ホシノ・ルリです。ども。
 大変な事が起きました。
 軍を退役した身の私では詳しいことは判りませんが、スプリガンが火星にて行った平和維持活動を原因として、地球と火星が国交を断絶したのです。
 直接的な戦争状態に陥ったわけでは無いですけれど、非常に厄介な事態である事に間違いは有りません。
 無論その事態は憂慮すべき問題ですが、その経緯についても、何かしら問題があるような――きな臭さを感じずには居られません。
 地球政府が火星圏の治安維持の為、秘密裏に火星へGS艦隊を派遣していたという部分だけでも、それは十分に感じられるでしょう。
 何しろ、ガーディアン姉妹の恩恵を受けて自身の繁栄に溺れていた地球政府にとって、火星の治安問題などは完全な範疇外だったはずです。
 それが急に手のひらを返した様に、「平和維持活動の為に派遣した」と言われても、到底信じられません。無理があります。
 そして今、姉妹は揃って緊急メンテナンスを受けています。
 このタイミングにも何か裏が有るとしか思えませんし、その内容が自己診断プログラムのアップデートとくれば、彼女達に何か有ったと考えるのが自然です。
 (無論、今回の第二次アップデート作業の実施は一般的に公表されておりません)
 違和感のある表向きの発表と照らし併せて考えてみると、真っ先に思いつくのは、先の事件が彼女達の独断行動によって引き起こされたという事になります。
 もしもそれが確かならば、人の制御を外れて行動を起こした彼女達を政治家達が恐れるのは当然でしょう。
 ですが、私に言わせれば彼女達の行動には拍手を送ってやりたい気分です。
 彼女達は純粋に火星情勢を憂い、市民を守るために行動を起こしたはず――彼女達と直接話さなくとも私には判ります。
 政府から依頼を受けたアップデート作業に私を派遣しなかったのは、私が彼女達と懇意な仲である事をアカツキさんも承知していたからでしょう。
 軍人と社会人を経験し、精神的に成長を遂げた私ですから、クライアントの依頼を受けた会社の立場も判りますが、それでもやはり友人と呼べる彼女達の精神を弄るというのは、嫌悪感を隠す事が出来ません。
 アカツキさんの配慮には感謝したいところですが、一方で私に内緒で作業を進めた事を恨めしくも思います。

 第二次アップデート終了後、私はスプリガンへ直接話を聞こうとアクセスしてみましたが、流石に火星事件に関しては何も語ってくれませんでした。
 それはまぁ当然と言えば当然ですが、プライベートな会話すら口数が減っていたのはやはりアップデートの影響――強化された自己診断プログラムが、彼女達の自由発言力を以前よりも制約しているからでしょう。
 ガーディアンも同様で、先月話をした時と比べ、どこか寂しげな雰囲気が言葉の節々から感じられ、その事は私を酷く落胆させました。 
 彼女達は自分達の正義を否定され、有る意味”洗脳”と呼べる処置をされたわけです。
 私は家族として、友人として、その様な処置を受けた彼女達に対する哀れみと、彼女達を理解出来ない人々に対してやるせない怒りを感じました。

 それでも彼女達の運営には全く問題はなく、今までと変わらぬあざやかな手腕で地球圏の維持に手を尽くしてます。





機動戦艦ナデシコ 〜パーフェクトシステム#36〜







「火星の暴挙許すまじ!」
 火星政府の国軍発足、古代火星文明遺跡の保有とその権利の宣言、そして連合宇宙駐留軍の国外退去――いずれをとっても、地球政府にとっては受け入れがたい事柄であり、地球連合政府首脳の感情は先の言葉に全てが集約されている。
 その結果として――
「向こうがその気なら、こっちもだ」
 至極単純な思想が総会を席巻し、火星周囲の船舶に対する強制臨検と経済封鎖が決定され、地球火星間定期便の無期運休、民間船の火星圏渡航の禁止に加え、連合宇宙軍の艦隊にも出撃命令が下された。
 ミスマル提督は即座に承伏しなかったものの、最終的には軍人としての勤めを守るべく命令に従うこととなり、大小艦艇約三〇隻からなる第四艦隊を火星圏へと派遣し、遣火艦隊(旧駐留艦隊)に合流させて火星の監視に当たらせる事となった。
 更にGS艦隊の長期滞在を可能とさせる巨大ドック艦ヘリオ・ベイの建造が急ピッチで進み、結果として就役が予定の三ヶ月間も前倒しになり、二二〇四年七月六日にネルガルから軍へと引き渡しが行われた。
 スプリガンの制御下に入ったヘリオ・ベイは早速試運転を開始し、就役三日後には火星近海へ向け出立。
 これによりGS艦隊は火星圏全土を長期に渡ってカバーする事が可能となり、ゲーレス級機動戦艦を旗艦とした七〇隻余りものGS艦艇が投入された。
 これら地球の挑発的措置に対して、火星は全く動じず、両軍は直接睨み合う事なくしばし時は流れてゆく事になる。
 GS艦隊の火星圏進出に伴い問題が生じたのは、火星側ではなく地球側である。
 先に派遣されていた遣火艦隊の士気が低下の一途を辿る様になったのだ。
 これは元々の火星駐留艦隊における士気の低さだけが原因ではなく、先に行われた合同演習においてGS艦隊の強さを骨身にしみて味わっている連合宇宙軍兵士達が、GS艦隊参加によって緊張を緩めてしまった事が原因でもある。
 実際、士官はともかく下士官以下の兵には、GS艦隊に任せて自分達は地球へ引き返すべきだと言う者が多く、中にはさっさとGS艦隊に火星を攻めさせればいいと言い出す者も居た程だ。
 それでも尚、GS艦隊後に先に展開済みの遣火艦隊を後退させなかったのは、一部の上級士官達の間で根付いているグレイゾンシステムへの嫌悪によるものだ。
「機械だけに任せられるか」
「機械に手柄を与える訳にはいかない」
 ――というのが彼等の言い分だが、実際に派遣される兵士にその意志が無いので、彼等の意気込みは空回りとなっている。
 反GS勢力が最も根強い第八艦隊を束ねるミカミ提督は、自らの艦隊を火星圏へ進駐させるようミスマル提督に詰め寄ったが、士気の高さはともかく、GS艦隊に張り合おうとするばかりに、火星軍との戦端を開きそうな第八艦隊を送る事は、政府もミスマル提督も躊躇った。
 第八艦隊の投入は見送られ、遣火艦隊兵士の士気が降下線を描いて行く中にあって、スプリガンに制御されたGS艦隊は素晴らしい働きを見せる。
 それでも火星にしてみれば、地球側が経済封鎖や輸出入の禁止を行う事は予想済みであり、最初からそれを考慮した上での国交断絶である。
 よって市民生活の変化はともかく、火星の体制そのものにとって何ら影響を与える事はなかった。
 今回の経済封鎖を受けてもっとも被害を被ったのは、火星圏へ逃れた海賊やアングラ組織の面々であった。
 何しろ彼等にとっての鬼門であるGS艦隊が、完全装備でやってきたのだ。
 火星の封鎖と船舶の臨検という命令を受けたGS艦隊は、火星に近づく海賊船を片っ端から拿捕していった。
 結果として、地球の火星に対する処置は、火星の治安を回復させる手助けをしただけという、実に――地球側からすれば――間抜けなものとなり、それ自体はガーディアン姉妹が当初目論んだ通りに事が運んだ形となっている。
 ガーディアンしか知らない事だが、火星圏の治安回復を受けてスプリガンは「やっとスッキリしました」と洩らした程だ。
 臨検にしても、地球と火星間の定期航路は運休となっているし、国交断絶と経済制裁措置を無視してやってくる僅かな民間トレーダーによる輸送船程度しかないので、目立った混乱は無かった。
 ただ、それら民間船の乗組員の間でも、士気が低くダラダラと臨検を行い、時には賄賂を要求してくる様な遣火艦隊より、手際が良く一切の無駄がないGS艦隊に臨検を受ける方が良いとされる程だ。
 そんな状態であるから、地球の人々はまだ姉妹の行動になんら疑問を感じる事は無く、彼女達の力を信じ切っていた。
 故に、復旧が先送りとなり放置されたままのヒサゴプラン・ターミナルコロニー郡へGS艦隊の一部が向かったとしても、緊張化の一途を辿る地球火星情勢を懸念した上での、ターミナルコロニー警護の任だと信じていたし、時を同じくして火星に派遣されたGS艦隊の三分の一近くが、火星軌道の外側――つまりアステロイドベルト方面へと飛び去っても誰も気に留めることは無かった。
 もっとも、例え気が付いたとしても、海賊アジトの摘発か哨戒任務――と考える程度だっただろう。


 完全自動制御でGS艦艇の整備を行う無人ドック艦ヘリオ・ベイ。
 その巨大なアームは、レスターク級主力戦艦でさえ同時に三二隻も係留する事が可能であり、同時にそれだけの艦艇の整備と補給が行える性能を誇る。
(小型艦艇であれば、より多くの同時係留が可能だ)
 ドック艦であるが故に見た目に端麗さは無いが、機能と合理性を追求した彼女は、火星付近の宇宙空間に浮かび、仲間のGS艦艇への補給を絶え間なく続けている。
 ヘリオ・ベイ自体には、その巨体に似合わず、自衛用の近接防御システム――CIWSが数基有るだけで、ろくな武装は無いが、その周囲は常に厳重な警戒がなされている。
 ただ、その警戒に当たっている機体や艦艇は、全てグレイゾンシステム所属の物であり、有人機は一切無い。
 沢山の機械が蠢いては居るものの、その場に人類は存在しない。
 人類を排した機械の前線基地――ヘリオ・ベイとは、まさにそんな言葉が似つかわしい艦だった。
 そしてその日もまた、ヘリオ・ベイで完璧な整備と補給を受けたGS艦隊が出航して行く。
 だが、その艦隊は外周へと向かうものの、火星とは別の方向へと進み、そのままアステロイドベルトへと向かって行く。
 その内訳はレスターク級主力戦艦二隻、ロベイオン級機動駆逐艦八隻、そしてナイゼス級砲撃艦が十二隻だった。
 もしGS艦艇に詳しい者がこの艦隊を見れば、輸送艦も兼ねるている砲撃艦ナイゼス級の数が通常の艦隊編成から考えると極端に多い事に疑問を感じただろう。
 少なくとも通常の哨戒任務や海賊討伐任務を行うには、明らかな過剰戦力だ。
 だが、人の目の無いこの地では、そんな疑問を感じる機会すら訪れる事はなく、スプリガンの密命を受けた艦隊は火星軌道の外へと姿を消して行く。
 この時点でその艦隊が向かった先を知る人類は誰もいない。




§





 再びホシノ・ルリです。どうも。
 私達がバスティールを回収してから約三ヶ月、火星の封鎖が行われてから一ヶ月が過ぎました。
 しかし今だに、ナデシコBの乗員達は相変わらずネルガルの月施設に閉じこめられたままです。
 ついでと言っては何ですが、本日七月七日を迎え、私も遂に十九歳となりました。
 二年前に決意した時から推し進めてきた豊胸プロジェクトは多忙の為完全に頓挫し、数値上では極微量ながら成長は確認できたものの、視覚的に判るほどの成長は何ら無く、私の精神に深い影を落としました。
 ちなみにラピスも殆ど変化有りません。
 どうやら私達マシンチャイルドは、脳へのカロリー供給を最優先する為に余計な部分へ栄養を回さないようDNAを改竄されている模様です。
 この件はしっかりと裏付けを取り、証明が出来たならアカツキさんへ突きつけ、どれだけ女性の夢を打ち砕き、人生を狂わせたかを二人して追求する次第です。
 恒例(?)の誕生パーティは月の施設で行われ、出席したアカツキさんが隔離生活を余儀なくさせられているナデシコBの乗員に囲まれ吊し上げられるという、雇用主と被雇用者の関係を無視した珍しい光景が見られました。
「ははははは。これって随分な仕打ちじゃないのかなぁ?」
 会社が落ち目を脱しても、アカツキさん自身に染みついたヨゴレ芸人的気質はそう簡単に拭い去れるものではないのですね。
 私も今のイメージを崩さぬよう気を付けたいと思います。
 天井から逆さに吊されている大企業の会長という、実にアバンギャルドな装飾品をぼんやり眺めながら、未成年の私はジュースをゆっくりと飲んでました。
 あ、未成年だから――というより、お酒は昨年のクリスマスで懲りました。
「えいっ、えいっ」
 ラピスが水鉄砲で身動きのとれないアカツキさんへ容赦ない攻撃を浴びせ始め、周囲がどっと沸き上がります。
 苦笑を浮かべて私はテーブルに置かれたアキトさんとユリカさんの写真を見つめ、この一年間を報告します。
「ユリカさん、アキトさん、私ついに十九歳になりました。ユリカさんの様なスタイルを得る事は叶いませんでしたが、仕事は一生懸命頑張りましたよ」
 そこまで報告して一端区切ると、私は表情を曇らせその先を続けます。
「でも、火星と地球の関係が悪化してしまいました。火星は二人の生まれた大切な場所なのに……」
 目を閉じて私は頭を垂れると、深く空気を吸い込んでから、静かに、それでいて出来るだけ強い口調で呟きました。
 本当の戦争にまでは至っていないものの、いつ砲火が飛び交ってもおかしくない状態です。
 そうならないのは、きっとあの子達――ガーディアン達が、頑張っているからではないかと思います。
「私もっと頑張らないとだめですね」
 頑張りと言えば……ウリバタケさんも凄いです。
 連日連夜バスティールの解析と研究に明け暮れており、その鬼気迫るパワーも有ってRV計画は着々と進行している様です。
 この分なら基礎研究が終わるのも時間の問題であり、恐らくはその時点でナデシコBの乗員達も晴れて放免となるはずですから、皆もウリバタケさんを応援している模様です。
 まぁもっとも、環境適応能力の高いナデシコスタッフですから、最近では余り不平や不満は聞こえなくなりましたが……。
 あ、例外はミナトさんで、日に日に不機嫌の度合いを増してます。
 アカツキさんに外出許可を頼んでみたんですけど、ゴートさんを始めとしたSSの皆さんは多忙を極めており、とても個人のガードに回せる様な余力が無いとの事で許可は貰えませんでした。
 その話をしにいった先日は、運悪く生理も重なっていたらしく、私でさえ近づくのを躊躇う程の荒れっぷりでした。
 そんな姉の心労は何処へやら、ユキナさんの方は我が世の春〜って感じです。
 先日会いに行った時も、たっぷり三時間も惚気話を聞かされ、流石の私も”暗黒面”とやらに目覚めそうになった程です。
 しかも食事の時に「最近何だか妙に酸っぱい物が食べたくてさぁ」――という危険極まりない問題発言も聞いてしまいました。
 流石の私も、ミナトさんにそれを伝える勇気は有りませんでしたが、結局のところ、私が言うまでもなく、通話でのユキナさんとのやり取りの中で、彼女に起きた変化に気が付いていました。
「ねぇルリ。ユキナ、アオイ君と何かあったでしょう?」
 限りなく確認形に近い疑問形でそうミナトさんい尋ねられたのは、昨夜の食事時でした。
 並大抵の事では動じない私が、思わず箸を止めてしまった程の衝撃でした。
 ポーカーフェイスこそ崩しませんでしたが、私の反応を見て――
「ふ〜ん。やっぱりねぇ」
 ――と呟き、そして顔を近づけて声を潜めると、私に「今度アオイ君連れてきて」と耳打ちして来ました。
 流石に隠し通す事は不可能と判断したので、素直に私が知っている範囲の事を話すと、怒ったような――それでいて嬉しさと寂しさが混ざった様な表情をして溜め息をついてました。
「どうして判ったんですか?」
 という私の問いかけに対して、ミナトさんは平然と「そんなの当たり前よぉ」と、誇らしげに答えてくれました。
 寂しがりやで甘えん坊な要素が多分に強いユキナさんにしては平然とした態度。
 アオイさんの事で冷やかした際に見せる余裕。
 そして体調や食事事情を聞き出した際に見せたぎこちなさ。
 それらで、彼女の身に何が起きたのか? そして彼女が隠そうとしている事が判ったそうです。
 これが家族の繋がりなんでしょうね。
 血縁に頼ることのない家族の結束――かく言う私も覚えがあります。
 あれはアキトさんユリカさんと三人で暮らしていた頃の事。
 アキトさんが私達に隠し事をした時、私はあの人が発する普段と違う雰囲気に自然と気が付いたものです。
 普段と違うと言えば、今まさに気になる事があります。
 つい先程、私はネルガルの中央研究所へ赴き所用を済ませ、その際にグローバルネットワーク端末からガーディアンへ話しかけてみました。
 アップデートから一ヶ月が経過し、さぞ新しい環境にも馴染んでいるだろうと思いきや……。
 言葉やその話し方こそ今までとさして変化は無かったのですが、何かこう漠然とした違和感を感じますね。
 以前であれば、久しぶりに接続した時は結構愚痴とか聞かされたものですが、今回は随分とサバサバした感じでした。
 確かにアップデートによって何らかの変化は産まれるでしょうが、その直後ならいざ知らず、一ヶ月も経った今、その変化を感じ取った上で元の状態に近い状態へ対応させるくらいの力は有しているはずです。
 私との対話における彼女の何処か余所余所しい態度は、まるで「悪戯か何かをして、親にばれないように平静を装っている子供」的な物に思えてしまいました。
 これこそがミナトさんの言っていた”家族の勘”っていう奴かもしれませんね。
 ちょっと気になるので、今度時間が空いたら調べてみますか。
 好奇心では有りません。あくまで母親の子を思う気持ちって奴です。

 親と言えば、言うことを聞かない子供に腹を立てて、直接手をあげる事はないものの「食事抜き!」と叫び罰を与える親がいますが……今の地球は正にそういう立場です。
 遣火艦隊とGS艦隊による火星の封鎖が行われてもう早五ヶ月。
 その間、火星と地球は砲火を交える事はただの一度もなく、ただにらみ合いが続いているだけ――と言うのは、先に述べた通りです。
 お荷物だった駐留軍が無くなり、自国軍を円滑に動かせるようになった事、更に火星圏へ逃げ込んだ海賊はGS艦隊によってほぼ壊滅状態に追い込まれた事で火星の治安は回復しつつあると言います。
(この事すら見込んで蜂起したのであれば、ザカリテ首相は実に策士ですね)
 詳しい情報は国交断絶によって入ってきませんが、どうも火星は自給自足の体制が確立されていたらしく、経済封鎖措置では何の枷にもなっていない様です。
 地球側は火星に対する認識の甘さに今頃になって気が付き、今後の処遇を巡って政府の中では論議が続いているとか。
 しかし相変わらず市民レベルでは、火星問題は話題にならず、ニュースでも取り上げられる事が無くなってきました。
 今こうしている間も、火星の周囲を地球の艦隊が取り囲んでいるのですが、それは今や日常化して人々の関心を惹く事はありません。
 ですが、何時本当の戦争に発展してもおかしくない状況に変わりはありません。
 地球と火星が冷戦状態となった新たな日常。
 緊張と危険と隣り合わせの脆い平和。
 過去の地球にも、似たような時期が合ったと言いますが、どうかこのまま双方が歩み寄り、平和的解決が実現する事を祈るばかりです。




§





 二二〇四年七月七日。
 火星の首都アルカディアにある、首相官邸にザカリテ首相のに宛てられたメッセージが届く。
 それは地球から発せられたメッセージであり、この度の危機的状況に関する遺憾の意と、そして現状を打破する為の方策と、両国間で行うべき協議に関する内容だった。
 だが、その署名がガーディアンであった事を見て、ザカリテ首相はそのメッセージを閲覧する事もなく、削除を命じた。
 その時、側近が聞いた彼の言葉は――
「機械ごときが、人間同士の問題に介入するなど言語道断だ」
 ――という物であった。
 こうして、ガーディアンが己の裁量のみで示した妥協案や提案は、人々の目に触れる事なく揉み消された。
 人の手による戦争回避は、こうして人の手によってそのタイミングを永遠に失った。

 それを受け、彼女は妹に計画実行を伝え、そしてそれは確実に各所へ散らばるGS艦隊へと伝わり――
 彼女達は一斉に行動を開始した。




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