機動戦艦ナデシコ 〜パーフェクトシステム#18〜








「会長、お話が……」
 ネルガルの会長室に入室したプロスは、前置きを置かずにそう切り出した。
「ああ、プロス君何用だい? ウチにとって良い話だと嬉しいんだけどね」
「そうですねぇ、良い話でもありますし悪い話とも言えます。……シベリアの状況が判りました」
「へぇ〜」
 一呼吸置かれてから報告された言葉に、アカツキの視線がすぅっと細くなる。
「バイド体に関しては白ですが、その他の点では真っ黒ですな」
「具体的には?」
「シベリアの奥深くで、大規模なジオフロントが建設されてます。当然グローバルネットワークからは物理的に隔離されてまして、ガーディアンの管理下には入ってません。規模は正確にはわかりませんが、推定でおおよそ5万ヘクタール」
「おいおい、ヨコハマシティの総面積よりも大きいじゃない。そんな地下施設作って何やってるんだい?」
 驚くというより呆れた表情を浮かべ、アカツキは続きを促す。
「どうやら遺跡の隠匿と研究のようです。チューリップは当然として、木連のプラントまで持ち込んでいるらしいです。はい」
「……なるほどねぇ。規制をしておきながら、自分達だけはちゃっかり遺跡を確保してたわけだ。政治家ってのは相変わらず狸だね」
 未だに大量のCCを隠し持ち、ボソンジャンプに対応した機体を所持している自分の事を棚に上げて鼻で笑うアカツキだが、その心の中では若干の安心感を抱いた事も事実だ。
 つまり、自分のテストの点数が低く落ち込んでいたが、聞いてみると他の面々も似たような点数だった事を知った様な安堵感とでも言うべきか。
 罪人同士の連帯感というか、まぁそんなモノだ。
「これ程の施設を作るのには莫大な費用がかかります。政府の予算はグレイゾンシステムの整備と、各種復興活動、そして例のグロアールの建艦だけで背一杯でしょうから、当然どこかの後ろ盾はあると考えるのが自然です。ひょっとしますと、連合政府も知らない州の秘密予算を使用したロシアの独断という可能性もありますな」
「連合政府内の内輪もめって事かい? ありうるね……ロシアは元々親クリムゾンだったから復興活動も遅れてるし、総会での発言力も失ってる……焦臭い話で嫌になるねぇ全く。あ、ひょっとして例の捕虜ってのも?」
「はい、殆どがこのジオフロントに対する労働力として使われてますな。しかしその雇用元の事を考えると、強制労働への従事というよりも原隊復帰と考えるべきかもしれません。どのみち非合法な工事現場ですから、表だって戻って来る事は有り得ないでしょう。
 尚、送り込んだSS2班は、現地に張り付かせた数名以外は全員戻りました。それで休息が済み次第、月臣さんのサポートに向かわせようと思ったんですが……」
「どうした?」
「月臣さんからの連絡が、昨日の定時連絡を最後に途絶えました」
「彼が失敗するとは思えないけど?」
 さほど動揺する事なくアカツキが切り返すと、プロスも首を軽く立てに振って答えた。
「私もそう思ってますので、恐らく強行突入したのではないかと」
 その言葉に、アカツキはしばし思案をしてから、ゆっくりと背もたれに身体を預けてから口を開いた。
「なら数日は様子見って事だね。あ、一応出来る限りのサポートは送っておいてくれよ」
「判りました。取りあえず一人か二人、動ける者を先に確認、連絡用として差し向けておきます」
 頷いて退室してゆくプロスの背を見送り、アカツキは天井を見上げて考える。
「後は火星だけど……この調子じゃあちらも影で何やってるか判らないね」
 やれやれと首を振ってアカツキは考えを切り替えて机に向かい、そして溜め息をつく。
「まぁ難しい話よりも……当面いはこっちの問題をどう片づけるか……だね〜」
 力無く呟く彼の目の前には、山の様に積まれた膨大な数の書類がある。
 エリナがラピスを伴い、月のネルガルドックでGS艦艇の製造管理にその手腕を振るっているので、あまり口やかましい秘書は居ないものの、プロスがこの書類を残したまま帰らせてくれるとは到底思えない。
「エリナ君って優秀だったねぇ」
 居なくなって初めて判るその人の有り難み。
 口やかましい事に違いは無かったが、アカツキをコントロールするという点で、彼女はずば抜けた才能を所有していた。
 アカツキは今更ながら、秘書から月面支社の責任者へ――半ば厄介払いのつもりで栄転させた事を後悔していた。

 翌日、南米に派遣したSSから、月臣とアルストロメリア零号機の足取りが完全に途絶えたという連絡が入った。
 彼が身を潜めていたと思われる森の中には、アルストロメリアの痕跡――足跡と、光学迷彩カバーだけが残っており、月臣自身の姿も見あたらなければ、彼からの連絡も無かったという。
 彼が内偵を進めていた沖合の島は、支援のSSチームが到着したその前夜に、州軍機のテルミット弾による猛爆撃を受け完全に消滅との事だ。
 地元州政府の発表では、建設中の保養施設に生物化学兵器を所持して立て篭もった武装テロリストを島ごと熱焼却したという事なっており、現場はごく僅かな建物の残骸が残っている以外は、高熱で爛れた地層が剥き出しとなった大きな穴があるだけという有様だった。

 その後一ヶ月が過ぎて十二月となっても、月臣の消息は伺い知れず、また本人からの連絡も無かったが、ある日ネルガルの本社受付に、月臣の伝言を預かったと語る女性がプロスを尋ねてやって来た。
 アネット・メイヤーと名乗るその女性は、見窄らしい格好と、何かに怯えている様なたどたどしい言動が怪しかった為、警備員によって身を拘束されたが、彼女の所有物にSSしか持たぬ特殊なコミュニケが有った事で、プロスが直接合う事となった。
 彼女の口から伝えられた内容は、状況証拠と併せて事実と判断され、当該施設にオリジナルバイド体が存在した事と、クリムゾンが人体実験を行っていた事、そして月臣は被調査施設における爆撃に巻き込まれMIA――行方不明になった事が判明した。

 アカツキは、自らの判断に大きな後悔を感じつつ、人知れずこの世から消えてしまった優秀なSSの魂が、どうか親友の元へ辿り着く事を祈り、そしてそんな柄でもない事をしている自分に対して嘲笑を浮かべた。

 尚、アネットはネルガルに保護され、彼女が体験したあの島での経験と彼女自身の強い意思を買われ、イネスが所長を務めるハチ研で事務の仕事を手伝っている。

 彼女は今でも月臣の帰還を待ち続けているらしい。






§









 みなさんお久しぶりです。
 ホシノ・ルリ大佐です。
 二二〇三年も十二月となり、アキトさんの帰還まで、遂に後一年となりました。
 その事実に比べればどうでもいい話なんですが、つい先日昇進しました。
 別に何か大手柄を立てたわけでもありませんし、勿論贈賄なんて事もしてません。
 実は、突然ですが――私は間もなく宇宙軍を退役する事になってます。
 軍隊には昔より、去ってゆく功労者を退役直前に階級を上げて労う風習があります。
 階級が高ければ高いほど、退職金やその後の年金の支払いも高くなりますんで、いわばボーナスとして階級を上げるんです。
 私はお金には興味がありませんし、ナデシコA乗り組み時代から頂いている給料も残ってるくらいですので、正直どうでも良かったんですが、コウイチロウおじ様の心づくしだと思えば黙って受け取るべきでしょう。
 そんなわけで、私の最終階級は大佐となったわけです。
「ねぇ大佐〜」
「何ですかハーリー君。それに大佐は恥ずかしいので止めるように言ったはずですけど?」
 私が少し睨むように言うと、ハーリー君慌てて「艦長〜」と言い直します。
 まだまだ子供ですね。
「艦長は、これからどうなさるんですか?」
「私ですか? 多分何も変わりませんよ」
 私は手元のウインドウに表示された資料から目を離さずに淡々と答えます。
「そうなんですか。じゃあ僕もこのまま艦長のお手伝いが出来るんですかね」
 何だか嬉しそうですね。
「おっ、マキビハリ中尉〜艦長と同じ会社に勤めるのがそんなに嬉しいのか?」
「三郎太さんっ!」
 私の隣でやり取りを見ていた三郎太さんが、ニヤニヤと笑いながらハーリー君をからかってます。
 まぁ軍隊辞めても、ほとんど変わらないんでしょうね。
 ハーリー君は中尉、三郎太さんも少佐にそれぞれ昇進してます。
 此処には居ませんがリョーコさんも大尉になってますし、ナデシコBの乗員の主立った役職の者はみんな昇進してます。
 つまり、ナデシコBは丸ごと軍から退役する事になってるんです。
 GS艦艇の就役ラッシュが始まり、それに伴う宇宙軍の縮小も始まったわけです。
 コウイチロウ叔父様や秋山提督は、軍の統括者として残る事になってますが、ムネタケ提督も高齢を理由に先週退役し、今ではネルガルの軍事部門で相談役を務めてるそうです。
 世間では天下り……って呼ばれる奴ですね。
 来年の三月中には、宇宙軍全体で六割の軍人が退役し、全艦艇の内の七割が解体される事になります。
 ナデシコBとコスモスの二艦は、ネルガルが所有権を取り戻し、実験艦として運用される事が決まっており、その乗組員である私達もそのままネルガルの社員となるわけです。
 当然、全ての武装は撤去、もしくは封印される事となりますが、私の居場所はこの先も変わらないという事です。
 ナデシコCに関しては、やはり未だオモイカネ(正確には一式オモイカネ)の力が脅威とされており、軍管轄となってます。
 しかしネルガルの技術の粋を集めて建造したナデシコCですし、依頼をした宇宙軍も高いお金を払ってるわけですから、単純に腐らせても仕方有りません。
 そんなわけで定期検査のできるネルガルドックに係留されてるわけですが、当然、ネルガルが勝手気ままに動かす事は禁じられてます。
 理由もなく動かそうものなら、反逆罪に問われる事になるでしょうね。
 もっとも、それだけの威力が有るわけですから、当然と言えば当然でしょう。
 しかし、有象無象のコンピュータシステムならともかく、ガーディアンとかスプリガンが管理している今の地球圏のシステムを、ハッキングして掌握する事なんか出来るんでしょうかね? 

 それにしても、これだけ大規模かつ早急な軍縮を行って大丈夫なのか?、地球圏の平和は維持できるのか? という疑問を感じている人も居るかと思いきや――その実、殆どいません。
 人々のグレイゾンシステムに対する信頼は相当なものです。
 GS艦隊が駐留した北米のノーフォーク付近の住人は、宇宙軍――元統合軍が多かったらしい――がいた頃よりも治安が良くなったと喜んでいますし、地球火星間を往復する定期渡航船の乗組員などは、GS艦隊が護衛に付いてからの被害がゼロになったと、こちらも手放しで大喜びです。
 更に実を言えば、十一月に火星の後継者の残党による大規模な軍事テロがありました。
 大小艦艇合わせて三十隻という、彼らの台所事情を考えれば相当無理をして集めたと思われる艦隊で攻め込んできたんです。
 目標は廃艦処分となった艦艇が集められていた、民間解体業者所有のスペースコロニー「ラビアンローズ」。
 此処を攻めて戦力の増強を考え、さらには撹乱の為にラビアンローズを地表に落とす事も考慮に入れていたとか?
 小さいとは言えスペースコロニーですから、もし実行に移されたらステーションであるヒマワリとは比較にならない大惨事になるでしょうし、ギリギリまで救助活動を行う様なゆとりすら無かったでしょう。
 ところが、ゼロスから迎撃に出たGS艦隊がワンサイドゲームを演じて、実質的な被害はほとんど無い結末となりました。
 しかも残党軍の方々における死者・行方不明者までもが極少数と言いますから驚きです。
 正直、余りにも一方的すぎる結果に終わった為、規模の大きなテロだったにも関わらず、関心を寄せない人々も多かった程です。
 戦闘前に律儀に通信で声明を発した南雲という方なんか、一部のマスコミからは同情っぽい記事まで書かれた程です。
 それよりも私が関心を寄せているのは、火星の事です。
 暫く表立った事件の無かった民族対立ですが、いよいよもって一触即発な状態だそうです。
 元々根が深い両者ですから、仲違いするのは有る程度予想できましたが、どうやら火星のザカリテ首相は強化した警察予備隊を使って騒ぎを起こした人々を片っ端から捕縛、投獄していた様ですね。
 そして問題なのは、投獄されたり処断されたりしている人々の中で、木連移民の占める割合が非常に多いという事です。
 これはつまるところ、火星政府が地球移民寄りの政策を行っているという事と見ていいでしょう。
 表向きは平等を謳っていますが、この一年の間で明らかな民族差別が定着し始めてます。
 雇用格差や賃金問題、そして木連移民女性に対する婦女暴行、数々の問題が吹き荒れてます。
 木連出身者の方々は女性に対して過剰な程の真心を抱いてますから、特に婦女子に対する暴力は許せないのでしょう。
 もっとも、火星の後継者の指導者、研究者達の中には、人間を駒や実験材料にしか思わない者も居ましたので、全部が女性を敬うという訳ではないでしょうが、市民レベルの意識では明らかに地球よりも木連の方が、尊女精神は強いと言えるでしょう。
 この一年間に木連移民の方々の中で溜まった鬱憤が吹き出すのも、時間の問題ではないでしょうか。
 ガーディアンもしきりに警告を出して、地球政府に介入を求めてます。
 そんな時に起きたのが、先月の散漫な残党軍のテロ活動です。
 首謀者の南雲達が潜伏していたのが火星だった事が判り、火星が反地球組織の温床になっていると思った地球移民による、木連移民への嫌がらせが更に横行し、それに対抗する様に木連移民の中の極右勢力が地球移民への暴力、そしてついにはテロ活動へと発展、それを火星警察組織が取り締まると、木連移民達は口を揃えて政府は差別をしていると猛反発。
 結局、ザカリテ首相は戒厳令まで発令し、内戦勃発の緊張が高まりましたが、木連移民専門の保護区域を設ける等して取りあえずは事なきを得ました。
 しかし油断は出来ない状態です。
 火星はアキトさんの故郷ですから、私としても一刻も早く平和な国になって欲しいものです。

 とまぁ、そんなわけで、私達は来週からネルガルの社員として、色々な試験運用のお仕事に就く事になります。








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