼前に佇む黒いボディを見上げた。
「ふーん」
 最初に口から出たのは、さも無関心そうな声だった。
「どう?」
 背後に立ったイネスが声を掛ける。
「複座なんだね……これ」
 アカツキは本体の上部中央よりやや後ろに突き出たキャノピー部分を見つめたまま、背後のイネスへと尋ねた。
「ええ。実験機は複座である方が望ましいわ。データを取るにも、制御するにも、何かと好都合でしょ?」
「まぁね」
「それに、あの兵器を用いるケースが在ったとして、それでも一人の判断で撃たせるモノじゃないと思うわ」
「だね。確かにそうだ。狂人が乗って、気軽にぶっ放されたら洒落にならないよねぇ。はははは」
 笑いながらもアカツキの視線はバスティールから離れる事はなく、ウリバタケと数名の整備員が行っている、実験終了後の点検作業を眺めていた。
 しばしの時を置いて、アカツキはふいに口を開く。
「コイツって本当に不格好だよね?」
「そうね……でも人類が作ったわけじゃないから、造形意識や美的センスが異なるのは、むしろ当然だと思うわよ」
「そりゃそうだね」
 再び会話が途切れた時、整備をしていたウリバタケが二人に近付いてきた。
「おーい、塗装はこんな感じでよかったのか? 会長さんよ」
「あーうん、イイんじゃないかな」
「ブラックサレナと同じ色になったわね」
「元々黒かったし……この施設にはあの塗料も沢山余ってたしね」
 アカツキがイネスにそう応じると、三人は暫く並んで復活を果たしたバスティールを見つめた。
「それにして……正面から見ると何だかハエみたいじゃない?」
 アカツキが唐突にそう感想を述べる。
 なるほど、メインボディの両脇――小さな翼の付け根部分に備え付けられた補機ユニットが目、そして機首から突き出たニューロン収束機はまるでハエの口の様に見えなくもない。
「そう?」
「ん〜、言われれば見えない事もねぇかなぁ?」
 イネスとウリバタケが曖昧に応じると、アカツキは顎に手を添え、口元に悪戯っぽい笑みを浮かべてから――
「よし! んじゃさ、秘匿性も考慮して、コイツはフライ……ブラックフライって名前にするかね」
「ブラックフライ?」
「何だよ、バスティールのままじゃダメなのか?」
 イネスが確かめるようにその名を復唱し、ウリバタケは驚いたように質問をした。
「ん〜、せっかく自分たちの手で作り直したわけだし、新しい名前を付けてもイイんじゃない」
「ま、アンタがそう言うなら俺は止めねーけどよ」
「そうかい? んじゃコイツは今からブラックフライって事でよろしく」
 アカツキは自分のネーミングセンスに満足したのか、楽しそうに数度頷いた。
 そして二人に向き直り――

「それじゃ、コイツの開発は凍結、機体は封印しよう」

 ――と事も無げに宣った。



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