「火星まで、加勢に来てみりゃ、視力がた落ち。医者に見せりゃ仮性近視、そりゃパイロットには酷い枷だ〜……ふひゃっひゃっひゃ」
 ナデシコBのハンガーに降り立つなり、三連発の寒いギャグをかまして一人不気味に笑うはマキ・イズミ。
 初代ナデシコでその名を馳せたエステバリスライダーの一人で、長距離射撃のスキルは群を抜いている。
 尚、生身のスナイパーとしての腕も十分確かだという事を申し添えておこう。
 黙って普通の格好をすれば、十二分に美人として通る顔立ちに、均等の取れたプロポーションをした女性だが、一度口を開けば飛び出るギャグがその全てを台無しにしてしまう。
 今この瞬間も、初対面で彼女のギャグに耐性が無い整備班の新人は、どう反応をしていいのかを決めあぐねて実に複雑な表情をしている。
「はいはい、仮性近視の所悪いけど、さっさとブリッジに行く。色々準備する事あるんだから」
 イズミの直ぐ後に続いて降りてきたのはイネス・フレサンジュ。
 ネルガルの中で多くの肩書きを持つスーパー才女だ。
 そんなイネスの表情には疲労が滲み出ており、それを見た整備班の面々は内心でジャンパーの体質の難儀さを思って哀れんでいた。
 しかし彼女の疲労は、ボソンジャンプを行った事だけが原因ではなかった。
 確かにボソンジャンプ実行に伴う疲労はあるだろうが、戦艦一隻を丸々跳ばせる事が可能な彼女にとって、いかに巨大とは言え機動兵器一機とコンテナ一個を跳ばす事は造作もないことだ。
 では一体何が原因かと言えば――それはこういう事だ。
 二人を乗せ、コンテナを抱え込んだガイラルディア装備の複座型エステバリスが、イネスのナビゲートにより月から火星へジャンプしたのは、今から三時間前の事だった。
 月から火星まではジャンプによる移動の為、時間は全くかかっていない。
 つまり三時間というのは、ジャンプアウトした火星付近から、ナデシコBとのランデブーポイントに辿り着くまでの時間という事になる。
 そしてこの三時間が問題だった。
 実はその間、イネスはアサルトピットという逃げ場のない空間で、イズミから延々と寒いギャグを聞かされていたのだ。
 無論、ただ黙ってやられる気のないイネスは、反撃とばかりにニューアローン物理学の新仮説を延々と論じてみせたが、イズミはその説明を逆手に取り、要所要所にツッコミギャグ――しかも氷点下――を入れる事で対抗した。
 その後丸々三時間の間、狭いアサルトピットの中で繰り広げられた二人の女性の舌戦(?)は、イズミに軍配が上がる事となった。
 多くの者が忌避するイネスの説明も、イズミにとってみればただのネタ振りに過ぎず、説明を真面目に聞く事も、理解しようとする事も不必要なのだ。
 ただ耳に入れて、所々使えそうな単語を拾う事だけに意識を集中し、その都度得意の駄洒落や小話で切り返せばいいのだ。
 結局のところ、イネスの疲労原因は、まさかの敗北を喫した傷心によるものが、その主な原因だった。







機動戦艦ナデシコ 〜パーフェクトシステム#26〜








「げっ」
「なーんだ、イズミだったんだぁ〜」
「そーなんです。遭難には注意〜くっくっくっくっくっ……」
 ブリッジに入って来たイズミの姿を見て、リョーコさんは露骨に嫌そうな顔を浮かべ、ヒカルさんは嬉しそうに手を振って迎え入れました。
 反応が正反対ですけど、この三人はこれでいつも通りなんですから、人の関係って面白いですね。
 あと、イズミさんの放つギャグも相変わらずです。
 ブリッジクルーには、イズミさん初心者も居ますんで、出来ればお手柔らかにお願いしたいです。
「ホシノ・ルリ、イネス・フレサンジュ以下一名着任したわよ」
 イズミさんを押し退け、イネスさんが疲れた表情で私に報告してきました。
「お疲れさまです」
 お辞儀をして迎え入れますと、イネスさんは「早速だけど……」と切り出して、今回の航海プログラムを私とミナトさん、そしてオモイカネへと通達します。
 イズミさんは早速リョーコさんの元へ行き、三郎太さんの事で色々からかってます。
 ヒカルさんも凄く楽しそうですね。
「相変わらずねぇ、あの子達も……」
『おーいイネスさんよぉ!』
 久しぶりに揃った三人の姿を見ていた私とイネスさんの前に、突如血走った目をしたウリバタケさんのアップが映りました。
『この新型フレームはバラしていいのか? いいんだよな? バラすぞバラすからなもう報告したからな後で文句は言うなよ!』
 ウリバタケさんはそう一気に捲し立てると、一方的にウインドウを閉じてしまいました。
 報告は受けましたが許可は出してないんですけど?
 そう考えて、横目でイネスさんを伺うと――やれやれと諦めた表情をしてますね。
 まぁウリバタケさんにとっては、己の趣味の塊みたいな物体――しかもイリーガルな物です――が向こう側からやって来たんですから、当然といえば当然の反応ですね。
 目的地まではまだ日にちも有りますんで、大丈夫だとは思いますが……。

 というわけで、皆様こんにちはホシノ・ルリです。
 私達を乗せたナデシコBはオニバスを出航し、火星軌道の近くで増援との合流を予定通り果たし、これから土星軌道までの秘密航海へと旅立ちます。
 先程イネスさんが示した航海図を見て、オモイカネも驚いてましたっけ。
 後で発表した時、普通の乗員がどういう反応を示すか、少し楽しみです。
 イネスさんがジャンプ――操縦はイズミさんですが――でやって来たエステバリスは、開発コードE303ガイラルディアという名称らしい特殊なフレームを装備してました。
 なんでもブラックサレナのオプションパーツの一つとして開発された物だとか。
 今回はエステバリスの練習機に取り付けて来ましたが、本来はアキトさん向けに作った物らしく、イネスさんの説明によれば機動性と装甲に特化して作られたブラックサレナに、砲戦能力を与える為に考案されたEシリーズのひとつで、A102高機動ユニット装着時の機動性を失うことなく、戦艦顔負けの攻撃力を備えた無茶な仕様だそうです。
 色は元々がブラックサレナ用なので、光沢のある黒で塗りたくられてます。
 ただブラックサレナのオプションパーツとはいえ、感覚的にはブラックサレナに装備するというよりも、ブラックサレナをガイラルディアに装備すると言った方が正しいでしょう。
 つまり大きいです。
 本体部分の全長は約二五メートル、横から突き出ている長砲身レールガンの砲身は四十メートルもあり、ナデシコBの格納庫に押し込むのに一苦労でした。
 格納庫の拡張工事を行っていなければ、とても収容は出来なかったでしょうね。
 おまけにこのガイラルディア、ジャンプ装置は勿論の事、エステバリス月面フレーム同様に相転移エンジンを搭載しており、重力派ビームを気にする事なく単独での行動が可能になってます。
 徹底的に武装強化に走ったフレームらしく、グラビティブラストからミサイル、レールガン、接近戦用のアームとサーベル等々各種武装何でもござれのハリネズミです。
 今頃は、嬉々としたウリバタケさん率いる整備班の面々によってバラバラにされている事でしょう。
 流石に大きいので発進する場合に、ナデシコBのリニアカタパルトは使えませんので、外に放りだして勝手に飛んでいってもらう事になりますね。
 さて、民間船故に非武装のナデシコBですが、このガイラルディアは非合法な機体――というより、非合法の具現といった感じですね――という事もあって、完全武装状態でやって来ています。
 ジャンプ装置も付いてますし、この機体だけでも十分問題有りですが、一緒に運んできたコンテナには、所持しているだけで罪に問われるCCに加え、アルストロメリア用武器の実弾までもが満載状態。
 もし今、連合宇宙軍の臨検を受けたらどうなるんでしょうかね?
 捕まるだけでも十分嫌なんですが、私の場合”元同僚に捕まる”という恥ずべき事態となり、さらにはマスコミに『電子の妖精逮捕される!』『元連合宇宙軍大佐、武器不法所持で御用!妖精は意外と腹黒い?!』……なんて好き勝手に書かれるわけです。
 ボーナスだけでは割に合わない様な気がしてきました。
 そんな事を思うと少し胃痛と頭痛がしますが、今更泣き言も言えない身ですから、覚悟を決めてバスティール捕獲計画を始めましょう。
「艦長のホシノ・ルリです。艦内の皆さん聞いて下さい」
 私は小さく咳払いを一つ入れてから、艦内放送のスイッチをオンにして、全乗組員に新たに追加されたハイパードライブ実験航行ルートを伝えました。
 流石に土星軌道までのルートを知って、皆さん驚いてましたが思ったよりも不満は聞こえてきません。
 まぁ本当の目的は話してませんから、目の前の特別賞与に釣られている状況ではこんなものかも知れませんね。
 整備班の人々は、あのコンテナの中身を見ていますので、航海目的が普通じゃないと思っているでしょうが、それでも精々”人目の付かない場所で、アルストロメリアの実弾射撃テスト”と思っているのが関の山でしょう。
 あくまで私達は、実験航行中に”偶然”未知の物体と遭遇するのです。
 偶然という所がポイントです。
 その目的を果たすためには、如何なる障害も実力で排除せよ――とアカツキさんが言ってましたっけ。
 直ぐに「冗談冗談」と言い直してましたけど、あの目は絶対に本気入ってました。
 だいたい何ですか、あの武器の山は?
 CCを持ってくる事は聞いてましたけど、実弾まで持ってくるなんて話は聞いてませんでしたよ。
 武装して財宝を探す――これじゃ本当に海賊みたいです。
 政府を無視して勝手に戦争相手国と和平を結ぼうとした初代ナデシコには及びませんが、相変わらずの独立愚連隊っぷりは、ナデシコらしさを見事発揮といったところでしょうか?
 ただのオペレーターだった初代とは異なり、ナデシコBの現場責任者は私なので、事が起きた時の責任問題を考えると気が重いです。
 やはり、戻った暁にはアカツキさんに――あ、駄洒落ですね――然るべき報いを受けてもらいましょう。
 エリナさんとプロスさんに相談すれば、きっと良いアイディアをくれる事でしょう。
 あ、そんな事を考えたら、少し気が楽になりました。
「――では、これよりナデシコBは、ハイパードライブ長期稼働実験に入ります」
 そう言葉を締めくくり、私は放送を切りました。
「それじゃ、行くわよ〜」
 ミナトさんが私に微笑んで舵に手を添えます。
「通常航行よりハイパードライブへ以降。出力はまず一五〇パーセントでお願いします。その後二百パーセントを維持します」
「OK! ルリルリ」
 ミナトさんの返事に私も頷き、ハーリー君と三郎太さんに艦内チェックを頼みます。
「エンジン出力安定」
「相転移エンジン問題なし」
「ハイパードライブのエネルギー圧縮に異常なし」
「全艦異常なし。いけます!」
[たいへんよくできました]
 相次いで報告を受けると、私は頷いてからカウントダウンを開始し、カウントゼロを告げると、ナデシコBはハイパードライブモードで航行を開始しました。

 こうして、アカツキさんんからの密命を受けた私達は、イネスさんとイズミさんの二人を加え、ガイラルディアという物騒な機動兵器と、実弾やCCを大量に積み込んだ武装密輸船の様なナデシコBで、火星軌道の外へと進み始めました。
 さて、ここから私達は暫く気を引き締めなければなりません。
 クルーの大半は火星軌道の外へ出るのが初めて楽観している者も居るようですが、火星軌道の外は地球や火星政府の管轄外で、はっきり言って無法地帯です。
 ナデシコBは非合法な武装をした秘密航海ですから、事故なんか起こしても政府の手は借りられません。死して屍拾う者無し――まさに、そんな立場です。
 おまけに地球圏を追われた海賊や、草壁元木連中将の死刑が迫っていよいよ追い込まれた残党軍も居るでしょうから、それらの襲撃を受ける可能性はゼロではありません。
 私とオモイカネの力だけでも問題無いとシミュレーション結果は出てますが、有る程度の武装が有るには越したことは有りません。
 だからこそアカツキさんは実弾を送ってくれたのでしょう。
 もっともナデシコBが搭載しているのは、最新型のアルストロメリア三個小隊プラス予備機会わせて十二機ですよ? しかも操るパイロットは全員がトップクラスで、歴戦のパイロットである助っ人のヒカルさんとイズミさんを加え、更には三郎太さんとリョーコさんといったスーパーエースも居るわけで、幾らナデシコB本体が非武装とは言え戦力は十分過ぎます。
 ガイラルディアも戦力に加えるなら、はっきり言って連合軍の艦隊を相手にしても勝てます。
 この辺りにアカツキさんの本気が伺えますね。
 とにもかくにも、漠然とした期待と不安を、いつものお祭りムードで吹き飛ばし、有る程度の緊張感を維持しつつナデシコBは宇宙を進みます。

 丸一日――二十四時間経ってハイパードライブが順調に稼働している事が確認されると、圧縮率を二百パーセントへと上げました。
 これで通常最大船速の倍の速度が発揮されるわけです。
 そうなると、そんな速度でアステロイドベルトを通過出来るのか? と思われるでしょうけど、高出力のディストーションフィールドが展開可能なナデシコBの場合、それなりの質量を持つ小惑星だけを気にすれば良いだけなので、ミナトさん程の腕前があれば、大した障害にはならなかったりします。

 ナデシコBの航海は順調に進み、アステロイド付近に差し掛かった時、レーダーが左舷前方に小惑星を捉えました。
「今の時期、あの星ってこんな場所に有ったんですね……」
 データウインドウに表示された、その小惑星の詳細情報を見て私はそっと呟きました。
 アステロイドの小惑星達も、地球や火星同様に太陽の周りを回っていまので、この度の航路上で偶然出会えた事は有る意味奇跡的な事と言えます。
「そうね……」
 すぐ近くに居たイネスさんの呟き声が私の耳に届きました。
「どうしたんですか艦長?」
 背後のハーリー君が私達の呟きに気が付き、興味深そうな表情で尋ねてきます。
 いけませんよハーリー君。女性の独り言に好奇心を剥き出しにして対応するのは関心できません。
「何でも有りません」
「ハーリー! お前、ここで何が有ったのかもう忘れちまったのか?」
 私が素っ気なく答えると、ハーリー君は泣きそうな表情を浮かべ、そして横の三郎太さんにたしなめられました。
「あ……す、済みません艦長」
 データーウインドウに目を移しその小惑星の名前に気が付いたらしく、ハーリー君はオロオロしながら詫びを入れてきました。
 何だかそんな態度が、子犬みたいに思えて可笑しく思えました。
 イネスさんも少し笑ってます。
 ふと、そんなイネスさんと目が合いました。
「……」
「……」
 互いに無言でしたが、言いたい事は何となく伝わります。
 そのまま二人でモニターに写したその小惑星の映像を見つめます。
 小惑星番号32954。

 その名称は「ボルテガス」。

 普通ならば気にかける必要もない宇宙に浮かぶただの石ころ。
 しかし、私達はそのモニターに写したその小惑星を、怒り、悲しみ、期待、哀れみ等々――様々な感情が籠もった目で見つめていました。
 私達はあの地に何があって、そして何が起きたのかを知っている。

 生命の存在しない石ころ――ボルテガスの横を通過、私達のナデシコBはアステロイドへと到達しました。

 ナデシコBがバスティールと接触するまで――あと七五日。





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