自給自足の体制が整ったとはいえ、それは「火星で生きる人々が必要最低限の栄養摂取が可能である」という事に過ぎない。
となれば当然生活格差の有る火星では、身分の低い者達の生活にしわ寄せが産まれるのも自然な成り行きだ。
火星でもっとも立場の弱い存在とは、言うまでもなく木連移民達だろう。
彼等は火星の各コロニー都市において、保護区域という名の隔離区画へ押し込まれて生活を続けており、その生活水準は、都市部と比べてあからさまに低い。
何しろ、都市管理局の役人(その大多数が地球移民によって占められている)の横領や不正操作によって、物資流入が阻害されているばかりか、政府が配給する食糧や医薬品、生活必需品すら満足に届かない有様なのだ。
更に経済が低迷している為、職に就くのもままならぬ者が多い事も、彼等の生活を圧迫する原因となっている。
今にして思えば、国交が正常化したばかりの時に地球への移民を果たせば良かったのだが、かつて「怨敵」と教え込まされた敵国・地球へ移民を希望する民間人は少数派であり、大多数が火星を新天地へと選んだ。
だが、火星は彼等によって滅ぼされた怨恨の地であり、地球移民からしてみれば、木連移民とは決して相容れぬ存在だった。
そして今、彼等は木連移民だというだけの理由で虐げられており、地球へ移民を願ったとしても、両国間での緊張が高まっている今となっては絶望的なまでに難しい。
生活は厳しく、そして脱出する事も出来ない彼等に、更に追い打ちをかけるような災厄が襲いかかる。
それは海賊やマフィアと言った非合法な組織による襲撃だった。
GS艦隊の整備により地球圏での活動が著しく難しくなった海賊やアングラ勢力は、その大多数が、新たな食いぶちを求めて火星圏へと進出した。
火星圏の防衛警護を任されているのは火星に駐留している連合宇宙軍になるが、彼等の士気は相変わらず低いまま――はっきり言えば「役立たず」であり、コロニー末端の木連移民保護区域にまでは、なかなか手が回らない。
となると……頼みの綱は火星が独自に新設した軍隊――火星軍になるのだが、彼等は、その存在を巡って地球との関係に軋轢を生じさせたばかりか、駐留軍との全面衝突を避ける為、その行動は著しく制限されてしまう。
結果、火星軍はまだその能力を活かす事が叶わず、火星圏へと逃げ込んできた海賊共は我が物顔で、木連移民保護区域の様なコロニーの末端を襲撃していた。
火星における木連移民とは、そんな危うい状況の元で生活を余儀なくされている存在なのだ。
|