バスティールの回収から約半年が過ぎた、二二〇四年九月、私達ネルガル特別試験運用部――ナデシコBは通常の業務形態へと戻りる事になりました。
 つまり、やっとクルー達が解放されたというわけです。
 バスティールの基礎研究が一段落し、RV計画における初期目標を達成した事がその理由ですが、技術独占・情報漏洩を恐れてクルーを半年も月の施設に閉じこめるんですから、アカツキさんは相変わらずえげつないですね。
 解放され、特別休暇――私や技術・開発系の方々はともかく、その他の人々はこの半年間も簡単なデスクワーク程度しかなく、殆ど休暇みたいなものでしたが――が与えられると、クルー達はこぞって実家や街へと繰り出し、この半年間で溜まりに溜まった鬱憤と給与を消費する事でしょう。
 ヒカルさんは描き溜めた原稿を持って出版社へ行き、イズミさんも自分の店へと戻って行きました。
 リョーコさんと幾人かのパイロットの方々は、RV計画の一環で作られた新型機のテストパイロットを命ぜられたらしく、このまま月に居残りという羽目になったみたいですね。本当にご愁傷様です。
 そしてミナトさんは解放されるや否や、アオイ中佐を呼びだし、心なしお腹が大きくなっているユキナさんを交えて家族会議を慣行。アオイ中佐とユキナさんにたっぷり説教をくれましたが、二人の真剣な態度や対応を見て、最後には笑顔で「おめでとう」と祝福したとか。
 世間では「出来ちゃった婚」と言うんですか? ま、兎に角そんなこんなで、近い将来に二人の結婚式を挙げるという事で話が決まりそうです。恐らくは出産後、落ち着いてから行う事になると思います。
 ミナトさんも「ユキナの為に素晴らしい式にしたいわね」と、前日までの怒りは何処へやら……大張り切りです。
 素晴らしい式を実現すべく、ミナトさんとしては、在る程度準備を進めてから皆へ伝える算段でしたが、ハイエナの様な嗅覚で嗅ぎつけたウリバタケさんやヒカルさんが暗躍し始めており、彼等に式が乗っ取られるのは、もはや避けられないでしょう。
 アオイ中佐にとっては生き地獄の様な式になると思いますが、ユキナさんみたいな可愛い奥さん貰えるんですから、そのくらい我慢してもらいましょう。
 ユリカさん、二人を祝福して上げて下さいね。
 アキトさん……きっと、アキトさんが戻って来る頃には、ユキナさんはマタニティドレス姿になってますから、驚くかもしれませんね。
 そしてゆくゆくは私も……って、何だかもの凄い大それた事を考えてしまいました。
 と、兎に角っ、私待ってるんですから、早く帰って来て下さいっ。






機動戦艦ナデシコ 〜パーフェクトシステム#37〜








 そして気が付けば、カレンダーの表示は十月を指していました。
 地球と火星の冷戦は相変わらず続いているものの、冷戦構造が日常化した地球においては、市民レベルでの緊張は殆どありません。
 連合宇宙軍の兵士にでさえ、緊張感の欠如が見られている程ですから、何とも暢気な話ですね。
 しかし役人の方々は、どちらかと言えばやる気満々みたいです。
 強力なGS艦隊を要する自分達が負けるハズがない――そう思っているのでしょう。
 ドック艦ヘリオ・ベイの順調な稼動により、火星圏でのGS艦隊の運用が万全となった今、現在火星圏に展開中の連合宇宙軍遣火艦隊は段階的に撤収させられています。
 ゆくゆくは火星圏の封鎖は全てGS艦が担う事になるでしょう。
 もっとも、反GS勢力の方々だけは「全てを機械に任せられるか」として頑なに拒否を示しているらしいですが、軍人である以上は政府の決定に従わざるを得ませんし、間違って命令を無視し強攻策に出ようものなら、反政府的行動として即座に鎮圧されるのがオチです。
 そしてそんな事は、当事者達も十分承知しているのでしょうから、彼等も悪態をつく事こそすれども大きな問題を起こす事もなく、表面上はスムーズに部隊の移行は進行しています。
 ただ内面で彼等の鬱憤は溜まり続けているわけで、彼等の背後にいるクリムゾンや、親クリムゾンの政治家達の焦りも考えると、彼等の切り札的存在である超大型戦艦グロアール完成のおりには、何かしらの事件が起きそうな気がしてなりません……これって私が心配性なだけでしょうか?
 そのグロアールは既に艤装工程の終盤に入っており、早ければ年内には就役する予定だとか。
 超大型戦艦の建造がこれほどスムーズに行われている理由はと言えば、その作業スケジュールをガーディアンが管理しているからであって、彼女に反感を抱いている者達も結局はその恩恵にあやかっている現実は、少し間抜けな感じもします。
 とまぁ、そんなこんなで現在の地球政府は、外に火星、内に反GS勢力軍(無論、背後にはクリムゾンに代表される反ネルガル勢力も存在する)という敵を抱え込んでいるものの、ガーディアン姉妹とGS艦隊の圧倒的な強さによって、それらを抑え込んでいる状況です。
 ですからグロアールが幾ら強力な打撃力を持っていようとも、それを扱うのが人間である以上、ガーディアンやスプリガンには到底叶わないだろう――という意見が政府内でも大多数を占めているらしく、であれば多少の玩具を与えて、軍部強硬派のガス抜きを行う事は、彼等をコントロールする上でも効果があるだろう――として放置している模様です。
 ただ、そんな理由で莫大な予算を注ぎ込んで良いのでしょうか? 事実を知る一納税者としては、思わず首を傾げたくなります。
 ま、それでも全てが丸く収まって平和が維持出来るのであれば良しとしましょう。
 何しろ、私自身も最近では、自分の事以外までは考えが回らなくなりつつありますから。
 その原因は言うまでも無いと思いますが、いよいよアキトさんが帰還する日が近づいて来たという事に他なりません。
 この大宇宙を揺るがす一大イベントを目前に、流石の私も落ち着きが無くなってきました。
 本来であれば、火星や地球、そして会社やナデシコBの事など……考えなければならない事は山積みでなのすが、日に日に増してゆくプライベートな緊張感が、私の思考力を低下させてゆきます。
 無論態度には出しませんし、与えられた仕事はきっちりこなしていますが、内心では歓喜と焦燥が混ざり合い、私を再会の準備へと駆り立てます。
 そんなわけで、ここ最近の朝晩は鏡の前で表情のチェックを行い、毎日のお風呂では入念に身体を磨き、休暇の都度に美容院へ足を運んでは髪の毛を整えています。
 でも鏡を見る度に、私は溜め息をつかざるを得ません。
 何しろ私ときたら、アキトさんと別れて三年という月日が流れたにも関わらず、顔も身体も殆ど変化が無いんです。
 顔は……まぁそれなりに整っているとは自分でも思ってますけど、十九歳という年齢を考慮すれば明らかに幼い印象が拭えません。
 身体の方も、その成長を証明するにはミリ単位で精密測定を行う必要があり、外見上の変化は残念ながら見られません。
 やっぱりこの髪型が大人の雰囲気を阻害しているのでしょうか?
 思い切って髪型を変えようと思いましたが、万が一、万が一ですけど、アキトさんが髪型が変わった私を私だと判らない……なんて事になったと思うと恐ろしくて実行に移せません。
 でも逆に、髪型を変えて大人っぽさを多少なりとも強化した私に、思わずアキトさんが見とれてしまう――なんて可能性も捨てきれないわけで……大いに悩んでしまいますね。
 今度オモイカネに……いえ、ミナトさんに相談してみましょう。
 ともあれ、再会の時は刻一刻近づいてます。
 その瞬間の事を考えるだけで、私の心臓はその鼓動を早め、顔中の毛細血管が破裂したかの様に紅潮してしまいます。
 私はその度にユリカさんの写真を眺めます。
 大丈夫だよルリちゃん。頑張って――笑顔のユリカさんが、そう私を励ましてくれている様に思えるんですが、それってちょっと自惚れですかね。
 とにかく、私としてはアキトさんが帰ってくるまで色々準備したい事が山ほど有り、時間は幾らあっても足りない程なんですけど、社会人としての、そして中間管理職という私の立場がそれを許してくれません。
 そんな自分の立場を内心で呪いつつも、外面はいつもと同じ表情のまま、私はナデシコBの艦長席に腰を下ろしているのです。
 さて、契約社員的扱いだったミナトさん、ヒカルさん、イズミさんが下船し元のメンバーに戻った私達ナデシコBは、新バージョンのハイパードライブや新型レーダーのチェック、そしてアルストロメリアのバリエーション機の運用試験と大忙し。
 今日も新たな装置、機材を搭載したナデシコBは、地球の周辺空域において動作実験を繰り返してます。
「――フェーズクリア。全機帰還願います」
 私よりも背が高くなり、幾分か男らしさが出てきたハーリー君の声がナデシコBのブリッジに響きます。
 その以前に比べ低くなった声が、ハーリー君の成長ぶりを現してます。
 勿論肉体的な部分だけでなく、オペレーターとしてもしっかり成長していますよ。
『了解〜』
 三郎太さんがいつもの調子で応じると、近くの空域で実験メニューをこなしたアルストロメリアが戻ってきました。
 その数は六機。その中にリョーコさんの姿はありません。
 三郎太さんが副長席でなく、テストパイロットとしてアルストロメリアのアサルトピットに収まっている理由は、リョーコさんを含めて半数のパイロットが、月のネルガル実験場へ出向中だからです。
「艦長、テスト運用中隊帰還します」
「ハーリー君、誘導お願いします」
「はいっ。ガイドビーコン展開開始。タカスギ機アプローチに入りました」
 私の言葉に、ハーリー君は元気よく頷き作業にかかります。
 眼前のウインドウにはガイドビーコンに従って、滑り込む様にナデシコBへと着艦するアルストロメリアの映像が映っていました。
 着艦システム――磁力の向きを変えられたリニアカタパルト――によって包むように捕らえられた三郎太さんの乗った機体は、スムーズに減速してゆきます。
『艦長、ただいま戻りましたっ』
「ご苦労様です三郎太」さん。報告書を持ってブリッジへ来るよう、テストパイロットの皆さんに伝えて下さい」
『了解。ところで艦長?』
「なんでしょうか?」
『月の方はどうなんでしょうかね?』
「月? あ、やっぱりリョーコさんが居ないと寂しいですか?」
『そーっすね。でもどちらかというと羨ましいって思いが強いですかね』
「ガントレット……乗りたかったですか?」
 リョーコさん他数名のパイロット達が出向先で行っているのは、RV計画の第二段階――「RVR−01」開発におけるテストパイロットの役です。
 RVR−01――ガントレットというのが、その機体に与えられた名称です。
 敢えて通例に逆らって、草花とは無縁の名称が与えられたこの機体は、バスティールのレプリカとして試作されたものです。
 つまり従来の重力波機関でもなければ相転移機関でも無く、バスティールテクノロジー――ニューロン機関によって可動する全くの新型機になります。
 バスティールの研究が始まり、三ヶ月ほどでその主機関の正体がイネスさんによって判明し、そして更に二ヶ月でその基礎研究が終われったのが先月の事。
 基礎研究と平行して開発が進んでいた新機関の受け皿であるバスティールレプリカの雛形が出来上がり、その結果テストパイロットが必要となり、リョーコさん達に白羽の矢が立った次第です。
『コイツも新型には違いないっすけど、やっぱマイナーチェンジよりはフルモデルチェンジに憧れますからね』
「そうですか……でも」
『でも……なんです?』
「多分リョーコさん達、今頃悲鳴を上げてると思いますよ」
『はい?』
「艦長、実験中隊全機帰還を確認しました」
 オペレーターシートからのハーリー君の声に私は話題を打ち切り、口調を改めて三郎太さんへと伝えます。
「話は後にしましょう。業務お疲れさまでした。ではパイロットの皆さんはブリッジへよろしく」
 本日の実験を終えたナデシコBは、反転し月ドックへの帰還コースを取りました。
「そういえば艦長。今日の会議、アカツキさんがお見えになっているそうですね」
 ナデシコBの進路を固定し終えたハーリー君が、私に言葉を投げかけてきました。
「ええ。RV計画の定例会議に参加するみたいですね。私も到着次第顔を出すようにとのお達しです」
 私はメインスクリーン上に浮かぶ航路図を確認しながら答えました。
 アカツキさんがわざわざ月に来るなんて……一体なんでしょう。




§





「じゃあ、改めて今までのおさらいをしておきたいと思います。良いわね?」
 ハキハキとしたエリナの声がネルガル月面支社の役員会議室に響く。
 この会議室に居る者は、RV計画の重臣達。
 まず開発研究拠点の月面支社長のエリナ。
 その秘書兼オペレーターのラピス。
 RV計画そのものの責任者であり、バスティールテクノロジー解析を行う主席科学者のイネス。
 開発主任を任されているウリバタケ。
 テストパイロットリーダーのリョーコ。
 そしてネルガルの会長であるアカツキ。
 プロスペクターは所用があって本社に残っているが、護衛役のゴートは会議室の入り口に控えている。
「それじゃラピス、お願い」
 エリナの言葉を受け、脇の席で端末と向き合っていたラピスが、「ん」――と短く返事をすると、会議室の中央にバスティールの立体映像と、各種データを表示したウインドウが映し出される。
「現時点でRV計画は予定通り推移中。回収したバスティールの解析が終わりRV計画の第一段階が終了し、現在はそのレプリカの開発である第二段階へと進んでます。これらと平行してバスティールの復元も進めていたわけだけど、この件に関しては後ほど説明を受けたいと思います。……それじゃまず、バスティールテクノロジーに関して、現時点で判っている事を、簡単に、簡潔に、簡素に、更にコンパクトに、要点を纏めて説明願うわ」
 念を押すようにしつこく繰り替えしてから、エリナは発言権を向かいのイネスへと渡す。
 待ってましたとばかりに目を輝かせ、咳払いを一つしてからイネスは立ち上がる。
 ここ暫くのイネスは、その頭脳使用率の大部分をRV計画へ向けており、ハチ研の個人ラボにおけるバイド研究は殆ど停滞状態だ。
 アキトの帰還が近い事を考えると意外に思われるが、それはXデー――アキトの帰還日――を前に、RV計画を一段落させて後任に託し、腰を据えてバイド研究に打ち込む事を考えていたからだ。
 それだけの頭脳を彼女は持ち合わせているのだ。実に恐れ入る。
「それじゃ簡単に説明しましょう――」
 いつものようにイネスが切り出すと、バスティールとの邂逅から今日の研究結果までを、持論・推測を加え事細かに語り始め、結局彼女の説明は一時間(正確には五九分五九秒きっかり)も続いた。
 どうやら一時間未満に収めてみせたのが、彼女なりの”簡潔な説明”だったらしいが、当然他の者達にとっては十分過ぎる説明だった。
 これは余談だが、説明の間、リョーコは殆ど寝ていたが、ラピスはちゃんとオペレータとしての仕事を続けていた。全く良くできた偉い娘である。
 で、イネスの言うところの簡潔な説明を、更に纏めるとこうなる。
 ・
 ・
 ・
 バスティールに搭載されていた主機関とは、彼女の他、少数の科学者が提唱していたニューアーロン物理学を応用した物だという事。
 肝心なニューアーロンそのものに関しては、イネスは全体の約三分の二を費やして説明したが、その場に居た者で完全に理解できた者は皆無だった。
 ラピスは無関心だし、エリナは畑違い、アカツキは聞き流し、リョーコは先にも述べたように寝ていただけだ。
 技術屋と科学者と言う違いはあるものの、解析初期から共に作業を行っていたウリバタケだけは僅かながらに理解を示したものの、その彼にしたところで「凄いエネルギー源」程度の認識でしかない。
 一応、イネスの言葉を借りて説明を述べさせて頂くなら、ニューアーロンとは陽子の鏡像物質だと言う。
 ただ、通常の陽子(電子や中性子も含む)は、光の速度で衝突させた時に出来るクォークが磁力の紐でつながれているが、ニューアーローンにはそれがなく、互いを探し求めるように空間密集と拡散を不定期に繰り返す特異性を持っている――らしい。
 ニューアーロンという名称も、その特異性から付けられたという。
 ただ「ニューアーロン」は発音の言い難さと、既存している「ニューロン・コンピュータ」の名称と混同される事が多い結果、「ニューロン」という略称の方が一般的に広まっており、バスティールに搭載されていた機関も――イネスの様な厳格な科学者には不本意だが――ニューロン機関と呼ばれている。
 (ただし、以前よりその名で呼ばれていた学名としてのニューアーロンは健在である事から、物質としてはニューアーロンの名で呼び、それを用いる機関をニューロン機関と呼ぶようになってしまった。何とも紛らわしい話である)
 さて、そんなニューアーロンは、二十一世紀末頃からその存在が囁かれていたものの、誰もがそれを証明する事が出来ずにいたわけだが、バスティールの主機関を解析したイネスによって、あっさりと存在を証明されてしまった。
 数世紀もの間、誰もが成し得なかった偉業――この発見だけでもネルガルには莫大な利益を生むだろう――がこうも簡単に達成できた原因は、他ならぬバスティールの心臓部、つまり動力にそれが内包されていたという至極簡単なものだ。
 つまり言ってしまえば、相転移機関と同様「拾得物」に過ぎない。
 バスティールの動力機関と思われるユニットを慎重に解析していたイネスは、その内部にある僅か数ミリリットルの容量しかないタンク状のパーツが機体のプロペラトンタンクである事に気が付き、その内部に未知の物質がある事を突き止めた。
 そしてその内部の物質を慎重に抽出して解析を行った結果、それが幾人の学者達が提唱していたニューアーロンそのものだったというわけだ。
 大型戦闘機のプロペラトンとしては信じがたい程少ない量しかなかったが、エネルギー源としての力は莫大で、僅か数グラムのニューアーロンの起こす対消滅エネルギーは、百発の反応弾に相当する計算された。
 つまりニューアーロンこそが、バスティールの持つ馬鹿げた出力の原動力だったと言うことになる。
 だが、そのタンクにしても一時保管所、もしくは予備タンクといった意味合いが強いと思われ、実際には稼動しながらエネルギー源となるニューアーロンを摂取していた可能性が高いと言う。
 というのも、先に述べたニューアーロンの特異性――空間上に存在するニューアーロンには互いを求めて引き寄せ合う性質――によって、それを用いる限り「向こう」から自然と集まってくるのだ。
 つまりバスティールは、三次元空間であれば、飛びながら、そして攻撃をしながらも、そのエネルギー源を補給し続ける事が可能であり、無人機いう特性も考慮すれば、理論上は完全なクローズド機関による「無限飛翔機」という事になる。
 それを証明する証拠として、航宙機であるはずのバスティールには、ジェット戦闘機にある大きな吸気口の様な穴が数カ所存在し、そしてその穴はフィルターや幾つかの装置を経て主機関と、予備タンクと思われる部分へと通じていた。
 そして今までその存在を関知できなかったニューアーロンが、予備タンクの検査以降、バスティール周囲においては、極々微量ながらも計測できる様になったという。
 それは、検査の為に取り出したニューアーロンが、別のニューアーロンを引き寄せたという事の証明に他ならない。
 ただ現段階では、何もない状態からニューアーロンを意図的に空間上から抽出する技術も、手段も解明できていない為、ニューロン機関の運用にはその初動に必要なニューアーロンのストックが必要になる。
 であるから、もしバスティールの内部にニューアーロンが無い状態であったなら、バスティールは息を吹き返す事もなく、その価値は随分と低いものとなっただろうから、それを内包した状態で発見できた事は誠に幸運だった。
 イネスはその幸運がもたらした計測結果に珍しく声を上げて喜んだらしく、説明の中でも少々興奮気味に語り、寝ていたリョーコの頭を指示棒で幾度も小突いた程だ。
 ただ、バスティールにはそれとは別に核パルスに似た原理の対消滅機関を補助機関として搭載していたところを考えると、高次空間や何か特定の状況下においてニューロン機関は使用不可能になるのではないかと考えられる。
 そんな欠点はあるものの、場所を問わず莫大なエネルギーへと変換が可能で、何より仕組みが簡素でコンパクトなニューロン機関は、大気内でそのパフォーマンスを半減させ、大型にならざるを得ない相転移機関よりも利便性に富んでいるのは間違いない。
 そしてネルガルのRV計画は、このニューロン機関のコピーを行い、その試作機関を搭載した人型機動兵器RVR−01ガントレットを造り上げるにまで至った。
 イネスの説明が終わった時、会議室の中央にはラピスの操作によりガントレットの3DCGが表示されていた。
 RVR−01ガントレット――色鮮やかなブルーに塗られたその機体は、エステバリスやアルストロメリアとほぼ同じ大きさで全高は約七メートル。
 基本的なフレーム構造も同じものだが素材自体は更なる強度を上げて作られており、そのコストだけでもアルストロメリア本体の二十倍はかかっている。
 大きさはエステバリス等と大差無いながら、非常にコンパクトなニューロン機関の特性を活かし、ジェネレーター内蔵型となっている。
 当然エネルギーウェーブの呪縛からは解き放たれるので、母艦から遠く離れた場所での作戦行動も可能である。
 ニューロン機関がもたらすパワーを発揮させるべく、必然的に機体の強度も上がっているが、従来のディストーションフィールド発生装置を装備した他、装甲自体の強化もなされている。
 これはコストを度外視して作った試作機であるからで、仮に量産した場合はフレームの強度を保つ程度に留めて、装甲そのものは従来の機体同様に薄くなり、防御面はフィールド任せになるだろう。
 オリジナルのバスティールは防御力をかなぐり捨てた一撃離脱用の強襲機だったが、ガントレットは汎用機として開発がなされている為、従来の機動兵器と同様のフィールド防御能力を有す事になった。
 外見的な特徴は、胸部脇と背中にあるニューアーロン吸入口と、両肩から伸びている武器とスラスターを内蔵した大きなバインダーで、特に後者は見た目のインパクトも加わり、ガントレットという機体を象徴するユニットと言える。
 後部からはスラスターノズル、前部からはビームキャノンの砲身が突き出ているバインダーは、腕や脚とは別にフレキシブルな動きが可能であり、IFSを通じたパイロットの漠然としたイメージにも対応して自動的に目標へとその先を向けたり、機動に必要な動作を行う。
 またバインダーは機体制御にも役立ち、従来の機体以上にアクロバットなマニューバが可能となっている。
 ディストーションフィールド全盛にあるこのご時世に敢えてビーム兵器を搭載している理由は言うまでもなく、内蔵したニューロン機関によるエネルギー出力が桁違いだからに他ならない。
 その結果、フィールドの存在を無視する様な破壊力を秘めたビームが放てるので、弾数に制限のある実弾兵器よりも実用性が高いと考えられた。
 勿論、汎用性を考慮し、マニュピレーターは他の機動兵器との共通規格の物を使用しているので、レールガンやラピットライフルといった従来の兵装、そして各種工作機器を使う事も可能だ。
 ただ、バインダーを装備した事で運動性能は格段に向上したが、処理すべき情報量が増えてしまい、従来のパイロット向けIFSだけではうまく使いこなせない。
 搭載されるコンピュータと、ソフトウェアの開発によりそれを支援する事になるが、それには実際に動かし、パイロットの意見を聞く必要がある。
 そこで開発にナデシコBからテストパイロットを呼び寄せたのだ。
 リョーコ達がテスト運用を行って、その整備は急速に早まり、九月下旬の現時点では、取り敢えずパイロットが特別に意識する必要ない程にバインダーはうまく動作する様になった。
 ただ、本来のパワーを引き出すと途端に扱いきれない状態になるので、現在はパワーリミッターを搭載し、やっと普通に動かせるに至った。
 バスティールの捕獲から約六ヶ月――特別な性能を引き出すには足りないにせよ、普通の高機動・重武装機として運用するレベルまで、この短期間で作り上げたネルガルの開発陣の技術力と努力、そしてウリバタケの執念なまこと恐ろしいものだ。
 これら開発がスピーディに行われた原因は、ブラックサレナでの高機動マニューバに関するノウハウが有ったからであろう。
 それでも桁違いのフィールドと推力を武器に、手当たり次第体当たりを慣行すれば良かったブラックサレナと異なり、あくまで次世代の主力機を目指して開発された汎用機であるから、ソフトの完成にはまだまだ時間がかかる。
 更に本来の能力を引き出すには、従来のパイロット用IFSレベルでは処理速度が追いつかない事も判明した以上、更に高レベルのIFS――それも人体に悪影響が出ない事が最低条件で――をも必要になるかもしれない。
 無論「現段階では」――という注釈も付くが、いずれにせよブラックサレナ以上に厄介な機体である事は確かだった。
 尚、試作機ガントレットは現時点で五号機まで完成している。
 ・
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 ・
「で、どうなの?」
 アカツキがゆっくりと問いかけると、先程まで嬉々とした表情で説明をしていたイネスの表情が、急に神妙なものとなった。
「そうね……正直、これ以上の開発は無意味かしら」
 技術開発と説明こそが生き甲斐の彼女とは思えない発言だ。
 普段の彼女を知っている者であれば十分驚くだろうが、そんな発言を聞いても尚、この場にいる他の者達は驚き――ラピスの場合は無関心だが――はしなかった。
 ただ一人、エリナを除いてだ。
「ちょっと、何で? 素晴らしいじゃない。何が問題あるっていうの? 他のどの企業も国も団体も今だその存在すら知らない新技術で作ったのよ? これ以上ない利益を社にもたらすと思うわ」
 エリナは立ち上がると、荒げた声をイネスへと向ける。
「だなぁ〜。ちょっとヤバイかもな」
 口を開いたのはウリバタケだった。
 エリナは声の主の方をキッと睨み付ける。
「やばい? 今更危険なんて理由がまかり通ると思う? それに古代火星文明とは無縁のテクノロジーなんだから、法的にも問題ないのよ?」
「そりゃ今までの技術だって危険は在ったし、自分で作っておいて何だけどよ、あれ……ガントレットは前に俺が作ったエクスバリスと同じなんだよ」
 RV計画における開発主任を担うウリバタケもまた、イネス同様に、その発言は普段の彼からは考えられない程ネガティブだ。
「あのねぇ。バイドに続いてバスティールも……なんて事になったら、今までの投資はどうするのよ」
「まぁグレイゾンシステムの発注と、それらの今後の整備もあるし、例のハイパードライブもあるから概ねウチの未来は安泰……って言えるけど、企業において現状維持ってもは退化も同然だからねぇ」
 エリナの言葉をアカツキが補足するように引き継いだ。
 もっとも二人の表情は対照的ではあり、アカツキもまた言葉とは裏腹に、イネスやウリバタケと同じ意見である事が伺い知れた。
「エリナさんよ。確かにニューロン機関はすげぇ。思わず失禁しちまう程にすげぇ」
 力説するウリバタケの用いた比喩に、エリナは顔をしかめつつ、そっと身体を退けた。
 無論そんな態度を気にする事なく、彼は言葉を続ける。
「んでだ、ガントレットだって我ながら良くできた機体だと思うぜ。でもなイネスさんはあの機体開発が無意味っだってつもりで言ったんだよ。別にニューロン機関そのものって訳じゃねぇ。そーだろ?」
「そうね」
「じゃ、良いじゃない。何が問題あるのよ?」
「あのよー」
 今まで黙っていたリョーコが口を挟む。
 彼女に限った訳ではないが、この室内に居る者は皆、役職を無視した無遠慮な言葉遣いであるが、それを気に留める者は会長であるアカツキを含めて居ない。
「パイロットの立場から言わせてもらえば、じゃじゃ馬過ぎてとてもじゃないけど使えないぜ。そりゃ今はまだ試作段階だから……ってのもあるだろうけどよ、リミッタ付けた状態じゃなきゃまともに扱えない機体が実戦で役立つとは思えねえよ」
 リョーコの意見もまた、従来の彼女らしからぬものだった。
 自分自身でもそう感じているのか、彼女の目線はどこか泳ぎ気味だ。
「あなたまで……もう、みんなどうしたってのよっ! 急にそんな弱腰になっちゃって」
「今一般的に使われてるエネルギー機関って何?」
 イネスに突然質問をふられ一瞬躊躇するも、エリナは直ぐに脳内から答を引き出して答えた。
「そりゃ、相転移、反重力、マイクロウェーブ、それから原子力も一部で残ってるわね」
「で、それらに何か不満ある?」
「え?」
 エリナは予想外の返答に驚き、即座に答える事は出来なかった。
「原子力はともかく、その他の機関には公害らしい公害もなければ、エネルギー不足も無い。無論それぞれが抱えている欠点はあるけど、それぞれが補えるもの。原子力にしたってパワーには全く問題ないし、難のある安全面にしても使用してるのは軍関係だけで民間じゃもう使ってないわ。だから無意味だって言ったの。作っても今すぐには売れないわね。そうねぇ……空間相転移技術が完全に解明されて、なおかつそのパワーじゃ役不足になる様な時代が来たら、あるいは需要が出来るかも知れないわね。それが何百年先か判らないけど。……勿論、技術者としては大いに興味をそそるけど、良いの? 全く売れないって判っていて巨額の開発費を頂いても。私は別に構わないけど」
「そうそう、俺もニューロン機関を搭載した”リリーちゃんXP−SP2”なら是非とも作りたいんだがよ……」
「却下よっ! 何で社をあげて貴方の趣味に手を貸さなきゃならないのよっ……あ」
「だからさ、そーゆー事なんだよ」
 ウリバタケは頭を掻きながら、諭すような口調でエリナに言った。
「まぁ人間って生物が扱える程度にパワーを抑えて作る事は可能だけどよ。実際、今はリミッター付けてるだろ? それなら今の半重力推進や相転移機関で十分お釣りが来ちまう。まぁ相転移機関に比べてコンパクトだから、機動兵器用の機関にするってのは悪い話じゃねぇがな」
「それじゃ、丁度良いのがあるじゃない」
「ん?」
「有人だから扱えないのなら無人機に使う分には申し分無いんじゃないの? オリジナルのバスティールだって無人機だったんでしょ? だったらグレイゾンシステムで使ってるノウゼンハレン……あの機体の後継機に使えば」
「あー。そのアイディアは悪くないんだけどさ、ちょーっと保留にしてくれるかい?」
 アカツキがエリナの言葉を遮った。
「ど、どうしてよっ!?」
「無人機への転用ならさ、ウリバタケ君からもう聞いてるんだよ。実は当初ガントレットもそのつもりだったんだ。有人機で基礎データの収集が済んだら、試作六号機からは無人機にするってね」
「え?」
「そうだったのか?」
 アカツキの言葉に驚いたのは、エリナとリョーコだった。
 そんな二人にウリバタケはつまらなそうに目を伏せて話し始めた。
「そりゃ凄い機体が作れるのは判ったからな。有人じゃダメなら無人って発想は直ぐに浮かんだぜ。もっとも直ぐって訳にはいかんが、ニューロン機関向けの自動制御OSさえ作れれば不可能じゃ無いからな……でもよ」
 彼がぶっきらぼうに答えるのは、自分が更なる高性能機を作るチャンスを潰された事にあるようだ。
「いや〜ちょっと気になる事があってね。僕が開発に待ったをかけたんだ」
 少しふてくされ気味のウリバタケの言葉をアカツキが受け継いだ。
「だから今の時点じゃ無意味なのよ。使い道が無い物に巨額の投資は出来ないでしょ? だからニューロン機関に関しては基礎研究を続けるだけに留めて……」
「ああドクター、ちょっと待ってくれるかい。ガントレットの運用試験と、制御ソフト開発は引き続き行って欲しいんだ。当然、ニューロン機関の開発もね。だからリョーコ君には悪いけどそのままテストパイロットを続けて貰う。なんなら増員も認めるよ。あ〜それからオリジナルバスティールの復元も出来る限り早めてもらいたいし……ついでにそれも有人機に仕様変更してもらえないかなぁ?」
 アカツキがイネスの言葉に割り込むようにして言い伝えると、今度はラピスを除く全員が驚きの表情を浮かべた。
「ちょっとどういう事よ。ガントレットの開発に意味がないって話をしたばかりじゃないの?」
 真っ先に食い下がったのはエリナだった。
「おいおい、俺が言うのも何だが、オリジナルにまで手を加えても良いのか? 有人機にするって事は、本来の特性を消す事になるんだぜ?」
「うーん、まぁそれはそうなんだけどさ。君の言葉を借りるなら『こんな事もあろうかと』って奴を実践したいだけさ」
 アカツキの返答に、思わず言いかけた言葉を飲み込んだ。
「理由を言いなさいよっ」
「それは……」
 アカツキは詰め寄る様な仕草で突っかかるエリナを手で制し、勿体ぶった態度で話し始める。
「……もうすぐルリ君が来ると思うからさ、それから話すよ。僕も二度説明するのは面倒だからね。あ、ラピス君にもちょっとお願いがあるからよろしくね」
 言い終えてラピスへと視線を向けると、軽く手を振りSTSを使って歯をキラリと光らせる。
「ん」
 ラピスは単に軽く頷いただけで、他には反応は何もなかった。まぁ当然といえば当然の結果だ。
 エリナは深く溜め息を付いてから頭に手を当てた。
 恐らく内心で「このままではニューロン機関もSTS同様、金と時間の無駄遣いになるわ」――と考えたのだろう。
「おいアカツキっ!」
「なんだいリョーコ君?」
 リョーコが勢い良く立ち上がると、テーブルの上に両手をついて身を乗り出す。
「今の話じゃアレを使えるようにしろって事だよな? それは当然リミッタを解除した状態でまともに運用できるレベルにだろ?」
「出来ればそうありたいね」
「今俺達がアイツを動かすのに、どれだけ苦労して乗ってるか知ってるのか?」
「見せて貰ったけど、凄い格好だよねぇアレは。はっはっはっ」
 他人事の様に――実際他人事なんだろうが――笑うアカツキ。
 ガントレットに搭乗する為のパイロットスーツは、当然現行の規格品では済まない。
 当初、ブラックサレナ用の耐Gスーツにて実験が開始されたが、それでも耐久力が足らず、少し出力をあげるとリョーコ以下の旧ライオンズシックル凄腕パイロット達ですら即失神してしまった。
 単純に直線的な動きや加減速のレベル抑えれば問題は無いが、機体の限界性能を少し出して戦闘機動をすると人間の身体が付いて来られない。
 その後、新型のパイロットスーツを制作して限界は上がったものの、パイロット達からの評判はすこぶる悪い。
 何しろ、人類が宇宙に進出して間もない大昔の装甲宇宙服みたな物いだから、手や足が僅かに動かせる程度で身体は殆ど動けず、その重量も二百キロ以上ある。
 無重力でなければ腕を動かすことすら出来ないだろう。
 地上においては……試すまでもない。
 身体がまともに動かせないのだから、当然乗り降りも独力では不可能であり、他人の手を――しかも数人の――借りる必要がある。
「あら? IFSで動かすんだから、別にあれでも構わないじゃないの?」
 スーツを着たことの無いエリナが、如何にもな意見を口にする。
「収まりの悪いソファーで長時間映画を観るのは辛い……って事さエリナ君。僕もパイロットやってたから判るけど、いざという時あれじゃ独力で脱出も出来ないし、ともなれば、何かと不安にもなるだろう? 精神が不安定ってのはパイロットにとっては致命的だ。そんなわけで僕としても、問題があるってのは承知の上だ。だからこそ、早くまともに動かせる様にしたいのさ」
「出来るのかよ?」
「その為の君達だろ? 頑張ってほしいね」
 リョーコの言葉に、アカツキは室内に居る全員の顔を見回しながら答えた。
「……ったく、しゃねぇな〜」
 背もたれに身体を預け、リョーコは諦めたように言葉を吐き出した。
 テストパイロット達の我慢と、技術者達の努力によって日々改良を重ねてきたパイロットスーツだが、それでも今の段階では機体の限界性能に耐えるには程遠く、パイロットの意識を保ったまま複雑な機動を行うのは難しかった。
 更に、ソフトが不完全だという事もあるが、IFSのレベルが足りないのもその理由の一つだ。
 実験機的な意味合いの強い試作機であるが故に、問題が山積みなのは当然だが、機体にリミッタを加え、パイロットの肉体的限界内で能力を納める事で、やっとまともに操れるようになったという現段階での性能では、ウリバタケやイネスが指摘した通り大した意味がない。
 実際、旧式のエステバリスを相手にした模擬戦でも、遅れをとる事がしばしば有った程であり、現時点ではアルストロメリア数ダース分のコストをかけて、強力なビームによる一撃離脱が可能なインターセプターを作ったに過ぎない。
(無論、そのコストにしても、ニューロン機関の基礎研究開発費は含まれていないのだから、それらも含めればそれこそ戦艦を建造するのと大差ない)
 それならば、何も新型でなくとも、ブラックサレナを再設計して量産化すれば済む事だ。
 彼等の目指す次世代汎用機としては程遠く、下手をすれば実用化に至らず、開発費は全て無駄に終わる恐れも高い。
 にも関わらず、アカツキはそれらの開発を進めるように言った。
 彼の真意が掴みきれない為か、会議室の空気は奇妙な雰囲気へとなったところで、月面支社のオペレータらしき女性からの通信が響いた。
『支社長……特別試験運用部のホシノ部長がお見えになりました』
「そう。さっそくこちらへ通してあげて」
『はい。失礼致します』
 エリナの指示に、オペレータは短く応じてウインドウが閉じた。
「さて、ルリ君も到着したみたいだし……そろそろ本題に入ろうか」
 アカツキの言葉が終わると同時に会議室の扉が開くと、其処には制服姿のルリが姿勢を正して立っていた。





§





 ゴートさんに促された場所へ立つと、目の前の扉が静かに開いて行く。
「みなさんお待たせいたしました」
 お辞儀をしてから会議室内に入ると、背後でドアが閉まり厳重なロックがかかりました。
 恐らくは電波やレーダー波といった物も全て遮断されているのでしょうし、ゴートさんを始めとするSSの皆さんも、厳重な警戒態勢を取っている事でしょう。
「いやぁいやぁご苦労さんだったねルリ君」
「いえ、仕事ですから……」
 いつものように社交辞令的な挨拶を済ませて適当な席――リョーコさんの隣――に腰を下ろします。
「それじゃ、聞かせてくれるかしら? 会・長・さんっ?」
 エリナさん、いきなり突っかかってますけど、何か有ったんでしょうか? それに何だか妙な雰囲気ですね。
「此処に居る君達は全員……あ、リョーコ君は知らないかな? 例の火星危機における真相を知っていると思う」
「何だそれ?」
「地球連合政府が秘密裏に平和維持軍としてGS艦隊を火星へと送ったって話があったでしょ? あれがガセだって事よ」
「何だってぇぇっ!?」
 イネスさんの返答に、リョーコさんが驚きの声を上げました。まぁそうでしょうね。
「無論政府が直接認めたわけじゃないけどね。でも実際には、ガーディアン達による独断と見ていいだろう。僕としては、その事を英断として思いたいんだけど、残念な事に制御を離れた電脳には否定的な意見が大半でね。それで秘密裏な第二次アップデートと相成ったわけさ」
 リョーコさんもまさか、ガーディアンが自分の意志で部隊を運用したとは、考えても見なかったのでしょう。そしてそれは、殆ど全ての地球市民に言える事だと思います。
「さて、その後のガーディアン達だけど、ルリ君何か感じた事なかったかい?」
「はい。その……少し他人行儀な感じがしました」
「私もそれ感じた。何だかとっても寂しい」
 私に続いてラピスが控えめに意見を述べる。
 他の人達は黙って耳を傾けているので、私はもう少し思っている事を話すことにした。
「それで……これも漠然としたものですけど、彼女達は何かを隠してる様な気がします。そう……まるで隠れて悪戯をした子供の様な……ちょっとイメージ違うかもしれませんが、そんな感じです」
「宝物隠してる……かな?」
 私に続いてラピスも答えました。
「成るほど、それは言い得て妙だね」
 私達の答を聞き、アカツキさんは腕を組んで頷いてます。
 どういう事でしょう。他の皆さんも、不思議そうにアカツキさんを見つめてます。
「ドクター?」
「何かしら?」
「無機物……っていうか、コンピュータのバイド化だけどさ、その仕組みって解明できたかい?」
 唐突な質問に、再び皆が首を傾げます。
「それはまだ完璧じゃ無いわね。既にバイド体となった有機体が取り込んだ物は無条件で融合されるみたいだけど、完全な無機物状態からバイド化させるには、単にバイドウィルスを無機物に与えても無駄だと思うわね。もっとも危険という事で、臨床実験が出来ないから何とも言えないけど、無機物をバイド化させるには、単純な物理的接触だけでなく、精神のリンク……つまり、IFSを通じて電脳が感染しないと駄目なんじゃないかしら? それも過去の例から言って、バイド体からのアプローチによって感染する確立が高いと思うわね……でも、それがどうしたの?」
 イネスさんの言葉に、アカツキさんは目を閉じたまま何度か頷き、そしてその内容を咀嚼する様に呟くと、身を乗り出してゆっくりと室内の面々の顔を眺めて行きます。
 その間、エリナさんはなかなか喋らないアカツキさんに苛立ちを隠そうともせず睨み返し、ラピスはただ不思議そうに首を傾げ、イネスさんは何処か不安そうな表情で見つめ返し、ウリバタケさんとリョーコさんは不思議そうな表情で互いに見合っていました。
 そしてアカツキさんは、最後に私と視線を合わせると、ゆっくりと話し始めました。
「ガーディアンがさ……バイド化したかもしれない」
 その一言に、会議室内の空気が音を立てて固まりました。




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※後書き
済みません。説明がくどすぎましたね……。
高杉三郎太の表記をサブロウタから三郎太へ改めました。