機動戦艦ナデシコ 〜パーフェクトシステム#21〜








 皆様こんにちは、ホシノ・ルリです。
 ちなみに私のネルガルでの役職は「特別試験運用部部長」だそうで、当然ながら最年少部長です。
 特別試験運用部というのは要するにナデシコBを指します。
 扱っている部下の人数からすると、常務レベルになりますけど、流石に役員にはしてもらえませんので、部長という事になってます。
 ちなみに他の人達はどうかと言いますと――
 アカツキさんは……言うまでもないですね、最高経営責任者(CEO)兼グループ会長です。
 エリナさんはネルガル重工月面支社長兼、ネルガル重工専務取締役で、ウリバタケさんはネルガル重工研究開発部特別顧問。
 三郎太さんの場合は、ネルガル重工特別試験運用部部長補佐という肩書きになります。
 イネスさんは一応、ネルガル重工研究開発部第一研究所主任という事になってますけど、他にも専属A級跳躍士とか科学技術顧問だとかハチジョウジマ研究所所長とか医療技術開発部第二研究部特別顧問……など山ほど肩書き持ってます。
 ラピスやハーリー君はオペレーター――平社員ですが、昔の私同様高給取りです。
 もっともラピスの場合はエリナさん専属の秘書という扱いになってますけど。
 しかしこんな長ったらしい肩書きは、会議の席や書類上でしか使いませんね。

 さて、立場や肩書きが変わったクルーを乗せたナデシコBは、ハイパードライブをうねらせて一路火星を目指してましたが、もう間もなく到達する予定です。
 今は年も明けて二二〇四年の一月十七日。
 ハイパードライブの長時間稼働実験で圧縮率七〇パーセント――つまり今までの最大船速の七割増しの高速を長時間維持しましたんで、最終的に火星到着までに有した日数は二〇日となりますね。
 途中で様々なテストをしたり、アルストロメリア量産型の機能チェックや連携行動確認なども行った為、大きな日数短縮にはなっていませんが、十分満足出来る結果です。
 全行程を最大圧縮をかけて航行すれば、通常の半分以下の時間で辿り着くはずです。
 やがてナデシコBのブリッジから肉眼でも火星がハッキリと見えてきました。
 今、ナデシコBの前方をGS艦隊所属の主力戦艦レスターク024、左右にそれぞれ機動駆逐艦ロベイオン088と101が併走してます。
 ハイパードライブを搭載していないにも関わらずこうして、最大船速一五〇パーセントで航行しているナデシコBに随伴が可能なのは、人間という壊れ物を乗せる予定がない、GS艦艇ならでは仕様によるものです。
 実際、アオイ中佐の第三艦隊が途中までしか護衛できなかったのは、ハイパードライブを使用したナデシコBに追従出来ないからでしたから、GS艦艇のポテンシャルは恐るべしです。
 レスターク級はGS艦隊の主力戦艦で、Jの文字を横に寝かした様な格好の大型艦です。
 全長が約六〇〇メートル、全高も二七〇メートルもあります。
 艦の中央部と上部構造物の先端に大口径・大出力のグラビティブラストを縦に二門並べて配置されてます。
 またカタパルトデッキを備えており、ライネックス戦闘攻撃機を五〇機、ノウゼンハレンを二〇機程度搭載しているとの事ですから、その総合的な戦闘能力は、連合宇宙軍の主力戦艦であるリストリアス級と比べるとはるかに高いです。
「ミナトさん大丈夫ですか?」
「流石に長かったから少し疲れたわねぇ」
 今回はミナトさんもテストパイロットですし、しかも単座の機動兵器をテストするのとは訳が違いますから、精神が緊張するのも当然でしょう。
 しかしそんなミナトさんの繰艦技術はオモイカネがずっとモニタリングしており、障害物に対する対処や反応、なめらかな転蛇などの感覚を学習中し、今後はどんどん楽になってゆくはずです。
 そしてハイパードライブを使用中でも気が抜ける状態になった時、システムが熟成した事になるわけです。
「まもなく火星圏に到達します」
 ハーリー君の声に、艦内の周囲から安堵の声が上がりました。
「オーバードライブ解除。巡航航行へ移行お願いします」
「了〜解」
 ミナトさんが心底嬉しそうに応じます。お疲れさまでした。
『おーいブリッジ、圧縮率四八パーセント越えた状態でプラスマイナス五度以上舵を切ると出力が予定値よりちょい下回る時があるみてぇだ。ま、これはこっちで対処すりゃ調整可能な不具合だがな』
「了解しました。ハーリー君はウリバタケさんと協力してデータをまとめておいて下さい」
「はいっ」
「三郎太さんは艦内のチェックを」
「了解っす」
「オモイカネ、スプリガンへの回線よろしく」
[OK!]
[接続完了!]
 オモイカネのメッセージが出るとほぼ同時に、大きなウインドウが開き、スプリガンのマーク――Sの字とハートマークが表示され彼女からの通信が入りました。
『ルリ様、長旅お疲れでした』
「途中からの護衛有り難う。調子は良いみたいですね」
『はい』
「火星圏の状況は?」
『ここ数週間、火星付近での残党軍の動きは認められてません。地球からの輸送船も私が護衛している部分に関しては被害も皆無。しかしそうでない輸送船や、火星のコロニーが海賊の襲撃を受ける事件は増加の傾向にあります。また現在火星は都市部で夜間外出禁止令が出されております。両移民間でのいざこざは日々激化の兆候を見せており、警察組織だけでの対処が難しくなってます。火星駐留の連合軍への出動依頼も日増しに多くなってますが、それでも追いつかない状態になりつつあります』
「あなた達が行けば良いんじゃないの? あ、私ハルカミナトよ。よろしくね」
 会話を聞いていたらしいミナトさんが、横から質問をしました。
『火星と地球間で締結された条約が私の完成前という事もありますが、火星に駐留可能な軍は宇宙軍に限定されており、私が直接手を出すわけには行かないのです。ミナト様』
「大変なのねぇ」
「でも一番大変なのは火星に暮らす方々です」
『ルリ様の言われる通りです。お姉様が連合政府に掛け合って条約の改正を訴えてるみたいですけど、地球圏の事ならいざ知れず、火星圏に対する強制権は一切私達には与えられてませんから難しいみたいですね。取り敢えず火星近海にいつでも治安維持活動が出来る様、最低限の戦力を派遣しておきますが、私の艦は火星にも降りられず、オニバスでの補給も受けられないので、補給や整備の関係で現場に拘束できる時間が限られてしまうのが悩みの種です。ヘリオ・ベイが就役してくれるとこういった問題も解決なんですけど、半年以上は先の話ですね』
 GS艦艇は完全無人であり、動力も相転移機関のみを使用している為、補給は殆ど必要としません。
 しかし、新しいシステムを用いた新鋭艦だけに、整備はおろそかに出来ない面があり、今後のバージョンアップの為にもデータ収集も兼ねて、一度任務に就いた艦はオーバーホールに近いメンテを受けているのです。
 何しろ今後永らく地球圏の平和を維持する為のシステムですから、ネルガルも実に慎重です。
 そしてネルガルが目指すグレイゾンシステムの完成形は、整備や補給までもが完全自動化されたものと言いますから、何とも凄い事ですね。
 その指針となるべく建造が急ピッチで進められているのが、スプリガンの言うドック艦へリオ・ベイです。
「大変でしょうが、頑張って下さい。それではネルガル所属の実験艦ナデシコBは、本日よりステーション「オニバス」に係留、整備を終えた後、再び地球へ向けて出航します」
『はいルリ様、ではまた。オモイカネも頑張ってね』
[了解]
[さようなら]
[またね]
 そんな挨拶を最後に、スプリガンのウインドウが閉じられました。
 私はシートに深くもたれて、眼前に迫った火星を見つめます。
「また火星に来たわね」
 ミナトさんが感慨深く呟きます。
「そうですね……」
 様々な想いを込めて、私も小さく呟き頷きました。
 この星を目指してナデシコはサセボを飛び立ち、私はアキトとユリカさんに出会った。
 様々な人々と出会い、そして別れ、私は人間らしさを身につけた。
「全艦に通達、これより本艦はオニバスへ接舷し、整備と補給を済ませて再び地球へと戻ります。まだ仕事は続きます。大変ですが最後まで頑張りましょう。以上です」
 私の放送から七分後、ナデシコBはオニバスへの接舷を果たしました。



「それにしてもよぉ〜さっすが新型だよな。IFSの反応が気持ち良い程スムーズだ」
 リョーコさん随分上機嫌ですね。
 言い終わると一気にグラスの中身を飲み干し……そして先程までの笑顔を消して、「うへ〜」っと、顰めっ面を浮かべます。
「エステってもう限界だったのかなぁ。ちょっと寂しい気もするね」
 ヒカルさんは少し複雑そうな表情で、カクテルをチビチビ飲んでます。
「まぁ何だ。マイナーチェンジじゃ限界があるって事だ。しかしエステのカスタム化や新型フレームの開発も平行して進んじゃいるぜ。何せ生産台数がそれなりに多いからな。カスタマーサポートって奴も大事って話だ」
 さきイカをもしゃもしゃと頬張りながら、何処か冷めた様な表情でウリバタケさんが応じます。
「そういや、テンカワが乗ってたブラックサレナだって一応はエステの強化パーツなんだろ?」
 三郎太さんが爪楊枝で、テーブルに置かれたコロッケにぷすぷすと穴を開けながら尋ねます。
「おぅ。俺も詳しい事は知らねぇが、説明おばさんが基礎を固めて作ったやつらしいな。手元に有ればドーンとパワーアップしてみせるんだがなぁ」
 この改造マニアさんは、ブラックサレナをあれ以上パワーアップさせてどうするつもりなんでしょうか?
「サブちゃんはB級ジャンパーなんだよね? アルストロメリアのジャンプユニット貰えないのかな〜。跳んでみたくないの?」
「おいおい……人を犯罪人にしないでくれよ。でも、有視界とは言え、ジャンプが実戦で使えりゃ心強いのは確かだけどな。班長、ジャンプユニット回せないの?」
 ヒカルさんの言葉に、三郎太さんがかったるそうに姿勢を崩して応じると、そのまま難しい表情を浮かべてホッピーを飲んでいるウリバタケさんへ尋ねます。
「馬鹿言え、あいつのジャンプユニットは、例の法案が可決後に全部処分されちまったよ」
「嘘くさ〜、ウリピーそれって全然説得力ないよ。あのアカツキ君がそんな簡単に手放すわけないじゃ〜ん」
 ウリバタケさんの返答に、ヒカルさんが口元を歪めて言いました。
 先程まで手にしていたカクテルのグラスは、既に手を放れテーブルの上にありますね。中身まだ沢山ありますけど……。
「真実はどうあれ、表向きは一応はそういう事ですから……無いものをねだっても仕方有りませんよ。それに私達は民間人です。兵器のテストはしても実戦に参加する事もありませんから」
 立場上そう答えましたが、私もアカツキさんがそんな簡単に手放すはずがないと思っています。
 言い終えて私は、手にしていたリンゴジュースらしい飲み物を飲むのを止めて、テーブルへ戻します。
「……まぁそれはそれとしてもよぉ〜」
 リョーコさんが皆を見回してから口を開きましたが、珍しく歯切れの悪い口調です。
 まぁ言いたい事は判るので、その先は私が言うことにしましょう。
「……ここの料理不味いですね」
 私がはっきりと言いきると、皆が一斉に首を縦に振りました。
 私達が先程からだらけた雰囲気でぐだを巻いていたのはそれが理由です。
 飲み物も食べ物も美味しく無いんです。
 勿論リョーコさんメグミさん、そしてユリカさんの伝説的な殺人料理に比べればはるかにマシですが、お金を取って良いレベルじゃありません。
 しかしこれも仕方がないかもしれません。
 何しろ火星は食事が不味い事で有名です。
 あのアキトさんがコックを目指した理由がずばりこれですが、こうして実際に現地の食事を――それもステーション内にある大衆居酒屋の物では余計にそう感じますね。
 三郎太さんの話によれば、木連の料理も火星と大差ない味だったらしいですが、地球に帰化して覚えた料理の味に馴染んでしまったみたいですね。
 でもこれを不味いと感じるのは、火星では贅沢以外の何物でもないのでしょう。
 特に情勢悪化に伴い物資の輸入も少なくなってますから、此処では地球産の生鮮食肉や野菜は最高級品です。
 せっかくGS艦隊による護衛が始まり、航路の安全が確保されたのに……勿体ない話ですね。

 というわけで私達は今、オニバス内の居酒屋で飲み会の真っ最中です。
 ハーリー君が居ないのは、ミナトさん共々留守番になっているからです。
 ちょっと申し訳ないですけど、こればかりは仕方がありませんので。

 オニバスは、火星の衛星軌道上に浮かぶ大型ステーションで、火星の入国管理局も兼ねてます。
 つまり火星へ上陸をする民間船は、必ずこの場所を訪れて上陸審査を受ける必要があります。
 今回の試験航海では、火星に降りる予定は有りませんが、他に補給や整備ができそうなステーションも無いので、ナデシコBも必然的にこの場にて休む事になったわけです。

 窓の外から見る火星の大地。
 テラフォーミングが終了し人が移り住んでから約半世紀。
 その短い歴史の間に大きな戦乱に巻き込まれた赤き星。
 火星に住む人々の血を吸った様な赤い大地。
 アキトさんとユリカさんが生まれ育った地。

 守りたいです――この星も、地球も。

『艦長〜』
 物思いに耽っていた私の眼前にウインドウが開き、留守番をしていたハーリー君の少し情けない声が響きます。
 どうしたんでしょうか? 何だか随分と困った表情ですね。私今日はハーリー君に何も言ってませんけど。
「どうしましたか?」
 私は落ち着かせる意味も込めて、ことさらゆっくりとした口調で尋ねます。
『そ、それがですね。今、艦長にお会いしたいという方の代理人から連絡が入ってるですけど……』
「私にですか?」
 予想外の話に私は思わず自分を自らの人差し指で指しながら聞き返します。
「代理人……って、本人じゃねーのかよ?」
「何だか胡散臭いねー」
 リョーコさんとヒカルさんの言う通り、怪しさが漂いますね。
 何しろ、今の火星にはネルガルの支社もなければ、移民の中に知人も居ないはずです。
 私が軍を辞めてネルガルに入社した事はそれなりに有名ですが、今こうしてナデシコBに乗艦しているという事を知っている人は少ないはずでし、そもそも人の関心を呼ぶ事でもありません。
「私に会いたいという人物……誰ですか?」
 表情を変えずに私は静かに、それでいて断固とした口調で尋ねます。
『それが……』
 言い淀むハーリー君でしたが、少し躊躇してから口を開き、続きを言いました。
『……ザカリテ首相です』
『嘘っ』
 あ、みんの声が綺麗にハモリました。

 巨大とはいえ、一民間企業の社員に、火星の代表者が一体何の用なんでしょうかね。








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