『え〜〜〜〜〜〜っ!』
 私の言葉に、ブリッジの皆さんが一斉に声を上げました。
 どうやら、理解して貰えなかった様ですね。
 仕方がありません、もう一度言いましょう。
「ナデシコBは、ネルガル会長直々の命により、ただ今よりハイパードライブの耐久稼働実験の為、火星軌道の外周へと向かいます。出航は標準時間で四〇時間後です。各員持ち場において各種動作・機材のチェックをお願いいたします。それと長期航行が予想されますので、物資の買い付けと搬入をお願いいたします」
 私の言葉を聞いて、皆さん先程の言葉が冗談でも嘘でも無いことを理解してくれた様です。
 尚、会長直々とわざわざ付け足したのは、現場の不満を私にではなく、この場には居ないアカツキさんへ向けるためです。
 時にはこういった人心掌握も必要なのが、中間管理職と言うものです。
「……三郎太さん、復唱」
「りょ、了解。ナデシコB、ハイパードライブ耐久実験の為の準備に入ります」
 三郎太さんの声が終わると、艦内は一気に慌ただしくなりました。
 何しろ地球火星間の往復だけの予定が、いきなり延長ですからね。
 もっとも会社から特別賞与が出る話をしたら不満は殆ど聞こえなくなりましたけど。
 プロスさんはこの場に居なくても、人心掌握がお得意ですね。
「物資ってよ……火星の食い物も含まれるんだよな。暫くあれを食わなきゃいけないのか?」
 リョーコさんの不安に関しては私も賛同します。
 ナデシコ食堂の皆さんに期待するしか有りませんね。
「では、メインスタッフは三〇分後第一ブリーフィングルームへ集合して下さい」
 私はそう言いうと、キャプテンシートに座り、オモイカネと艦内の整備状況のチェックを始めました。






機動戦艦ナデシコ 〜パーフェクトシステム#24〜







「さて、皆さん揃いましたね」
 私はブリーフィングルームに集まった皆さんの顔を見回して切り出しました。
 集まって貰ったのは副長の三郎太さん、主操舵士のミナトさん、オペレーターのハーリー君、パイロットリーダーのリョーコさん、そして整備・技術班長のウリバタケさんです。
 派遣社員的扱いのヒカルさんは含まれてませんが、以外と良識のある彼女の事ですから、割り切ってあっけらかんとしている事でしょう。
「オモイカネ、ブリーフィングルーム内の回線を物理遮断して、それからドアもロック」
[OKルリ]
[閉鎖完了!]
 オモイカネの返事が表示されると同時に、三郎太さんが口を開きました。
「で、本当の理由は何スか?」
「え? 理由って……さっき艦長が言ったじゃないですか?」
 三郎太さんは気が付いたみたいですが、ハーリー君は何も疑念を感じる事は無かったみたいですね。すっかり彼の言葉に驚いてます。
「そうだよなぁ……ハイパードライブの実験ならこのまま地球へ戻るだけで十分だし」
「そうよねぇ。あまりにも急過ぎるわよね〜」
 不思議そうな表情をしているハーリー君を余所に、ウリバタケさんとミナトさんが重苦しい表情で溜め息混じりに言いました。
「なぁルリ、アカツキの奴にザカリテ首相からのメッセージ話したんだろ? その事と関係あるのか?」
「いいえリョーコさん。あの件とは無関係です」
 そう答えて、先程アカツキさんとのやり取りを思い出します。


『……なるほどねぇ〜。型落ちエステか……売りたいのは山々だけど、大っぴらにやったら連合政府とまた不仲になっちゃいそうな気もするねぇ。GS艦艇の発注を他に持って行かれるのは困るし……まぁその事に関しては、こっちで対処するよ。ご苦労だったねルリ君』
「いいえ……」
 ザカリテ首相の目の事を思い出し、その事を尋ねるかどうか躊躇していると、アカツキさんは急に表情を真剣な物に変えて切り出しました。
『話は変わるんだけどさ、ルリ君……これから君達ナデシコBに特命を伝えるよ』
「特命……ですか?」
『ああ、これから話す内容、出来ればオモイカネにも内緒にしてもらいたいんだけど……いやオモイカネに知られたくないんじゃなくて、ガーディアン達、引いては地球の如何なる団体にも知られたくないんだ』
「……判りました。オモイカネ、暫く私とアカツキさん二人だけで話をさせて」
[判ったルリ]
『済まないね。実はさ――』


 オモイカネやガーディアン達に内緒とするくらいなのですから、つまらない内容だったら承知しませんよ? ――そう思った私ですが、アカツキさんから知らされた内容は、確かに驚くに値する物でした。
 私は皆さんの顔を眺めてから、ゆっくりと口を開きます。
「これから皆さんには、追加実験航海の本当の目的を説明します」
 私がそう切り出すと、皆は声を潜めて私の言葉に耳を傾けます。
「……先程アカツキ会長から、ナデシコBの航行進路図が送られてきました。これです」
 私がそう言うとブリーフィングルームの正面モニタに、太陽系のマップが表示され、そこには現在地から始まり火星軌道から少しずれた場所で一旦止まり、そこから土星軌道の外周辺りまで一直線で、ある部分でUターンし、そして月へ一直線に伸びるラインが描かれてます。
「え?」
「マジかよ……」
 ハーリー君、リョーコさんが驚き、そして呆れたような声を出しました。
「おいおい俺達に土星軌道の外まで行けってのか? 外洋探査船じゃねーんだぞ」
「ちょっと、火星軌道の外とは聞いたけど、ここまで無茶な航海だなんて聞いてないわよぉ?」
 ウリバタケさんとミナトさんも流石に面食らってますね。
「それに、この火星軌道付近で増援と合流って何だ?」
 リョーコさんがマップの一部分を見て首を傾げます。
「ああ、それはイネスさんが乗り込んでくるそうですよ」
『え〜っ!?』
 みんなが声を揃えて驚きます。
「イネスさんって確か地球に居るんじゃ……」
 ふと思い出したようにミナトさんが言えば――
「まさかジャンプしてくるとか?」
 そう結論付けて声を震わせるリョーコさん。
「犯罪者だ」
 ハーリー君も声を荒げてますね。
 でもねハーリー君――
「ああ、それなら私達も帰りは”また”ジャンプしますから、一蓮托生って奴ですね」
 あ、私の言葉に、皆さん目が点になってますね。
「……それが、あの法外な特別賞与金額の理由っていうわけですか?」
 三郎太さんが少しオーバーに天を扇ぎ、呆れた表情で呟きます。
「あは、あははは」
 ミナトさんは乾いた笑いを浮かべるのが精一杯って感じです。
 リョーコさんとウリバタケさんはそれでもあまり動じてませんが、ハーリー君は目に見えて狼狽してます。
 よほど犯罪を犯す事に抵抗がある様ですね。
 ハッキングとかで十分違法行為はやってるんですし、二年前アキトさんを追いかけた時にも一度ジャンプしてるんですから、今更……って感じもしますけど?
「第一ポイントでイネスさん他一名を回収し、その後最終目的地である第二ポイントへと向かいます。この地点……折り返し予定のこの空域です。ここで接触するであろう、未確認の物体”バスティール”の回収……それがこの追加実験航行の真の目的です」
 私の言葉に、表示されていた航路図の一部分が点滅をします。
「バスティール?」
「何だそりゃ?」
 私の説明に、皆が首を傾げます。
「実は私も詳しい事は聞かされてません。ただ、このバスティールという物体は、太陽系の外側から飛来し、現在も中心へと向かっているそうです」
「太陽系の……」
「……外ぉ?」
 ハーリー君の呟きに、続けて大きな声を上げたのはミナトさんでした。
「それって……つまり、宇宙人って事かよ?」
「リョーコさんの言う事が正しいかどうかは断定できませんが、古代火星文明という物が存在していた事を考慮すれば、その可能性がゼロではありませんね。事実、この物体は外宇宙から飛んできたわけですし……」
 私の言葉に皆がざわめき立ちます。
「い、インベーダーって事は無いですよね? いきなり撃ってくるなんて事ないですよね? 今のナデシコは非武装なんですよ。そ、それでも僕は艦長を守りますけど」
 ハーリー君は怖いのか、少し情け無さそうな顔で隣の三郎太さんに突っかかってます。
「落ち着けってハーリー、古代火星文明の奴等なんか結構友好的だったってドクターが言ってたじゃねぇか。コイツが好戦的な奴だと決まった訳じゃ……」
「あ、動く心配はなさそうですよ。このバスティール、どうもスクラップみたいですから」
 私の言葉を聞いて、ハーリー君は安堵の表情を浮かべてます。
「マジかよ……アカツキはコイツを回収しろって言ったんだな?」
 リョーコさんの質問に、私は無言で頷き返しました。
「宇宙人が作った物体かぁ……一体何かしらね?」
「燃えるじゃねぇか! 地球代表の技術屋として、是非ともいの一番に中身バラさせてもらいてぇぜ!」
「あ、ウリバタケさん。意気込みに茶々挟む様でなんですが、詳しい検査は月に着いてから行うらしいですよ?」
 私がそうアカツキさんからの注意を伝えると、ウリバタケさんは目に見えて表情を険しくして喚き始めました。
「何だってーっ! それじゃ何か? 同じ船ん中に居ながら、奴をバラす事も弄くり回す事も出来ないってのか? 俺ぁ綺麗な女が素っ裸で隣に寝てるのに手を出さない状況に我慢出来る様な愚かな人間じゃねぇぞっ!」
 やっぱりこういう反応が返ってきましたね。
 私はそっと手の平を向けて、ウリバタケさんの言葉を制止しました。
「ウリバタケさん。先程も言いましたけど、どうせ私達はジャンプで帰るわけですから、月に帰ってから……と言っても、直ぐに取りかかれますよ? それにこのバスティールですけど、実は一昨年の七月七日、九州沖に現れたバイド体……その中身の機体に酷似しているらしいです」
 私の言葉に、ウリバタケさんだけでなく、室内全体が静まり返りました。
「あいつの……中身?」
 リョーコさんが、当時の戦闘を思い出しのか、少し肩を震わせながら声を絞り出しました。
「って事は……あのグチョグチョのバイドとかいう奴の可能性もあるって事か?」
「はい」
「それじゃどのみち手ぇ出せねぇな。生きモンは俺の管轄外だ」
「あ、でも。スキャンしてバイドの反応が無いとイネスさんが判断すれば、ウリバタケさんの出番も有るかと思います」
 あ、ウリバタケさん嬉しそうです。
「そーいやよ、あれって事故で灰になったって話じゃなかったか?」
「どこかの工作活動で持ち出された……って説も有ったぜ?」
 リョーコさんの疑問に、三郎太さんが付け足します。
「と言うことは……そいつが太陽系の外に逃げ出したって事ですか?」
 ハーリー君、それは幾ら何でも短絡的過ぎますよ。
「そうじゃねぇだろ。つまりあの気持ち悪いバイドの中身が、宇宙人の技術で作られていたって事だよ。実際中身は意味不明なパーツが多かったって話だしな」
 三郎太さんの説明に、「ああ」と手を打って納得しているハーリー君は、そのまま――
「あれ? でも地球製のパーツも交じってたって話じゃなかったですか?」
 と、質問してきました。
「確かにそうですが現時点では何も判ってません。ですからそれらの問いに答える為にも、私達が回収に向かうんです」
「例の法律は良いんスか?」
 口元に意地悪そうな笑みを浮かべた三郎太さんが、わざわざ挙手して尋ねてきました。
「アカツキさんが言うには、古代火星文明の物とは明らかに違うから大丈夫……だそうです。でもジャンプするんですから、どのみち犯罪に手を染める事は確実ですね」
 私がそう答えると、皆は呆れたような顔を一斉に浮かべました。
「しつもーん」
「何ですかミナトさん?」
「ジャンプって言っても、このナデシコBってCとは違ってジャンプ装置は付いてないんじゃないの?」
「ああ、それならイネスさんがCCを持ってくるそうですよ。カキツバタや二年前の私達の時みたいに艦の回りにばらまくみたいです」
「そんな大量のCC、まだ隠し持ってるんですね……ウチの会社って」
 ハーリー君、いい加減に覚悟決めるべきですよ?
「俺も質問良いっすか?」
「何ですか三郎太さん」
「アステロイド周辺は、最近じゃ何かと物騒だって話ですけど、非武装のナデシコB一隻で突破するのは危険じゃないですかね?」
 彼の言う通り、確かにGS艦隊による地球圏の警備が行き届く様になってから、大多数の海賊が火星圏へと流れているのは事実です。
 火星政府がGS艦隊の受け入れを拒んでいる事に加え、火星圏ではGS艦艇の補給やメンテナンスが出来る設備が無い為、GS艦隊が長時間留まる事は出来ないんです。
 GSドック艦であるヘリオ・ベイが就役すれば、こういった問題は解決出来る様になると思いますが、今この空域に居る僅かなGS艦艇は、全てスプリガンの慈善事業的行動によって存在しているに過ぎません。
 その為地球圏に比べると遙かに治安が悪くなり、隠れるには絶好なアステロイドは海賊共の温床となりつつあるみたいですから、三郎太さんが心配するのも当然でしょう。
 なにしろ今のナデシコBは、アルストロメリアを一ダースも積んでいながら完全に非武装ですから、それなりの装備で武装してきた海賊が群で襲いかかれば危険だと思われるかもしれません。
 しかし、正直あまり気にする必要も無いと思います。
「本艦のフィールドは強力ですし、それにCの一式ほどではないですが、海賊程度の稚拙な装備ならこのBの九九式オモイカネでも十分に無力化出来ます。ちなみに私とオモイカネのシミュレーションによれば、現存する海賊組織の平均的な装備・規模なら三七隻以上の一斉攻撃を受けない限りナデシコBは無傷でした。最盛期に保有総数七二隻を誇り、数ヶ月前にガーディアンが壊滅させた地球圏最大の海賊「ワイルドリザード」クラスの組織があれば別ですが、そこまで巨大な海賊の存在は確認されてませんから、海賊の戦力は無視しても問題無いレベルでしょう。勿論、私達の伺い知れぬ海賊が最新鋭の装備を持っている場合や、私やラピス程のオペレーターを有していれば話は違いますけど、今のところそういう話も聞いた事ありませんので問題無いと思いますよ」
 本来は「思います」という表現は用いるべきでは無いのでしょうが、シミュレーションはあくまでシミュレーションですから、断言は出来ません。
 しかし、私の説明で皆さん納得した様ですね。
 単に肝が据わってるだかもしれませんが、それはそれで頼もしい限りです。
 私は皆さんの顔を見回し、新たな質問が無い事を確認してから再び口を開きました。
「なお、本件は極秘事項です。現場に到着するまで一切伏せて置いて下さい。そして一番重要な事ですが、回収するにはバスティールとの相対速度をゼロにまでする必要があります。イネスさんの計算によれば、私達が会合点でバスティールに追いつき相対速度をゼロにするには、ハイパードライブで通常最高速度の二百パーセントが必須です。ウリバタケさん、ハイパードライブは問題ないですか?」
「ん? ああ、昨日までの動作じゃ特に大きな問題は見あたらなかったし、見つかった小さな問題にしても既に解決済みだ。耐久力も、計算の上じゃ最大圧縮二三〇パーセントまでは問題ないぞ。ただし計算上だ。二十〇パーセントまでなら動作は俺が保証する」
 私の質問にウリバタケさんは即座に答えてくれました。
「二百パーセント出せるなら問題ありません。それからもう一つ」
「何だ?」
「最新のアルストロメリアとは言え、ハイパードライブを二百パーセントで使ったナデシコBには追いつけません。そこで同じ速度が出せるように改造して頂きたいんです」
「今からか?」
「無理は承知ですけど、このままですと、ナデシコBそのものでバスティールを回収しなければいけませんが、流石に難しいと思います」
 そこまで言って私はミナトさんに目を向けます。
「そ〜よねぇ。流石にそんな細かい繰艦はやったことないわ」
「短時間で良いんだよな?」
「はい。それから戦闘行動をするわけでは無いので、単に真っ直ぐ飛べれば構いません」
 確認するウリバタケさんに、私はハッキリと答えます。
「わーった。任せな」
 ウリバタケさんは口元に自信たっぷりな笑みを浮かべると、承諾してくれました。こうい時は本当に頼りになります。
「ではリョーコさん」
「何だ、ルリ?」
「そういうわけで回収にはアルストロメリアを使用する予定ですが、宙空での細かい作業に秀でたパイロットの人選をお願いします」
「判った」
「では準備が終わり次第、ナデシコBは会長特秘〇二六号に基づき、イネスさんと合流の後バスティールの回収へと向かいます。予想接触時間までハイパードライブ圧縮率二百パーセント使用で八〇日です」
「火星から土星軌道まで三ヶ月かからないんだ……ハイパードライブ様々ねぇ」
 ミナトさんが腕を組んで関心した様に頷いてます。
「木星内軌道内に入れば、多くの探査機や衛星が有ります。別の機構や企業、団体に奪われる事だけは避けるようにとのお達しですから、予定会合空域で捕獲出来るよう皆でがんばりましょう」
 何だか私もすっかり企業の犬……って感じですか?
 でもあのデスの正体が判るかもしれない事を考えると、個人的にも興味ありますし、何よりこの忙しさのおかげでザカリテ首相との会談で受けたショックが和らいだのは良かったですね。

 バスティールを無事回収して、月に戻るのは今から約三カ月後の四月の中旬でしょうか。

 この先どうなるのか、全く判りません。

 ユリカさん、アキトさん――

 どうか私達を見守っていて下さいね。




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