機動戦艦ナデシコ 〜パーフェクトシステム#20〜







 クリスマスを終え年の瀬も迫った、二二〇三年十二月二八日。
 普通であれば仕事納めも近いという時期にあって、私達ナデシコBは民間転用改装の際に新たに取り付けたハイパードライブユニットのテストも兼ねて、試験航海へと飛び立ちました。
 戦時下であればこそ超法規的措置として武装も認められてましたが、平時である今、民間船に武装が認められるはずもなく、現在のナデシコBは非武装船となってます。
 VLSやCIWSは全て取り外されましたが、グラビティブラストのユニットは船体の中央で機関部と直結されている為取り外すわけにも行かず、政府と軍からプロテクトを外して貰わない限り発射出来ない様、厳重に封印されてます。
 まぁ私がその気になればプロテクトは外せない事もないと思いますが、私アナーキストってわけじゃありませんので、そんな事する気もありません。
 そんなこんなで武装は無くなったものの、ディストーションフィールドは装備したままですし、その出力も今までより高出力となってます。
 従来の戦艦に搭載されているグラビティブラストなら、全力射撃でも五〜六発は耐えられる計算になります。
 まぁ攻撃兵装を所持してない為に、そちらへ回す余計なエネルギーが無いというのがその原因の一つなんですけどね。
 そしてエンジンには、先にも述べましたハイパードライブユニットというのが付けられ、新型機動兵器アルストロメリア(当然実弾装備無し)の先行試作量産機を十機載せて、各種装備の試験を行いつつ地球と火星を往復します。
 今回の航行には、開発顧問のウリバタケさんと、操舵士のミナトさんも同乗してます。
 ラピスも来たがってましたけど、エリナさんが就役ラッシュのGS艦艇のチェックやら、効率よい生産オペレーションだとかで、優秀なオペレーターのラピスはどうしても手元に置いておきたかったみたいですね。
 あと、出航直前にテストパイロット――ナデシコBのパイロットは全員そういう扱いです――の一人が、怪我をしましてその欠員補充の為、急遽ヒカルさんが中途採用されて乗艦しました。
 何でも丁度タイミングよく、連載を抱えていた漫画の今後の展開について編集と真っ向から対立し、勝手に「第一部完」にして飛び出していたそうです。
 一昨年の私が交渉に訪れた時同様、今回もスカウトに訪れたプロスさんの言葉に一秒であっさりOKしたとか。
 何というか、相変わらず適当……じゃなくて、おおらかですね。
 自営業を営むイズミさんは今回見送りです。

 さて、民間船となったナデシコBですが、幾ら強力なフィールドを所持しているからと言って、未だに海賊や残党軍は残っており、政情不安な火星圏まで行くには流石に危険なので、宇宙軍第三艦隊の第一戦隊が同伴する事になってます。
 つまりアオイ中佐率いる戦艦アマリリス以下、駆逐艦四隻が護衛としてナデシコBと共に暫く行動するわけですね。
『やぁホシノ大佐……じゃない、ルリちゃん元気そうだね』
 メインスクリーンに宇宙軍服姿のアオイ中佐の姿が映し出されました。
 私の最終階級がアオイさんよりも高かったからでしょう、かしこまった表情で先に敬礼をしかけて……それから、既に退役した事を思い出し、表情を和らげて挨拶をしてきました。
 相変わらず真面目ですけど少し抜けている方ですね。もっともユキナさんに言わせれば、そこが可愛いんだそうですけど。
「はい。ご無沙汰してます。アオイ中佐もお元気そうでなによりです。この度は護衛を引き受けていただき有り難うございました」
『い、いいよ別に。気にしないでくれって。それに護衛って言っても、すぐ其処までしか随伴できないわけだしね……あまり役には立たないかもしれないけど、居る間はしっかり護衛させてもらうよ。それにしても相変わらずネルガルは人使いが荒いね……あははっ』
 かつては自分も出向の立場でありながらこき使われた身だからでしょうか? アオイ中佐、同情した様な表情で笑ってますね。
「そうですね。ですが、私達はその分アカツキさんには年末年始の手当を弾んでもらう事が出来ますけど、アオイ中佐こそ俸給しか貰えないのでは?」
『軍人に定休日は無いからね……それは仕方がないよ』
「そ〜よねぇ。ユキナもデートの日取りを決めるの大変だって……」
『そ、それじゃ地球圏に居る間の護衛は任せて!』
 ミナトさんが割り込むと、アオイ中佐は顔を真っ赤にして慌てて通信を切りました。
「アオイ君って本当に女の子に弱いのねぇ〜。あれじゃユキナには一生頭上がらないわね」
 ナデシコA時代と変わらない制服に身を包んだミナトさんが、頬杖付きながらのんびり言います。
「本当ジュン君って相変わらずだねぇ〜」
 ブリッジに上がっていたヒカルさんが、消えたウインドウの方を見つめてミナトさんに同意する様呟いてます。
「そうですね。でもヒカルさんだって相変わらず……って感じですよ?」
「あら〜ルリルリも言うようになったねぇ〜、愛を覚えると人間は成長するのね。うんうん」
 ヒカルさんは何だか勝手に納得すると、そのまま目線を三郎太さんの横で話をしているリョーコさんへと向けます。
 あ、メガネが光りました。
「な、何だよ……」
 リョーコさん、がヒカルさんの視線に気が付いたみたいで、そそくさと三郎太さんの側から離れました。
「うふふふふふ〜。サブちゃんリョーコの事お願いねっ」
「おぅ任せろって。リョーコの尻に敷かれるのも悪くないからな」
 ヒカルさんが含み笑いを浮かべて言うと、三郎太さんはいつもの調子で応じます。
「ば、馬鹿野郎っ! お前等人をバカにすんなっ」
 リョーコさん、そうして顔を赤くするからみんなにからかわれるんですよね。
 でもそんなリョーコさんの姿を見てると、普段の鬼教官っぷりが嘘のようですね。
「さて……それではそろそろ業務時間です。各員所定の配置へ。ハーリー君艦内チェックよろしく」
 私が意識を切り替え、全艦に放送を流すと、艦内が慌ただしくなってゆきました。
 直ぐに各部署から準備完了の報告が入り、ハーリー君が読み上げて行きます。
 ナデシコのステータスを示すオモイカネのウインドウが開き、最後に鐘の音をならして準備完了が報告されました。
「ミナトさん、今回の航行はハイパードライブユニットの動作確認とあら探しです。表示されたテスト項目に沿った繰艦をお願いします」
「OK〜ルリルリ」
「ウリバタケさん、ハイパードライブのモニターよろしくお願いします」
『おぅ、任せろ!』
 機関室にいるらしいウリバタケさんからの返答を聞くと、私は表情を引き締め号令を発しました。

「ネルガル実験艦ナデシコB、火星へ向けて発進!」



 現在の地球と火星間の移動は、ヒサゴプランが使えない事もあって、通常航行以外に行き来する方法はありません。
 復旧工事が本格化するのは今年の夏ごろからという話で、実際に運用が出来るようになるのは相当先の話でしょう。
 しかしヒサゴプランは今後の運用が問題視されてます。
 何しろ、それを使用する船舶に高出力のディストーションフィールドを必要としますし、民間船でそのレベルのディストーションフィールドを展開可能な物は、僅か全体の二パーセントに過ぎません。
 ヒサゴプラン自体のインフラ構築、ターミナルコロニーの維持、整備等、やたら金がかかりますし、軍艦にしか使用できない施設には、今のご時世意味がありません。
 結局、世の中にはヒサゴプランを利用できない船舶の方が圧倒的に多いですし、もし利用するにしてもその交通料金もかなり高額で、個人や中小企業が気楽に使えるようなものでもありませんでした。
 おまけに先の古代火星文明のテクノロジー破棄法案があって、今後ターミナルコロニーが増える事もありませんし、更に元々クリムゾン資本の企業体や親クリムゾンの地域等が火星の後継者と結託して作り上げたものである――など、多くの欠陥を抱えているシステムです。
 要するにヒサゴプランを利用するには――
 対応した船を新たに購入するか、所有する船舶に全方位に高出力のディストーションフィールドの展開が可能な発生装置と、それを可能にする相転移エンジンを取り付け、使用する度に高額な通行料金を支払う必要があるという事です。
 無論、通常航行で遠くへ行くよりも、ジャンプを使った方が効率は良いでしょうけど、改装の投資金額をペイ出来るまで随分かかるでしょうし、中小企業や個人ではその資金を調達する事が無理な程高額です。
 こうして復旧が後回しにされているのも、今後のヒサゴプランのあり方に疑問を抱いている人が多い現れでしょう。



 そこで今回のナデシコBが試験を行う、時期主力商品「ハイパードライブ」の出番となるそうです。
 エンジンが生み出すエネルギーを特殊な圧縮炉で再圧縮し、チャージ後に一気に放出する事で、従来より倍以上の速度を得る事ができると言います。
 ただし、当然ながらそれだけ操艦も難しくなりますので、高機能のクルーズコントロールか、腕のいい操舵士、もしくはデブリや小岩程度の障害物を物ともしない強力なフィールド機能が必要になりますので、やはり直ぐに普及する事は無いでしょう。
 しかし試験運用を重ね、安全なコントロールシステムの開発さえ出来れば、必要なのはドライブユニットだけです。
 フィールド発生器は従来のモノに、ハイパードライブが生成する高圧エネルギーを流用するだけで十分カバー出来るという話です。
 何しろジャンプと異なり、進行方向だけをカバーできれば良いだけですから。
 現在民間船の七割に及ぶ船舶に搭載されている、標準規格型エンジンに取り付けられるハイパードライブユニットと、そのコントロールシステムが実用化できれば、腕のいい操舵士も、艦全体をカバーする様な高額なフィールド機能も必要なくなり、船舶の所有者は手軽で安価な改装だけで、全ての航行日数を従来の半分に短縮できます。
 ヒサゴプラン見直しの風潮を先読みし、ネルガルはこのエンジンに多大な期待をかけているらしく、今回の試験航行が成功すれば大々的にアピールするつもりらしいですし、システムを煮詰め機関が熟成してゆけば、更なる高速化も可能だとか。
 特にナデシコBなどは艦速が倍になりますと、元が機動戦艦な為に下手な機動兵器よりも速力が上がり、機動兵器からの攻撃を受けても追撃を振り切る事すら可能ですね。
 無論、直線的な動きになるでしょうが、その気になればそれだけの速度が出せるという事です。



「現在、第三巡航速度で航行中。エンジン出力安定――」
 ブリッジにミナトさんの声が響きます。
 ナデシコBが出航して既に丸一日が経過。
 現在は通常巡航速度ですが、現時点までで問題がなければ、まもなくハイパードライブの稼働実験に入ります。
 今の地球と火星の位置関係ですと、このままの速度で三八日、常に最大船速でも二六日かかる計算になりますが、ハイパードライブを使用する事で短縮する事が可能になるはずです。
『今んところハイパードライブユニット問題ねーぞ』
 ウリバタケさんからの報告に、私は小さく頷いて、各種データを表示させます。
 相転移エンジンが取り付けたユニットの影響を受ける事はなさそうですね。
「連合宇宙軍第三艦隊所属、第一戦隊旗艦アマリリスより入電『良き年の訪れと貴艦の航海の無事を祈る』です」
「護衛の感謝と……それから艦長へユキナさんをよろしくと伝えてください」
 ハーリー君にそう伝えると、ナデシコから距離を取り始めるアマリリスの姿を見つめます。
「今頃きっと顔真っ赤にして慌ててるわよ〜」
 ミナトさんの言葉にブリッジ内の何名かが首を立てに振ってます。
 私もそんな顔が目に浮かびました。
「なぁミナトさん。でも良いのか? 暫くユキナの面倒をジュンが見るわけだろ? その……何か間違いがあったら」
「あるわけ無いって〜」
 リョーコさんの言葉にヒカルさんが手を振って否定してます。
「そうよねぇ……あのジュン君がユキナに手を出す光景って想像出来ないわよねぇ」
「どっちかって言うさ、アオイ中佐の方が危険なんじゃねぇーの? ハーリーも大事な貞操は自分で守るんだぜ」
「三郎太さんっ何て事言うんですかっ!」
 相変わらず賑やかな人達ですね。
「それでは……ウリバタケさん?」
 機関室のウリバタケさんを呼び出します。
『おぅ、こっちはいつでも良いぞ。だが初めての使用だからな、徐々に出力をアップしてゆくぞ〜。まずは十パーセント程上乗せで頼む』
「判りました。ナデシコB最大船速へ、ディストーションフィールド出力最大」
[フィールド安定]
[相転移エンジン安定動作中]
[速度最大]
[ハイパードライブ圧縮率110%]
[準備完了]
 オモイカネのウインドウが次々に開き、準備が整った事を伝えます。
「ミナトさん、それではお願いします」
「はぁ〜い」
 まるで小さな子供のような返事をして返すミナトさん。
 その姿には不安など感じられません。自分の腕に対する自信と信頼がそうさせるのでしょう。流石です。
「三……二……一……ハイパードライブ」
 私のカウントダウンと共に、ミナトさんがハイパードライブを作動させ――

 ナデシコBは計算通り、最大船速を更に十パーセント上乗せする事に成功しました。





§






「……というわけだから、本日をもってネルガルにおけるバイド研究は凍結するわ。あなた達は休暇の後、別のプロジェクトに参加してもらうからそのつもりで。まぁ丁度年末だし、いいタイミングで休めたラッキー……と思う事ね」
 イネスが長い前置きを経てその決定事項を告げると、会議室に集められていた大多数のスタッフからは残念そうながらも、何処か納得した表情を見せ頷いた。
 一番奥の席に座っていたアネットなどは、何度も大きく頷いている。余程実験の中止が嬉しいのだろう。
 ハチ研にあるバイド研究グループに所属するスタッフ達の大多数も同様であり、彼等にとってもバイドがあまり好ましい研究対象でなかった事を伺わせる。
 だが、そんな中にあって、眼鏡と無精髭を携えた猫背気味の白人――キュリアンだけは、呆然とした表情でイネスの説明を聞いていた。
「そんな馬鹿な……」
 彼の小さな呟きは、周囲のざわめきに遮られ他のスタッフの耳に届くことは無かった。
「それじゃ、研究室内の私物は全てレベル五の殺菌処理を施してから持ち帰るか熱処理処分すること。新しい辞令は後日メールにて連絡を入れるから各自チェックを怠らない様――」
 キュリアンの耳に、イネスの説明はもはや届いて居なかった。
 彼の頭の中は、目の前が真っ暗になって進むべき道を見失った心細さが支配しており、そのやり場のない憤りで身体が小刻みに震えていた。
「――それじゃ解散。あ、アネット・メイヤーは後で私の所へ来る様に」
 イネスの言葉を受けてスタッフが会議室を出て行く。
 アネットもまた人波に続いて出て行こうとするが、呆然としたまま椅子に座ったままのキュリアンに気が付いた。
 やがて弱々しく立ち上がったキュリアンの目線がアネットと重なる。
「あ……」
 彼女にとって、彼はこの施設におけるもっとも苦手な人物である。
 アネットは直ぐに目をそらすと、そそくさと会議室を後にした。
「……」
 逃げるように出ていったアネットの後ろ姿を見つめながら、キュリアンは呆然とした表情のままうわごとの様に何かを呟き始める。
 もしもこの会議室に誰かが残っていれば、彼の呟きを聞くことが出来ただろう。
「……せっかくダニエルの……何と言うことだ……此処まで来て……私は……私は諦める訳にはいかない」
 やがて何かを決心した様に表情を改めると、彼は白衣を翻して足早に会議室を出ていった。






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