二二〇四年三月下旬――
 ガーディアンが自分に施されていた枷を取り外すより少し前。
 ナデシコBが一路バスティール回収の為に土星軌道付近へと向かっている頃、地球から少し離れた宙域でGS艦隊と連合宇宙軍艦隊の合同演習が行われた。
 とはいえその能力差は歴然であり、この度の演習の目的は、「有事に対して有人の連合軍艦隊がスプリガンの指揮にどの程度ついて来られるか?」を見極める事にある。
 オフェンスの仮想敵――ガーディアンがGS艦隊の一部を使用――に対する防衛戦を想定した演習を行ったのだが、ほぼ同数による艦隊戦の結果はディフェンス側の惨敗に終わった。
 その原因は、単にGS艦隊と比較して有人制御の連合宇宙軍艦隊の能力が低い事にあった。
 スプリガンの命令に対する反応速度が遅すぎて、他のGS艦艇との連携が上手く行かない上に、艦隊運動にも艦によってムラが有り、余計な隙を作り仮想敵につけ込まれる原因ともなった。
 反応速度に関しては単にスペックの問題で仕方ない部分もあるが、艦隊運動云々に関しては、あくまで有人制御を考慮に入れた上でスプリガンが戦術指示を行っていたのだから、長らく続いた戦乱の影響で練度の高い兵が少なくなった事と、その後の平時における訓練を怠っていた事が影響しているのだろう。
 ハードとしてのスペックに関して言えば、現存する有人艦は人間という壊れ物を載せている以上、速度も運動性もGS艦隊に比べて明らかに遅いので、本来高速機動が可能GS艦艇までもが、艦隊運動が制限されてしまう。
 オフェンスのガーディアンが操るGS艦隊は――専用設計の妹程でないにしろ――見事な運動を行う為、正面攻撃に連合軍の有人艦隊は危なくて使う事が出来ず、スプリガンを悩ませる事となった。
 結局、GS艦艇と有人艦艇との合同作戦は思うようにいかず、最終的に同規模戦闘が発生した場合、スプリガンが連合軍艦隊に対して指示すべき行動は、戦闘エリアの外周付近での陽動・後方攪乱・補給路分断といったものと結論した。
 しかしそれはスプリガンなりに気を使った言葉に過ぎず、実態は戦力として「不要」と判断され、直接戦闘とは無関係な宙域を相手が無視できない程度に、それでいていつでも逃げ出せる様にチョロチョロと動き回れと言っているのと同じだった。
 それはプライドの高い一部の軍人達を激怒させるには十分だった。
 翌日の演習では、スプリガンはそんな軍人達の心境を考慮し、連合宇宙軍艦隊の性能を更にマイナス考慮した上で艦隊指揮を行ってみた。
 無論相手がごく普通の人間や海賊であれば十分問題は無いだろうが、ガーディアンによる制御を受けたGS艦隊は、仮想敵としては余りにも強すぎた。
 その結果一応は仮想敵からの防衛を達成する事も出来たが、連合宇宙軍艦隊は勿論、GS艦隊にも大きな被害が発生し、有人艦と無人艦の合同作戦の難しさと、何より有人艦の脆弱さが浮き彫りとなった。
 結局この演習によって、地球圏の平和はGS艦隊に任せておけば良いとい判断が主流となり、連合宇宙軍の解体は加速する事となったが、一部の反対派はよりその意志を強固な物とし、反GS勢力の結束力が強まる結果にもなった。








機動戦艦ナデシコ 〜パーフェクトシステム#33〜







 九つの惑星を従え、地球や火星で生きる生命に活力を与える太陽。
 その眩い輝きは土星軌道付近においても未だ衰える事なく、ナデシコBの白い船体を照らしています。
 皆さんこんにちは、ホシノ・ルリです。
 ハイパードライブを唸らせる事七八日間、地球時間二二〇四年四月七日、やっと私達は目標地点に到達しました。
 途上に発生した問題らしい問題と言えば、火星で仕入れた食料品の不味さによる不平不満が出た程度でしょうが、それにしてもナデシコ食堂の皆さんの努力によって、不満は最小限に抑えられたと思います。
 二ヶ月半に及ぶ航海は決して短いものではありませんが、イネスさんの科学(全クルー交代制による強制参加)講座、イズミさんの一人漫談ショー、ヒカルさん主催の漫画講座&同人誌即売会、リョーコさん達パイロットによる模擬戦闘(ウリバタケさんによるトトカルチョ有り)、艦内肝試し大会、カラオケ大会、隠し芸大会、三郎太さんのナンパ講座(非公式)等々数々のイベントが行われ、日常業務と併せて乗員達が暇を感じる事は無かったという事です。
 とまぁ、概ね平穏なナデシコB艦内はともかく、地球では一月の末日に重要な出来事が有りました。
 旧木連中将にして、火星の後継者の首謀者である草壁晴樹の死刑執行です。
 かねてからテロだのクーデターだの色々と懸念されてましたが、結論から言ってしまえば、死刑は問題なく終了したそうです。
 確かに残存兵力をかき集めた最後の残党によるテロは発生したそうですが、スプリガンの働きで未然に防ぐ事ができ、大した混乱も無かったそうです。
 ガーディアン姉妹による地球圏の安定が、人々から火星の後継者事件の関心事を薄れさせていた事もその一様でしょう。

 時代の流れから不要とされた草壁晴樹元木連中将ですが、私が仕入れた情報を見る限り、それは彼自身も感じていた様です。
 彼なりに真剣にこの世を憂いて起こした事だったのは確かでしょうが、彼がした事は決して許される物では有りません。
 自分の正義が他人の正義でもあると思いこんでいる――以前、秋山さんがそう仰ってましたが、結局は他人の正義を押し付けられて、余命を残しつつもこの世を去らなければならなくなったんですね。因果応報でしょうか。
 今の世の中に存在する大多数の正義から見れば、あの人は悪そのものですからね。
 それでも世間には、死刑制度に反発する方々も居て、執行前には反対運動も行われた様です。
 その中でも驚かされたのは、ガーディアンが執行数日前から何度か死刑を中止すべきだと、議会に具申していたという事です。
 秘密航行中のナデシコBですから、直接彼女達と対話したわけでは在りませんから確認は取れてませんが、優しい彼女の事ですから死刑という合法的殺人に何かを感じたのかもしれませんね。
 ですが火星の後継者による武装蜂起は、宣戦布告も無く統合軍内の一部武装反乱ですから、戦争ではなく犯罪行為として見るべきだと思いますので、あれだけの騒ぎを起こし多数の死傷者を出し、非人道的な人体実験までも行っていた組織の長としての責任は、しっかりととってもらうべきでしょう。
 もっとも、そういう考えはアキトさんやユリカさんの事で私怨を含んでいるからなのかも知れません。
 ガーディアンは彼女自身の信じる道を進んでくれれば良いと思います。

 死刑執行の前日に一斉武力蜂起した残党軍が、スプリガンの操るGS艦隊によって一掃された事は先にも述べた通りです。
 決起した残党軍は、恐らく彼等にとって最後の戦力による組織的攻撃だったと思われますが、背水の陣――文字通り死に物狂いで挑んだ彼等の攻撃は、相当熾烈だったらしくGS艦隊にも少なからず被害が出たという事です。
 もっとも、スプリガンは残党軍の人々の命を出来るだけ奪わないように配慮しながら、攻撃を行ったという事ですから、実質的には圧勝に違いありません。
 しかしその事に関して地球政府の一部高官達は、スプリガンを責め立たと言います。
 彼女が本気を出せば被害無しの完全な一方的勝利すら可能だったはずで、大切なGS艦艇や機動兵器を無闇に失ったというのが、彼等の言い分だとの事です。
 つまり、残党軍の命よりも、無人のGS艦艇や機動兵器が大切だと言い切った事になります。
 これに対してガーディアンは、敵であろうと、犯罪者であろうと、他者によって奪われていい命は存在しない――と妹の行動を弁護したそうです。
 戦闘中何度も降伏勧告を行い、出来るだけ死傷者の出ない様注意を払ったスプリガンといい、この姉妹はまるで神の如き慈悲深さを備えていますね。
 ま、とにもかくにも、首謀者である草壁元中将の死と残党軍主力の蜂起失敗により、永らく続いた火星の後継者によるテロは終結したと言って良いでしょう。
 大きな問題がやっと一つクリア出来たわけですが、別の大きな問題が発生し、私に喜ぶ暇さえを与えてくれません。
 地球標準時で三月十五日、火星政府が自国軍保有の宣言をしました。
 ザカリテ首相がいよいよ動き出したみたいですけど、例のエステバリスの話はどうなったんでしょうかね? アカツキさんからは何も連絡は受けてませんが、あの人の性格を考えると既に手を回している様な気がします。
 最近の地球や火星のニュースでは、両国間で起きている緊張が高まっている事が取り沙汰されていて色々と大変な様です。
 私達が帰ったら戦争になってた……なんて事には、ならないで欲しいでしすよね。
 もっとも、ガーディアンやスプリガンも居るんですから、大事には至らないと思うのですが……AI嫌いのザカリテ首相の言葉を思い出すと、流石の私も気が気ではありません。
 取り敢えず、こんな土星軌道付近で私がどうこう心配しても仕方在りませんので、これらの問題は戻ってから考えるとして、目の前に迫った大仕事に集中する事にしましょう。

 さて私達のナデシコBが到達したのは、土星軌道を僅かに越えた宙域です。
 昨日までのお祭りムードは払拭され、艦内全体に程良い緊張が漲ってます。
 見事な意識の切り替えに、皆さんのプロ意識を感じます。
 ここからが本番ですから、私も気合を入れて臨みたいと思います。
「全員に告げます。これより本艦はこの宙域において、予定されていた各種実験を行います。総員配置のまま指示を待って下さい」
 私は全艦に放送を流し、この空域でアルストロメリアとナデシコBの全力稼働実験を行う事を伝えました。
 何で土星軌道くんだりまで来て? そう思う者も多いでしょうが、久しぶりの命令の所為で、そんな疑問を口にする暇もなく乗組員達が慌ただしく動き始めました。
 イネスさんはと言えば、ブリッジに上がり私の横で、黙々と最終的なバスティールの軌道計算を始めてます。
「リョーコさん聞こえますか? それではただ今からアルストロメリアの追加ブースター使用による高速移動時における各種作業実験と、ラピットライフル及びレールガンの実弾射撃実験を行います」
『判ったルリ。んじゃ〜ぱーっと始めるとすっか』
 リョーコさんが元気よく応じると、ウインドウが閉じられる。
 作業実験とは、土木・建設・排除・回収・修理などの各種非戦闘作業の事です。
 人型汎用機動兵器は、このような各種作業任務にも転用出来るのが大きな強みでもありますから、当然パイロットにはその技術も要求される事になります。
 今回の本当の任務――バスティールの回収――にも、その能力は重要であり、その為にリョーコさんにはその能力に秀でた人選を行ってもらったわけです。
 先程の命じた実験も、回収する班と周囲の警戒を行う班とを分けて配置させる為の方便に過ぎません。
『おーい艦長さんよ、ガイラルディアは出さないで良いのか?』
 リョーコさんと入れ替わりに格納庫のウリバタケさんからの通信が入ります。
 勿論、ウリバタケさんはこの後何が起こるか知っているので、実験への参加というより非常事態に備えて出撃させるかどうか? という事を聞いているんだと思います。
 多少目がぎらついているのが気になりますが……まさかもうガイラルディアに細工や改造を施したのでしょうか? もしそうならば、元々高機動――追加装備が無くともハイパードライブ装備のナデシコBに追従が可能な程――な機体ですから、恐らくその他の装備面での改造でしょう。
「そうですね……せっかくですから、実験しておきますか?」
『それじゃ私も出るわよ』
 私がそう返答をすると突然、イズミさんのウインドウがウリバタケさんのウインドウを遮るように開き、彼女のアップが写し出されました。
 わざと不気味に写る様に、表情や首の角度を調整しているのは相変わらずです。
 私は何とか普段通りの姿勢や表情を維持できました、背後からハーリー君の「ひぃっ!」という悲鳴が聞こえてきました。
 ポーカーフェイスを気取ってますが、実はこれでも驚いてます……私も。
「それじゃ、イズミさんお願いします。実験内容は……リョーコさんに任せますんで」
『おーっし、んじゃイズミは取り敢えず傍観。ナデシコBの前方に出てデータの収集な。ヒカルを加えた第一小隊は高速移動時におけるデブリ処理や救助活動の実験。第二第三小隊は実弾訓練に備えナデシコ周囲で待機』
 リョーコさんの指示に『了解』――とパイロット達の声が重なります。
『判ったわ』
 イズミさんもまた、そう呟く様に応じるとウインドウが閉じられました。
 直後ナデシコBの後部格納庫ハッチが開かれると、ガイラルディアの巨体が押し出され、相転移エンジンを唸らせてナデシコBの前に飛んで行きました。
 次いでリニアカタパルトでアルストロメリアの各機が次々と射出されて行きます。
 各部署の責任者からの指示が飛び交い、艦内は実験と演習に備えた配置へと付いてゆきます。
 無論、これら指示も全てダミーなんですけどね。
 数分後、各員が配置に付いた事が報告されました。。
 私はイネスさんの算出によるタイマー表示を見て、タイムスケジュールを確認します。
 さて……そろそろですかね。
 第四宇宙速度の猛スピードでやってくるバスティールを確保する為には、同一方向へ飛びながら相対距離をゼロにする必要があります。
 ナデシコBは太陽の方向へ向きを変えるとゆっくりと加速を始め、その周囲をリョーコさんが率いる四機のアルストロメリアが取り囲む様に、ピタリと付いてきます。
 そして更に外周に散らばった五機のアルストロメリアは、実弾の装填された各種火器を装備して、ナデシコの速度に合わせて進んでいます。
 暫く時が止まったかの様な静かな時間が流れ、数分も経ちますと艦内各所でヒソヒソと小さな声が上がり始めました。
 ……まぁ当然でしょうね。
 配置に付かせたまま、何のアクションも起こさないのですから。
『あの……ターゲットとかは?』
 痺れを切らしたのか、射撃訓練の為に外周で待機中のマリアさん――アルストロメリアのパイロット――から通信が入ります。
 そして直後、タイマー表示が残りゼロとなり――
「来るわよ……」
 イネスさんが私にだけ聞こえる程度に呟くと同時に、レーダーが高速で近づいてくる物体を捉えました。
 私は警報を艦内に鳴り響かせ、全艦放送のスイッチを入れます。
「実験中止! 全艦全速へ移行。ハイパードライブ圧縮開始二百パーセントへ。第二第三小隊の各機は同一速度でナデシコBの周囲を警戒。オモイカネ、アラーム止めて」
 警報が鳴り止み、私のアナウンスを聞いた乗員達が艦内の各所でざわめきます。まぁこれも当然の反応ですよね。
「了〜解!」
 そう応じたのは最初から計画を知っていたミナトさんですが、多少緊張しているのが判ります。
 私だって緊張してるんですから、何も知らされていない他の乗組員の驚きは相当なものでしょう。
 流石にブリッジの中に務める方々は、最初のざわめき以降、黙々と自分の職務をこなしてますが、整備班や生活班の方々は今頃騒ぎ立てている事では?
 ミナトさんの繰艦でナデシコBが急加速を始めます。
 これで後方からすっ飛んで来るバスティールの相対速度を合わせてゆき回収するわけです。
「リョーコさん、未確認物体の確認お願いします」
『了解! ほら野郎共行くぞ!』
 突然の不可解な出来事に、文句や不平を洩らした部下達を叱咤して、アルストロメリアが配置に付いて行きます。
「ハーリー君はイネスさんのサポートに回って、正体不明機の位置を常に監視」
「は、はいっ」
「三郎太さんは、ハンガーで待機してウリバタケさんの指示で動いて下さい。もしかしたら、予備機のアルストロメリアで出動しなければならないかもしれません」
「了解っす」
 三郎太さんが敬礼してブリッジを出て行きました。
 さて、後はバスティールの到着を待つだけですね。
 私達が準備を進めて行く合間にも、バスティールはどんどん近づいてきます。
『ルリ〜聞こえるか? バス……じゃない、正体不明機を確認したぞ』
『うわ〜何これ?』
 リョーコさんの報告と、ヒカルさんの驚きが通信で伝えられ、彼女達の機体が捉えたバスティールの映像がナデシコBのブリッジにも映し出されました。
 確かに以前CGによる予想図で見たデスの姿に似ています。
「正体不明機を重要な異星文明のサンプルとして認識。現場責任者の裁量に基づき確保を命じます。尚、正体不明機は今後”バスティール”と呼称します。発砲は私の命令が有るまで厳禁」
 私の放送を聞いたスタッフの驚きや訝しむ声が、ブリッジの各所から聞こえてきます。
『へー……なーるほどねぇ〜。リョーコ後でちゃ〜んと聞かせてね。イズミだってどーせ知ってるんでしょ?』
『……それは秘密です』
 イズミさんはそう呟くと、ウインドウを閉じてしまいましたが、ヒカルさんの言葉は全乗組員の代弁でしょうね。
「ホシノ・ルリ、ハッキングしかけてみて」
「はい」
 これも段取り通りです。
 ただ、バイドとの関わりがあるかもしれないバスティールにアクセスするのは危険を伴うので、イネスさんとウリバタケさん両人が特別に用意した補助IFSシートを使います。
 怖くないと言えば嘘になりますが、考えてみれば二年前に初めてオリジナル・バイド=デスと遭遇した時に、IFSを通じてアクセスしてるんですよね……私って。
 ですから今回も大丈夫だろう……という楽観的な考えもあります。
 しかしそれはそれ、大事を取る事を疎かには出来ません。
 私はキャプテンシートから立ち上がり、イネスさんの背後に置かれた補助シートへと移ります。
 オモイカネへのメイン回路は言うに及ばず電源からアース線に至るまで完全に物理遮断され、無数のダミー回路や防壁を備えたスタンドアローンの補助IFSシートは、使い勝手も能力的にも本来のIFSシートとは比べようもありませんが、私達以外に電波や信号を発するものの居ないこの空域では情報量が極端に少ない為、単一目標へのアクセスを実施するのに不都合はありません。
「それでは、ハリー君、しばらく艦内の制御預けます」
「え? あ、はいっ。艦長……お気をつけて」
 心配そうに見つめるハリー君にそっと微笑みを返し、私は補助シートに身を預けてIFSを作動させます。
 シートを取り囲む様にウインドウボールが形成され、私の意識は電脳空間へと潜っていきます。
(アクセス……)
 多少の緊張を感じながら、電子情報の奔流の中を進み、バスティールが持つであろうコンピュータへの進入路を探しますが、周囲に存在するコンピューターは……アルストロメリアやガイラルディアの反応だけですね。
「ダメです。完全に機能を停止しているか、存在しないか、それとも全く規格が事なるのか……幾つか理由か考えられますけど、目標からの反応は一切有りません。進入不可能ですね」
「そう……例のメッセージは?」
 イネスさんの質問に、もう少し深くダイブしてみましたが、バスティールからの反応は何も見つける事が出来ません。
 デスと接近遭遇を果たした時に受信した微弱な信号――そして、アクセスした時に見たイメージも有りません。
「……無いです」
 私はそう答えるとIFSレベルを下げて、監視モードで待機する事にしました。

 その後暫くするとバスティールが後方から私達に追いつき、相対速度を合わせたナデシコBの真横に並びました。
「あれね……」
「確かにデスの想像図に似てますね」
 ナデシコBのブリッジから、肉眼でその姿を確認したイネスさんと私が呟きます。
 黒っぽい装甲に覆われた無骨な姿。
 本体の大きさに反して、ささやかな前進翼と、その付け根部分にある円柱状の補助動力と思われるユニット。
 明らかに人――如何なる存在かは知りませんが――の手によって作られた機械。
 所々壊れていますが、それはイネスさんが作ったデスの想像図に酷似しています。
 実際にこうして現物と対面し、正直に感想を述べさせてもらうなら、醜悪という言葉が一番似合うでしょう。
 連合軍の主力戦闘機SA−77シルフィードに見られる優美さとは対極です。
「バッチリ相対速度合わせたわよ」
 ミナトさんの言葉に私はイネスさんと目を合わせて頷きます。
「さぁ回収するわよ。出来るだけ壊さないよう注意させて。それから判ってると思うけど、アルストロメリアの加速ブースター推進剤は……もってあと十分よ。素早く慌てず的確に作業を行わせて」
「言うのは簡単ですね……リョーコさん、申し訳有りませんがそういう訳でお願いします」
 真空の宇宙空間とは言え、全く何もない……というわけでは無いそうです。
 この辺りはイネスさんの得意分野なのですが、長々と説明されるのも困りますので質問はしませんが、加速が得られなくなった物体の速度は少しずつですけど落ちて行くそうです。
 それを考えると、恐らく遙か昔に動力が止まったであろうバスティールが、今なおこれだけの速度で飛んでいるという事は、正常動作していた時にそれだけ凄まじい速度を出していたという事になりますね。
 もしかしたら別の何かが働いて、速度を保っているとも考えられます。
 それはそれとして、アルストロメリアの場合は推進剤が切れれば、バスティールやハイパードライブ全力運転中のナデシコBに追いつけなくなります。
 ですからそれまでに最低でも、時間切れになる前にバスティールの速度を第三宇宙速度以下まで落とす必要があります。
 もしも失敗した時は、最終手段としてハイパードライブ全開のナデシコBで直接回収する事になりますが、出来ればそんな無茶はしたくありません。
 リョーコさん達の腕に期待しましょう。
『おーっし。オレとヒカル、それからアイスマンとゾウザリーでフォーメーションを組んで後方に付ける。そしたらタイミング合わせてワイヤー射出いくぞ』
『了〜解〜』
『了解だ』
『了解っ』
 リョーコさんの指示でバスティールの周囲に展開したアルストロメリアが、バスティールから後方へ速度を調節しながら散開してゆきます。
 尚、イズミさんの乗ったエステバリス=ガイラルディアは、機動力を活かして加速すると、バスティールの前方に位置してもしもの事態に備えます。
 慎重に位置調整を行ったリョーコさん達の機体は、やがて完全な等間隔で扇状に並ぶフォーメーションを完成させました。
 先を進むバスティールと速度をピタリと合わせた事で、それを囲むアルストロメリアと併せて一つの編隊――まるでアクロバットチームの様に見事なものに見えます。
 急ごしらえのブースターを装備して、操作が難しくなっているはずですが、流石はリョーコさんの選んだパイロット達ですね。
 ぶっつけ本番にも関わらず上手く機体をコントロールしてます。
 時間は約六分が経過してますが、全てのパイロット達から焦りや慌てた様子が感じられない辺りも流石です。
『おーっし、準備出来た。カウントダウン行くぞ』
 カウントダウンが始まり、やがてカウントがゼロに達すると、『発射!』の掛け声と共に発せられたリョーコさんの合図に合わせて、各機が一斉にワイヤーアンカーを打ち出しました。
 四機のアルストロメリアから同時に放たれたワイヤーアンカーが、バスティールの装甲にくっつきます。
『タッチダウン!』
『OK!』
『へっへ〜上手いっしょ?』
『よっしゃぁっ!』
 バスティールに余計な傷を付けない事と、その素材が不明である事も考慮し、アンカー先端は杭状やマグネットでは無く、ウリバタケさんが作った特殊なトリモチになってます。
 超強力な粘着力らしく、ウリバタケさん曰く「かつてのメグミちゃん並だぞ」――と、本人が聞いたら何されるか判らない比喩を用いて説明してくれました。
 まぁ表現はともかく、その能力は流石に見事で、僅か接地面積一平方センチメートルで数トンもの加重に耐えて、専用の溶液で簡単に取り外す事が出来るらしいです。
『よーっし、確保したぞ。ルリ〜』
「了解です。それでは各機減速に移ります。タイミングはナデシコBに合わせて下さい」
『判った』
 オモイカネによる減速プランが各機へ転送され、カウントダウンが始まりました。
 私は安堵の溜め息を付いて補助シートから艦長席へと戻り、ハーリー君から再びナデシコBの制御を引き継ぎます。
「どうやら無事回収できそうね」
『いきなり発砲とかされたらどうなるかと思ったけどなぁ』
『無事に済んで何よりっすよ』
 イネスさんの呟きに反応する様に、格納庫のウリバタケさんと三郎太さんが、安堵した表情で通信を入れてきました。
 やがてカウントダウンがゼロになると、全機一斉に減速を開始しました。
 幾ら相対速度がゼロであっても、第四宇宙速度で突進中の物体を回収するのは、何かと不都合が出ます。
 特に、今回のような貴重なサンプルを回収するには、その一片たりとも失うわけには行きません。
 目標を停止させ回収する事が必要なのです。
 各員が緊張しながら見つめる中、計画通り作業は進みます。
 しかし減速が二〇パーセントほど終わった時です。
『あっ?』
 ヒカルさんが少し驚いた様な声を上げ――
『ルリっ! ヤバイ!』
 リョーコさんの言葉が終わらぬ内に、バスティールに異変が起こりました。
 元々問題が有ったのか、それとも減速タイミングに誤差が生じたのか、突如バスティールの一部――左の翼と本体部分の間に亀裂が入り、その中心に合った補助エンジンっぽいユニットが外れてしまいました。
 当然、そのユニットは減速できずに、このままの勢いで飛んで行ってしまいます。
「何やってるの、回収して!」
 イネスさんの叱咤が飛びます。
「イズミさんお願いします」
 見る見る内に離れて行くバスティールの一部が、イズミさんの乗るガイラルディアの横を掠め飛んでいくと、イズミさんは即座に減速を中止し追尾を開始しました。
『判ったわ……くっ』
 急激な加速によるGを受け、イズミさんの口から呻き声が漏れました。
 ブラックサレナ用のオプションであるガイラルディアを操作する場合、本来ならばアキトさんと同じ強化パイロットスーツが必要です。
 幾ら直線運動とは言え、ノーマルのスーツでしかないのに、それでもしっかりと目標目がけて機体をコントロールしている辺りは、流石イズミさんと言ったところです。
 多少なりとも減速させていた事が功を奏したのでしょう、程なくしてガイラルディアは目標に追いつくことが出来ました。
 そして慎重にその距離を縮めてっ行ったところで――
『今だ! イズミちゃん、三番ウエポンを使え!』
 突如大きなウインドウが開くと、ウリバタケさんの絶叫が響き渡りました。
『了解』
 驚く私達が反応するよりも早くイズミさんが応じると、ガイラルディアに装備されたウエポンスロットの一つが開き、中から何かが勢い良く飛び出して行きました。
「何あれ?」
 ミナトさんが驚きの声を上げる間に、飛び出した物体は前方で広がり、目標のユニットを完全に包み込む事に成功しました。
『捕獲確認』
 イズミさんの声に、他のパイロットやブリッジの各所から歓声が沸き起こりました。
『こんな事もあろうかと……こんな事もあろうかとっ! 用意しておいたブースター付捕獲ネット装置が役立ったな〜』
 鼻息も荒く得意げな表情のウリバタケさん。本当に嬉しそうですね。
 こんな事も有ろうかと――以前にも何度かウリバタケさんの口から聞いたことありますけど、この台詞は、旧世紀において己の発明品で何度も地球の危機を救った伝説の技術者サナダ・シロウが残した言葉らしく、メカに携わる者にとって一生に一度は用いてみたい台詞との事です。
 ま……どうでも良い話でしたね。
『ネットだからトリモチよりもネットネト〜……くっくっくっくっくっ』
 こんな時でもイズミさんは楽しそうです。


 二二〇四年四月七日――ハプニングも有りましたが、私達はバスティールを無事回収する事が出来ました。

 さてさて、どうなる事やら。





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