みなさんこんにちは、連合宇宙軍中佐ホシノ・ルリ18歳です。
ネルガルへの出向を終えて原隊へ帰還し、再びナデシコBの艦長やってます。
ハーリー君は流石に男の子ですね、この一年の間に身長が伸びて私より背が高くなってました。
その事実を伝えに来たハーリー君、とっても嬉しそうでした。
私としては嬉しい反面、少し寂しい感じもしますね。
もっとも中身は余り変わってない様なので安心しました。
あ、でもオモイカネのオペレーションは随分向上したと思います。
ちゃんと勉強していてくれたみたいで、姉代わりの立場としてはホッとしてます。
頭を撫でて誉めたら、顔を真っ赤にしてすっ飛んで行ってしまいました。
やはりもう男としての自覚が出てきた彼に、こういう扱いは止めた方がいいのでしょうか?
「いや、ほら……ハーリーもあれで男ですから」
そんな事を言う三郎太さんは、私が居ない間艦長代理を立派に務めてくれた様です。
艦長代理になるに当たって、特別処置として頂いた特務少佐の肩書きを返上して大尉となり、私の副官へと戻りました。
連合宇宙軍としては正式に左官にして別の艦で艦長を務めて貰いたいのでしょう――何せ見た目とは裏腹に優秀ですから――が、事情があって私の副官として傍らに居てくれます。
何しろ私の名は、先の火星の後継者による反乱を鎮圧した事で一躍有名となっており、それだけ恨みややっかみを買っていまして、そんな私の身を案じた秋山提督がボディーガードとして就けてくれたのが、そもそもの理由なんです。
もっとも今ではすっかり打ち解けて、上官と部下というよりも、仲間や友人といった感じですね。
私にとっては、アキトさんの次に信頼できる男性です。信用は……ちょっとアレですけど。
ナデシコBへ戻った私は、コウイチロウ叔父様……ミスマル提督からの命に基づき、地球と月の治安維持活動に従事してます。
要するに哨戒任務って奴です。
2203年10月。
ナデシコBは、2週間に渡って行った月の哨戒任務を終え、衛星軌道上のステーション「ヒマワリ」へ向けて、のんびりと航行中です。
今回の任務の間に拿捕出来たのは、自称海賊の子悪党を乗せた二隻の旧式武装クルーザーです。
先々月までならともかく、ガーディアンからの管制を受けるようになって、輸送船団の運営やその護衛の効率が上がってますんで、こんな装備ではとてもかつての様な散漫な襲撃が成功する事はあり得ません。
それで月の周囲で、金持ちの個人所有船やシャトルを狙おうとしていたみたいですね。
ご愁傷様。シベリアで樹の数でも数えて来て下さい。
ガーディアンが稼働を開始し、その効果は直ぐに目に見えて明らかになりました。
これまでなし崩し的に行われていた復興活動の資材、人員、予算の運用が、瞬く間に効率的な物に置き換えられ、今までの遅延が嘘のように復興が進んでます。
しかも現場での作業シフトには無理が出ておらず、現場の作業員達の間でもすこぶる評判が良いんです。
更には、予算の一部を横領し私腹を肥やしていた悪徳議員の不正を暴くなど手柄(?)まで立てて、稼働から僅か1ヶ月で、市民からも道徳的なAIとして広く信頼を得てます。
グローバルネットワークを通じて、世界中のコンピュータを効率的の運用するガーディアンは、役所の端末を使用した市民からの相談事にまでその手腕を振るってます。
庶民的ですね。
また、艦隊の運用面でも効果が出てます。
これは本来スプリガンの受け持つ部分なんですが、彼女は現在最終調整中という事で、現在はガーディアンが兼任しているみたいですね。
それでも配置や戦力配分に無駄が無く、費用対効果という観点から見れば、ガーディアン稼働前と現在とでは45ポイントもの差があります。
どれだけ無駄な人員と資源、そして費用が使われていたか判りますね。
そして無駄のない戦力投入と、見事な部隊配置により、地球圏最大の海賊とされていたワイルドリザードを一網打尽にしてみせました。
これらの出来事を経てガーディアンに否定的だった人々も、見解を改めようとしてます。
まぁ頭の固い軍人さんの中には、それでも受け入れられない人も居るみたいですけど、シベリア送りになるのも時間の問題でしょう。
ところで何故シベリアなのでしょうか?
確かに昔から、左遷の代名詞と言えば「シベリア」でしたが、現実に今も多くの強制労働力がシベリアに向けられてます。
一体何をやらせてるんだか。
本当に樹の数なんか数えてるんでしょうかね。
「前方にヒマワリを確認」
ハーリー君からの連絡で、私は我に返ります。
ヒマワリは近日行われるスプリガン受け入れの為、現在改装の真っ最中で、作業員やらネルガルの社員やら、政府関係者やらが訪れており、その内側も外側も普段よりも賑やかです。
「接舷準備を。三郎太さん?」
「了解っ! ……っと、全部まとめて異常なしっす!」
随分はしょってますが、ちゃんとチェックをしてるんですよね、この人。
「オモイカネ、車庫入れ任せます」
[了解]
[任せて!]
[ドッキングベイへの軌道修正OK!]
[周囲のデブリ確認問題なし]
[ヒマワリとの接舷まで後180……179……178……]
私がオモイカネのカウントダウンを見つめていると、突然警報と共に大きなフォントで[緊急事態][ボース粒子増大!]と書かれたウインドウが点滅しました。
「アンノウン、反応九つ突然現れました。恐らくボソンジャンプ!」
ハーリー君の報告に、私もすぐさま反応します。
「接舷中止。ナデシコBは全艦第一種戦闘態勢へ移行」
「中尉、出撃準備!」
『わ〜ったよ。行くぞ野郎共!』
警報が鳴り響く中、リョーコさんの指示でエステバリスの発進準備が進んでいきます。
格納庫の拡張整備が終わった現在のナデシコBには、予備機を含めて10機のエステバリスが搭載されています。
パイロットも統合軍時代にリョーコさんの部下だったライオンズ・シックルの精鋭を引き抜いてますので、艦載機の戦力では軍の内部でもトップレベルです。
これにヒカルさんとイズミさんが加われば確実にトップでしょうね。
両人が不在なのが少し残念です。
命令が飛び交い、ナデシコB艦内に緊張が走ります。
「ガーディアンからのサポート来ますっ!」
ハーリー君からの報告と共に、私の眼前にガーディアンからの情報が表示されました。
地球圏で起きた異常をキャッチしたガーディアンは、直ぐさまその状況を把握し、状況改善や対応に適した組織・部署へ、こうして瞬時に連絡を入れます。
この初期連絡の段階で、どの様な対応が望ましいのか? また自分達に何が出来て、何をどうするべきなのか? という情報が既に提示されるのです。
今回のケースで言えば、ガーディアンが軍のレーダー網で正体不明機を確認し、その規模と機種、増援や伏兵の有無とその可能性、地形、環境、等を調べ、対応にあたって妥当な戦力である物の中から、最も近く現場へ向かえるナデシコBを探しだして、正体不明機に対する処置や、優先すべき事項などを列記した情報を送るわけです。
それまでの要した時間は12秒。
人間が同じ時間内で出来る事だと、精々責任者の耳へ第一報を伝えられるかどうか? といったレベルでしょう。
緊急連絡>思案>判断>議会招集>対策会議>決議>対応というプロセスでは、到底不可能な反応速度です。
数日後には本格稼働を開始するスプリガンが加われば、もっと時間は短縮できるでしょう。
恐らく全ての艦艇が、準オモイカネ級コンピュータを搭載した様な感じになるはずです。
もっともそれらの情報で実際に動く人間に、全ては委ねられるわけですから、責任者やオペレーターの能力によって対応にはばらつきが出ますので、一概に全ての艦艇がナデシコ級並の働きが出来るわけじゃありません。
しかしこれもグレイゾンシステムが完成すれば、そういう心配もなくなるでしょう。
何しろガーディアンやスプリガンの命令に従い、迅速かつ一糸乱れぬ艦隊行動が取れるようになりますからね。
あ、今こうして私達に示しているのはあくまでサポートであって、決して命令ではありません。
人とコンピュータの関係を、彼女なりに把握して気を使ってるのでしょう。
『ルリお久しぶりです』
「こちらこそ、でも話は後ですよ」
『判ってます。もっともこの程度の状況では私のサポートは不要でしょうね。オモイカネも元気?』
少し余計な言葉が含まれてるのは、相手が私だという事を加味しての事。
自律した感情を持っている証拠ですね。
[絶好調!]
オモイカネも元気よくウインドウを表示させ応じました。
何だか微笑ましいですね。
『では幸運を祈ります』
ガーディアンのウインドウはそうメッセージを残して消えました。
私はそのメッセージへ微笑みを一瞬向けて、正面に向き直ります。
「リョーコさん、エステ隊の発進準備よろしいですか?」
『いつでもいいぞ』
「敵の機種、積尸気と判明、火星の後継者ですっ!」
「武器違法所持、無断公海航行、軍事協定義務違反、集団武装行為、国際法違反、そして次元跳躍違反と、跳躍装備不法所持……どれも大罪ですね。ハーリー君、敵艦隊に降伏勧告」
「はいっ。こちら連合宇宙軍所属ナデシコB、あなた方の行動は地球圏の安全を著しく損なう明確な行為である。直ちに機体を止めて武装解除を……敵機発砲! 対艦ミサイル来ます!」
「回避、取り舵20。CIWS半自動モードへ。リョーコさん、エステバリス隊発進よろしく」
『了解! 第三小隊はナデシコ援護、第一第二小隊はオレに続けっ!』
「グラビティブラストのチャージ状況」
[100%OK]
[いつでも撃てます]
[ディストーションフィールド安定]
ウインドウが開き、情報が表示されます。
戦況ウインドウでは、リョーコさんのスーパーエステバリスに率いられた5機のエステバリス2が敵へ向けて飛んでゆき、3機のエステバリス2がナデシコの周囲に展開するのが見て取れます。
敵が伏兵を出すならこのタイミングでしょうが、その心配は無い様です。
「特攻か? ったく馬鹿野郎が」
隣で三郎太さんが苦虫を噛むような表情で呟きました。
私は無言でスクリーン上の戦況マップを見上げます。
オモイカネの索敵にも伏兵は見あたりません。
A級ジャンパーがおらず、またチューリップが無い以上、大型艦艇が突然現れる事もあり得ません。
3個小隊、僅か9機の機動兵器だけの攻撃。
ボソンジャンプが可能な機体とは言え、母艦のサポートもなく、長距離ジャンプが自殺行為である現在においては、今回の様な散漫な強襲を仕掛ける事しか出来ません。
奇襲は無理です。
なぜなら積尸気に搭載されているジャンプフィールド発生装置は、1度の出撃で1度しか使用できない物です。
奇襲をするには、レーダーのアウトレンジから正確なジャンプナビゲートによる、長距離ジャンプが必須となります。
しかしユリカさんがジャンプユニットから外された今、B級ジャンパーに出来る事は有視界における短距離ジャンプのみ。
それと判って、攻撃をしかけてきたとなると――
「やはり焦ってますかね?」
私の呟きに、三郎太さんが「恐らくは」と、短く答えてくれました。
火星の後継者の指導者、草壁の死刑が決定したのは、つい先日の事だからです。
血気盛んな若手の有志達が、周囲の制止を振り切って飛び出した――そんなところでしょう。
大事を取って、私がIFSレベルを上げて周囲の警戒に目を向けている間に、リョーコさんが率いるエステ隊によって、スクリーンの中から積尸気の反応が一つ一つ消えて行きます。
2分後、残党軍の散発的な攻撃は終了し、ナデシコBの人員は誰欠ける事なく、9名の捕虜と共にヒマワリへの接舷を果たしました。
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